017
朝食は玉子焼きだ、僕と毬菜の二人が台所。
玉子焼きの少し焦げた匂いが台所に広がっていた。
綺麗に座った毬菜は、昨日同様セーラー服を着ていた。
向かい合いながら、僕と毬菜はそれぞれ皿を持って食事をとる。
さっき盛り付けた皿の他に、ロールパンを乗せてパンをかじる僕。
「初めてのオシリスゲーム、どうでしたか?」
「僕なりにミスなくやったつもりだ、だけど……」
「八位、つまり最下位」
「うるさい」
僕は不満そうにフォークで玉子焼きをさしていた。
「八位で悪かったな」
「大丈夫ですよ、次は挽回すれば」
「一ついいか?」
「うん、どうぞ」
「このゲームの勝敗は何で決まるんだ?」
「えと……初めのゲームはスコア勝負です」
毬菜がスマホを見ながら僕に語りかけてきた。
「スコア勝負ってことは……スコアだよな」
「うん、ゲームについて細かい内容を、あたしはちゃんと知りませんから。
マイトナバンジャップ、スコア勝負、場所は博多駅」
「ちょっと待て、そのメールはどこからくる?」
「コントローラーなら誰にでも届きますよ」
「送っているのはオシリスか?」
「はい」素直に毬菜が返事を返した。
「じゃあ、プロジェクションマッピングのゲームは?」
「それがオシリスゲームです、世間では噂になっていますよ」
毬菜の言うとおり、スマホのワンセグ画面では確かに噂になっていた。
朝の情報番組では、博多駅に突如現れたプロジェクションマッピングをコメンテーターが解説中だ。
「噂になるな、面倒な話だけど」
「しょうがないですよ、選ばれた人ですから」
「実感があまりない」
「それより、広哉の家って結構静かだよね。夜は大翔先輩がいるけど、朝は二人しかいないみたい」
「実際に二人だけだ」
僕は静かにサラダを食べていた。
「広哉の家族って最初から二人?」
「そんなわけないだろ、僕には両親がいる。昨日の夜、母親の部屋に泊めただろう」
「じゃあ母親は?」
「……ピラミッドの中だ」
僕はテレビ画面に映ったピラミッドを見ていた。
相変わらず情報番組が今日のピラミッドの生映像を流していた。
海にたたずむ荘厳なピラミッドは、今日もただ立っていた。
「本州に働きに行っていた、両親とも大阪に転勤中だからな」
「それは……大変ですね」
「まあ、失業保険っていうの?そういうもんに入っていたし、会社でお金の工面はしてくれるみたいだから」
「それじゃあ、あたしがママ代わりになってあげるね」
「それとこれとは話が違うって」
僕は笑顔の毬菜を否定した。
フォークで玉子焼きをさして、そのまま乱暴に口に入れる。
「大阪に転勤って何をしている人なの?」
「何って……ソフトウェアの開発している。
クボテなんとかソフトウェアって会社で、ドリコム社の下請け会社らしいよ」
「へえ、あのドリコムなんだ」
「所詮は下請けでしがない会社員だよ」
「そんな会社に入っているってことは、広哉も将来はIT希望?」
「僕にはそんな夢がない、夢を持つこと自体面倒だ」
僕はため息をつきながらテレビ画面をぼんやりと見つめていた。
すると、毬菜がテーブルから身を乗り出してきて僕の方に顔を近づけた。
「毬菜?」
「夢は持った方がいいと思うな、広哉は」
「昔はあったよ」
「へえ、どんな?」
「いいだろ、別に」
僕は小学生時代の自分の姿を思い出しては、それを消した。
毬菜は飽きたのか、自分の席に戻っていく。
「毬菜こそ、何者だ?八神中以外は何もわからないけど」
「あたしはただの学生です、今はジャージ姿ですけどセーラー服もありますよ。
だから当然なんです。一応三着持ってきましたよ。
それともきわどい水着がいいですか?ごめんなさい、水着は持ってきていません。
明日、お姉ちゃんに頼むね」
「水着の話はいい、毬菜の両親は心配しないのか?
