010
僕は毬菜に導かれるまま地下鉄に乗っていた。
夕方になった地下鉄はとても混んでいた。
市街地に向かう地下鉄で、セーラー服の毬菜がじっと僕を見ていた。
大きな通学かばんを持って、なんか重そうにしていた。
なんというか女と一緒に地下鉄に乗るのは中学以来だ。
「へへへっ、広哉」
「なんだよ、気持ち悪いな」
「そうかな?あたしは広哉と乗るの、楽しみだよ」
無邪気な笑顔を見せている毬菜、男にあまり恐怖がないのか。
なんというかペースが乱れるな、毬菜といると。
「大体さっきのはなんだ?」
「コントローラー契約です、ゲームにはコントローラーが必要ですから」
「コントローラーって、今のスマホはタッチパネルだぞ」
「それが毬菜のレトロゲームです」
毬菜は笑顔を見せて僕に迫ってきた。
「レトロゲームって……さっきやったマッチーだろ」
「マッチーですか、ネズミさんかわいかったですね」
「ああ、猫に捕まったら喰われちまうけどな」
僕はそう言いながら、車内につるされた広告を見ていた。
「まさか、レトロゲームをやるんじゃないだろうな」
「もちろんですよ、決まっているじゃないですか」
「じゃあどこでだ?僕が昔行っていたゲームショップはつぶれたぞ」
「ゲームショップ?なに?」
毬菜は首を傾げて僕を見ていた。
まあ、無理もないか。僕が中学に上がったころには、そのお店はつぶれていたんだから。
「でも、電車でどこに向かっているんだ?」
「それは見てのお楽しみです」
「なんでそんなに楽しそうなんだよ?」
「えと……いつも楽しいですよ」
毬菜はあまりよどみがない、笑顔を見せていた。
「いや、なんというか人間味がないんだよ」
「そうですか?」
「いつもヘラヘラしていて……そんなに楽しいのか?」
「楽しいですよ、あたし」
はっきりした明るい顔で、僕に笑顔を振りまく毬菜。
どう考えても僕とは違う。
「なんでそんなに元気なんだよ、お前は教楽来に捨てられたんだろ」
「きっとあそこには、あたしの居場所がなかったんだと思います」
「居場所がない?」
「うん、大丈夫。きっとこれからのあたしはもっと明るい」
「能天気だな、世の中ロクな事しかないのに」
僕の悪態に、なぜか僕の頬を引っ張ってきた毬菜。
「何をする?」
「いいえ、これから楽しいことが起きますよ。
大丈夫です、広哉とあたしは楽しいことをしましょ」
「楽しいことなんかない」
僕は毬菜の手を払った。
いつも通り死んだような目で、僕は地下鉄の真っ暗な闇を見ていた。
「それがこの世界だ」
「でもさっきはファラオのことを信じて……」
「それも僕がファラオになって全てのことが起きた場合だけだ。
それ以外を僕は信じない」
そう言いながら僕の前の地下鉄のドアが開いた。
僕が乗っていた地下鉄は、一つの駅にたどり着いたからだ。