012
僕と毬菜は二十時まで待っていた。
オシリスから来たメールは二十時博多駅、導いたのは毬菜。
教楽来姉も、二十時と同じことを言っていた。間違いないだろう。
博多駅が二十時になるころは、空は闇に包まれていた。
当然ネオンの明かりが周囲を照らす。
それは、リアルな映像だった。駅を歩いていた人間の視線は、暗くなった駅舎に注がれた。
「停電か……」などと声も聞かれたが徐々に水色の光が駅舎を包む。
それから間もなくして映し出されたのは、真っ黄色なピラミッド。
プロジェクションマッピングの様に、ピラミッドと水色の背景がうつされた。
だけど違う、これはレトロゲームの画面に見えた。何より僕は知っていた。
(これは……マイトナバンジャップ)
僕は直感で感じた、昔見たことがあるファミ○ンソフト『マイトナバンジャップ』のオープニング。
その画面が見えた、チープなドット絵のピラミッド。僕にとってそれは懐かしく覚えた。
「ヤバイ!」
「時間だからあたしは……変わります」
そう言いながら僕の隣の毬菜が、上を見上げていた。
毬菜が不意に僕の手を握ってきた。
「な、毬菜」
「離さないでください、これは私と広哉の絆の証」
「絆って?」
「絆は何よりも尊いです、あたしと広哉を結ぶものです。
絶対ゲーム中は手を離しちゃだめですよ」
そんな毬菜は青白い光に包まれていた。
「毬菜?」
「しばしのお別れですよ……大丈夫です」
笑顔を見せながら、青白い光は彼女の体を追っていく。だけど僕の手をずっと握ってきた。
それから数秒後、光が収束されて消えた。
僕の掌にはファミ○ンのコントローラーだけが手元になった。
(コント……ローラー?)
えんじ色のゲームコントローラーには線が無い。
無線のレトロなゲーム機のコントローラーだけが手元にあったから。
自分が手に持っていた、ファ○コンのえんじ色コントローラーを見た。
AとBのボタンに十字キー、スタートボタンにセレクトボタン、非常にシンプルだ。
写真では見たことあるが、実物は初めてだ。
「毬菜?どこだ?」
僕は周囲を見回すが、さっきまでそばにいた毬菜の姿はない。
「何がどうなっているかわからないが、スタートを……押すか」
そのあと、コントローラーのスタートボタンを押す。
すると目の前のプロジェクションマッピングの映像が変わる。
最初に出てきたのは水色の壁、駅舎が水色に染まる。その水色の背景の中に一人の人物。
バタフライマスクをつけたミドルヘアーの男。その男の顔がアップになった。
「オシリス!」
「ようこそ、八人目の挑戦者。すでに数名のプレイヤーがゲームに参加登録を完了した。
これから君にオシリスゲームの正体をして差し上げよう」
「どういうことだ?」
オシリスは僕の問いに答えてくれない。だけど、周りの人間は立ち止まって駅舎を見ていた。
だが反応が少し違う、「なにかの演出か?」「新手のプロジェクションマッピングか」などと声が漏れる。
「私の作ったオシリスゲームは、七つのステージを進みながらピラミッドの頂上を目指すものだ。
ピラミッドの頂上にたどり着けるのは、たった一人、つまりは脱落だ。
負けたプレイヤーは参加資格を失う、サバイバルゲームだよ」
オシリスの言葉に、僕はずっと顔を上げて見ていた。
おそらく言葉は届いていないのだろう。
「ファラオになれるのはたった一人だ。
ファラオになればピラミッドに封じられた人間を解放するのも、時を遡って使者を再生させるも自由。
ファラオはピラミッドの王にして絶対の力が与えられる」
オシリスが勝ち誇ったように言う。喋り声はやっぱりどこかで聞き覚えのある声だ。
だけどそれを、僕の中で思い出すことはできない。
「この世界は退屈であふれている。
それをこの私が解消してやろうというのだ、素晴らしいだろう」
「何が素晴らしい?自惚れ甚だしいな」
呟く僕の声はオシリスに届くことはない。
悠然とオシリスは語っていた。両手を広げて、口元は笑みを浮かべていた。
「世界は自分中心で回っている。そうは思わないか?
このゲームに参加するのは『高校生男子』……だな」
まるでその目は、バラフライマスク越しに僕を見ているかのようだ。
僕はコントローラーを片手にじっと博多駅の駅舎を見ていた。
駅舎にいる群衆は、ざわざわと騒然としていた。
「まあ、今の君もこうやって退屈をもてあそんでいるのだろう。
世界は誰のものでもない、だけど誰のものにもなれる。
それがゲームだ、ゲームの中の世界にいる主人公は君だ」
オシリスがまるで僕を指さしているかのように、人差し指を向けてきた。
オシリスの笑みが、僕をさらに不快にさせていた。
「そうだ、私が作った最高傑作。
最も新しく、そして最も古いオシリスゲームだ。勇敢なプレイヤーに幸あれ、高校生男子よ」
最後にオシリスがメッセージを残して、一方的に遮断された。
画像が消えたと同時に、水色の背景が見えた。
博多駅前は、ざわざわとしていて僕は警戒していた。
(面倒くさいことになりそうだ)
僕はコントローラーを持ちながら、少し離れたビルのそばに入っていた。