016
それから二時間後、台所で僕がパジャマ姿で立っていた。
包丁を叩く音が規則正しくリズムを刻む。
ピラミッドが現れたあの日から、家事は自然と住んでいる僕と弟二人で分担することになった。
弟は洗濯と風呂掃除、ゴミだし……まあほぼ全部の雑用。
だけど唯一できない料理こそが僕の仕事になる。
こう見えても僕は料理がそれなりに得意だ。
悪夢を見て胸糞悪い中、キャベツを切って卵をフライパンで焼く。
手際良く料理で僕は、一つ一つ朝食のメニューを作り出していた。
「広哉はやっぱり上手いですね、料理」
「なんでいるんだよ……毬菜」
僕の隣には、なぜか微笑んで僕の料理を見ている毬菜がいた。
毬菜は八神中の薄ピンクのジャージを着てニコニコしながら、台所のそばで腕枕しながら見ていた。
「卵は半熟がおいしいですよね。トロトロ~」
「何でお前がここにいる?」
「相棒は一緒に暮らすって、広哉が強引にあたしを奪ったから」
「嘘つけ」
毬菜のでたらめに、僕は適当に突っ込んだ。
毬菜はたまに変なことを言う、こういうところは教楽来姉と一緒だな。
「それで結局、家に帰らなかったんだな」
「うん、広哉と一緒の部屋がよかった?」
「馬鹿ッ、大翔がいきなりビックリしていたみたいだろ」
「ああ、そうだね。でもなんか大翔先輩は落ち着いているというか……」
「あいつはどこか変っているからしょうがないだろ」
手際よく僕は玉子焼きを作ってはさらに盛り付けた。
「大翔先輩はそれでもあたしを受け入れてくれました」
「大翔は好きなやつがいるからいいんだ。ほかの女には目もくれないだろう」
「へえ、そうなんだ。広哉はいるの?」
僕は毬菜の質問を無視した、急に口を閉じて黙々と二皿目の玉子焼きを作り始める。
「広哉?どうしたの?」
「毬菜、これ食ったらは帰れよ、お泊り会は昨日だけだ」
「それはできません」
さっきまで明るかった毬菜の顔が、急に暗くなった。
毬菜の顔を無視したまま、僕は料理の手をやめない。
フライパンで黙々と卵をずっと焼いていた。
そんな大翔はやはり朝早くに出かけていた。今日は休日だから学校はないはずだが。
「教楽来と何があったか知らないが、僕たちの家では三人を養うほどお金がない」
「大丈夫です、ジャーン!」取り出したのは引越センターの通知。
そこには明日、ここに引っ越しの荷物が届くことになっていた。
いきなりで、代金は向こうで払うらしいが。
「いつのまに!」
「私はお姉ちゃんに嫌われていますから、家に居場所がないんです」
「あっけらかんに言うな!」
「でも大丈夫、お金はちゃんとありますよ」
そう言いながら毬菜が取り出したのは、銀行通帳。
満面の笑みを浮かべながら、毬菜が僕に見せてきた。
「何が教楽来とあったか知らないが、男二人の兄弟のところにくるのはまずいだろ」
「それは心配ですね、でも大丈夫です。広哉は童貞さんだから」
「なんだよ、勝手に決めるな」
「昨日、ポチッとされて……それで気づいたんです」
「変なことに気づくな」
「だって広哉の押しがなんだかやわらかったから」
そう言いながら顔を赤らめてもじもじとしていた毬菜。
僕は呆れながらなぜか自分の掌を見てしまった。
あそこで確かに僕の人差し指は、毬菜の胸を触ったんだよな。
「やわらかいとか思ったでしょ」
「ち、違うっ」
「あたしの胸は、ちょっと堅いんだよね。
ああそうそう、お姉ちゃんはおっぱいにボタンがないから。今度確かめてみるといいよ」
「ボタン?そうだな……毬菜」
僕は二つ目の玉子焼きをさらに盛り付けて、野菜サラダをプレートに乗せた。
そばにいた毬菜は、ずっと僕の料理を興味深く観察していた。
「お前は何者だ?」
「あたしはコントローラー、説明したじゃないですか。広哉はプレイヤーです」
「あのゲームはなんだ?オシリスゲームはどういうルールなんだ?」
「そうですね……それではゲームの話をしませんか?」
僕は完成させた玉子焼きとサラダのプレートを毬菜に見せた。
それを見て、毬菜の表情が明るく開けていた。




