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泣いているのは鎧を着た人ばかりだ。
そしてこの鎧を着ている人は恐らく子ども。周りにいる人と比べて背が低いし、声が高いし、あんなにも泣くのだから。
では何故子どもたちは皆鎧を着ていて、あんなにも嫌がっているのだろうか。
大人たちはニコニコしている、しかし鎧の子どもたちはそうではない。何だかおかしな光景だ、祭りやイベントは老若男女皆が楽しいはずなのに。
これが今回の悪い夢という事だろうか。
そういえば少年はどこにいるだろう、さっきから見つけられない。ここにいるはずだ、この公園のどこかに。
ひょっとして少年も鎧を着ているのだろうか。そうならば見つけるのは難しくなる。面具を付けているから顔が隠れて誰だかわからないから。
取ってくれればわかるのだが、誰一人として取ろうとする者はいない。
メイン会場から太鼓の音が聞こえてきた。ドンドンドンとリズムよく音が鳴る、それはこの静かな町全体に聞こえていそうなぐらい元気がいい。
その太鼓の音に混ざって聞こえにくいが、誰かを呼ぶ声が聞こえてきた。サトシどこだ、サトシ君出てきなさい、もう逃げられないんだからねという声が聞こえてくる。
どうやら何人かでサトシ君という人物を捜しているようだ。
もうすぐ始まるというのにどこに行った、あの子は弱虫だから逃げたのかしら、逃げても隠れても無駄だというのにね。サトシ君を捜している三人はポケットからスマートフォンを取り出した。
画面にはこの公園の地図が表示されている。そしてどこかを押すと検索中ですという文字が出てきた。
少しして、ある場所に星マークが出た。
三人はニコニコとした表情で歩き出した。見つけたよサトシ、トイレに隠れるなんてあの子頭悪いね、だから無駄だと言ったのに。
◇
三人に居場所を突き止められたとは知らずに、トイレの個室で息を殺している鎧を着た人物が洋式トイレに座っている。
音が鳴るたびにビクっとして、小刻みに震えている。
「早く逃げないと……このあとどうなるかなんてわかっているんだから」
サトシ君であろう人物は呟いた。
「でも逃げ出せたのは初めてだから、その場合どうなるのかはわからないな」
トイレは薄暗くて、他には誰もいない。
「あっちに行かなければ大丈夫のはず。だからこれからどうするか考えよう」
考えている時間なんてないよと教えてあげたい。
君を見つけ出した三人は確実にこのトイレへと向かっている。だから早く他の場所へと移動しないと捕まってしまう。
「でも考えてもどうせ捕まるのかな。そんであの場所へと行くのかな。はあ嫌だな」
あの場所とは何処のことを言っているのだろうか。皆が泣いていたのはひょっとしてそこに行きたくないからだろうか。
「とにかくじっとしてよう。ここにいれば見つからないはずだ」
違うそうじゃない。このままではさっきの三人に見つかってしまう。そんなじっとしている場合ではない、今すぐにでもここから別の場所に移動しないと。
いやちょっと待て、何故さっきの三人はスマートフォンを見てすぐにサトシ君が隠れている場所を特定できたんだ。もしここで別の場所に移動したとしてもスマートフォンを見れば現在地はすぐにわかってしまうのか? だとしたら逃げても隠れても無駄だということなのか。
三人のうちの一人がそう言っていたのを思い出す。なんだか寒気がしてきた。
こんな状況少年しか助けられないだろう。今すぐ少年はサトシ君を助けないと! しかし未だに少年の姿は見つけられない。いったいどこにいるのだ。
メイン会場では男女数人のダンサーがテンポのいい洋楽にのせて踊っていた。それを見ている観客も盛り上がっている。これが朝早くの光景だとは信じられない。
その時サトシ君が息を殺して隠れているトイレへと歩く人物が現れた。
さっきの三人ではない、見た目は重そうでかっこいい鎧を着た人物が歩いてきている。
その人物は辺りをキョロキョロと見まわして、誰もいない事を確認するとトイレへと入っていった。
何故警戒したのだろうか。誰かに見つかるとヤバイことでもあるのだろうか。
トイレに足音が響いて、個室で息を殺して隠れているサトシ君に緊張が走る。
サトシ君がいる場所は一番奥の個室。それまで三つの個室が並んでいるが、どれも閉まっている。
鎧を着た人物は静かで薄暗いトイレの、一番手前の個室を確認した。
ドアを開く音が聞こえて、閉まる音が響く。
「……どうしよう……見つかる……」
とても小さな声でそう言ったサトシ君の心臓は、思い切りドキドキしてるだろう。
足音がトイレに響いて、ドアを開ける音も響く。誰もいないことを確認したらドアを閉める。
足音が鳴り響く。この足音はサトシ君にとってとても怖いものだろう。
鎧を着た人物は一番奥の個室のドアをじっと見ている。ここに誰かいると確信したのだろうか。
サトシ君はもう動くことができない、喋ることもできない。今ちょっとでも動いて音を鳴らせば見つかるのは当然だ。
鎧を着た人物が開けようとする。しかし開くことはなかった。何故なら鍵がかかってあるからだ。
ガチャガチャとドアノブを引っ張る音が鳴り響く。
サトシ君の表情は見えないが、今にも泣きだしそうな顔をしているだろう。ひょっとしたらもう泣いているかもしれないが。
鍵がかかっていることがわかった鎧の人物は、ドアをコンコンとノックした。
しかし返事はない。サトシ君は黙っている。
ここでうっかり返事をすれば見つかってしまうからだ。だから黙っている。黙ることしか今はできない。なんとかこの場をやり過ごすことさえできればいいのだが。
鎧を着た人物はもう一度コンコンとノックした。しかし返事はない。
サトシ君は心の中で叫んでいるはずだ。いい加減ここから出て行ってくれ! 僕は見つかりたくないんだと。
「ここに誰かいるよね? もうわかってるよ」
すると突然トイレに響いたのは誰かの声。サトシ君は黙っていてる。
「もうすぐここに君を連れて行こうとする三人が来るよ」
この声は少年だろうか。顔が見えないからハッキリとしないけれど。
その言葉にサトシ君はえっと思わず声を出した。何でそんな事を知っているのと思っているはずだ。
「どうせあの場所に行くなら自らの意思で行こうよ」
恐らく少年であろう鎧を着た人物はサトシ君と一緒にあの場所に行こうとしているのだろうか。あの場所が何処か知っているのだろうか。
「そんなの嫌だよ! あの場所は恐ろしい所なんだ、だからこうやって隠れているんだ」
その声は震えている。相当怖いのだろう。
「あの場所に行かないとこの悪い夢は終わらないと思うよ」
「……悪い夢?」
「楽しい夢とかじゃなくって、怖い夢とか嫌な夢を悪い夢と言うよ」
「……」
サトシ君は黙った。
「僕は君を助けに来たんだ。今回は僕も参加しろってことらしい」
「……何で僕を助けるの? こんなこと今までなかったのに」
「そりゃ僕がこの夢に今までお邪魔しなかったからだね」
「何者なの?」
「えっ僕のこと知らないの? 巷で噂のはずなんだけどなー」
「……そういえば聞いたことあるような」
「やっぱり噂になってるんだね。で僕はなんて呼ばれているの?」
「……なんだったっけ」
サトシ君の警戒は少しとれたようだが、鍵を開けてくれる様子はまだない。
「あっ思い出した」
「なになに」
少年はドアに耳を近づけてしっかりと聞こえるようにする。
「夢の警察官!」