一応、赤の他人の家でしかも男しかいない家に急に押しかけて」
「大丈夫です」
毬菜はやっぱり笑顔を崩さないで僕を見ていた。
「どう考えても変だろう、教楽来の両親は本州のピラミッドに閉じ込められているのか?」
「いいえ、全然大丈夫です。お姉ちゃんもあたしを心配していませんから」
「教楽来はちょっと変わったところがあるからな。毬菜はそう思わないのか?」
「う~ん、思わないです」
(思えよ)などと心の中でツッコミながら、笑顔の毬菜を見る。
「とにかく、危なくないから今日は帰れ」
「ダメです、広哉をファラオに導くまで帰れません。
ちゃんと両親には許可を取りましたから」
「とはいってもゲームするときだけ一緒にいればいいんじゃないのか?
毬菜は一応、八神中にも通うんだろ」
「はい、通います。広哉も学校ありますよね?」
「面倒だ……行かない」
僕は半分投げやり気味にこたえた。
「それじゃあ、ダメですよ。広哉は立派な大人になれませんよ」
「僕の世界は面倒でできている、怠惰に慣れ過ぎた。今更……」
「行きましょうよ、学校。お姉ちゃんと同じ学校でしょ」
いつの間にか僕が料理した食事を食べ終えた毬菜は、僕のそばに来てパジャマの裾を掴む。
「だあっ、面倒だって言っているだろ!」
「それじゃあ、広哉が成長しません。ファラオにだってなれませんよ」
「ゲームに勝てばいい!それ以外はないはずだ」
「お姉ちゃん言っていましたよね、ゲームの資格は小学生、中学生、高校生、大学生の男女八名だって。
広哉が退学になったらゲームの資格を剥奪されますよ」
「それは……ないだろ」
「分からないですよ!広哉の行いの悪さを、お姉ちゃんとても気にしていたから」
「でも今日は行かない」
「いいですよ、今日はお休みですから」
毬菜はなぜか嬉しそうな顔を浮かべていた。
パジャマの裾を掴むのをやめて、そのままテーブル隣の椅子に腰かけた。
「なあ、毬菜」
「なんですか?」
「お前は何のためにオシリスゲームに参加した?」
「あたしは……知りたいことがあるんです」
「知りたいこと?」
「うん、あたしの失った記憶……」
「記憶ってどういうことだ?」
「よくわからないですが、記憶喪失みたい」
毬菜がへへっ、とかわいく笑って見せた。
だけどいつも底抜けに明るい毬菜は、ちょっと顔に影を残した。
「それがゲームと何か関係あるのか?」
「ゲームというよりオシリスですね」
「オシリス?ああ、あの胡散臭いマスク男か。もしかして知りあいなのか?」
「それも分かりません。だけど私は夢を見たんです、オシリスに会った夢を」
「夢?」
「夢は記憶の断片を無造作につなぎ合わせる物です、だから夢の中にいたオシリスはどこかで会っている」
「映像とかで見たんじゃないのか?」
「違います、四か月前の地震の前から見ていたんです。この夢を」
毬菜が珍しくしっかりした口調で言ってきた。
その目は、とても真っ直ぐに僕の方を見ていた。
「そうか……毬菜は一部記憶が抜けていてその前の夢でオシリスに会った。
そういう事だな?」
「はい、それがあたしのコントローラーである理由……いやもっと大事なことを思い出すんじゃないかと。
あたしはどうしてもオシリスに会いたいです」
毬菜はどうやら遊び半分っでゲームに参加しているわけじゃないみたいだ。
それを見て、僕は毬菜の真剣な顔を見ていた。
「まあ……いいか。結局僕はファラオになる、なるのは僕で」
「はい、あたしにオシリスさんに会わせてくれますか?
ステージ7をクリアすれば必ず会えますから」
「そうだな。画像越しに会わないで、本人を目にすれば何か分かるだろうよ」
「そうだよね、広哉」
僕は根拠の無い適当なことを言うと、毬菜は満面の笑みに変わった。
それを見て僕はちょっとだけ罪の意識を感じた。
そんな時、僕のスマホが鳴っていた。
そして僕が着信元を見ると、一瞬にして驚いていた。
(来たか……面倒だ)
僕はスマホをすぐにポケットにしまい、嫌そうな顔を見せた。
「どうしたんですか?」
「面倒なお前の姉貴からだ」
僕はそう言いながら、ゆっくりといすから食べかけのプレートを持ったまま立ち上がった。