いち
今はゴールデンウィークというやつでしょうか?
みなさんお出かけしたり、お出かけしたりお出かけしていることでしょう。そんな中汗水流してお仕事をされている人には頭が下がります。
でも今お出かけしてもどこも混んでいますよね。どこに行ってもそこには人、ヒト、ひと。どこからこんなに来たんだと思ったり考えたりします。人酔いしてしまいそうです。
車や船という乗り物なら酔い止め薬を飲めば解決しますが人酔いはどうすれば……。
できれば人がいっぱいいそうな所には行かない、それぐらいしか解決策はなさそうですが誰か他にもっと良い解決策ありますか? あったら教えて下さい、ご連絡は下にある電話番号もしくはメールアドレスによろしくお願いします。
ファックスは残念ながら無いのです。申し訳ございません。
というのは冗談で、くれぐれも人酔いして人が苦手にならないでくださいね。
大きな家に住んでいる動物たちはどこかに出かけるのでしょうか、そもそも動物はどこかに出かけるというものは無いでしょうが。
しかしここはそれが有るかもしれません。ここはなんだってあると誰かが言っていたような気がしますので。
ユミちゃんとシュウ君はどこかに出かけたのでしょうか。ほら耳を澄ましても二人の声は全く聞こえてこない……ということはなくて、どうやら大きな家にいるようです。元気のいい声が聞こえてきますよー。
「だーかーらー! 約束はどうしたのよ!」
この声はユミちゃんですね。家の外まで聞こえるような、そんなに大きな声を出してどうしたの。
「そうですよ! いくらなんでも酷いですよ!」
この声はシュウ君ですね。二人で何故大声を出しているのでしょうか。
「私はね、約束を守らない男は嫌いなの」
「ユミちゃん、僕は約束守るよ!」
「そっちの事情はわかるわよ。それでも私の約束守らないのは許せない」
「そうですよ、約束は約束。そんなの僕でもわかりますよ」
ちょっとここからじゃ家の中の様子がわかりませんね。もうちょっと近づいてみましょう。
カメラは窓越しにリビングを映した。
リビングにはユミちゃんとシュウ君、紅茶を飲んでいるおばば、困り顔の少年がいた。
「ねえ何とか言いなさいよ、言い訳聞いてあげるから」
「はいどうぞ、これマイクです。これでよく聞こえますよ」
「どうしたの? さあ早く、今すぐ言いなさい」
「一応録音しておきます? 証拠として残りますからね」
なるほど、ようやく何が起こっているのかわかってきました。
ユミちゃんとシュウ君が少年を尋問しているのですね。何故そんなことになったのか、それは少年の言い訳を聞いてみましょう。
「……二人とも落ち着いてよ」
少年は笑顔でこたえているが、どう見ても作り笑いだとわかる。
「約束守らないのはいつものことでしょ。今更そんなに責められてもさ」
今さらっと酷いこと言ったような気がするけど。
「僕には事情があるんだよ。だからさそこらへんはわかってよ」
ものすごく真剣な表情の少年。
「僕だって辛いんだよこの状況は。でもしょうがないんだ、これは運命なんだ」
すると少年を睨んでいたユミちゃんが、握り拳をつくってそれを勢いよく少年のお腹へとクリティカルヒットさせた。
ものすごい顔のユミちゃん、少年は辛そうな顔をしながらお腹を摩る。
「もういいよ! いつもいつも仕事を選んでさ。もう一生仕事をやっとけばいいよ! 働きまくって過労死すればいいよ」
その言葉はユミちゃんのような子どもが言うようなものじゃないような気がします。
「そうだそうだ! 大人の事情とかしるかー」
シュウ君も加勢しますが弱いです。それと間違っていることが一つ、少年は大人ではありません。
「……僕が間違っていたよ」
すると少年は目を大きくして、目の前にいる二人の手を握った。
「ずっと忘れていたものをようやく思い出したような気がするよ。そうだ僕には二人がいるじゃないか、この世界で一番大切な二人が」
少年のその様子を見ているおばばは口を手でおさえている。泣くのを我慢しているのだろう。
リビングの様子が気になるのか、庭から動物達が見守っている。皆真剣な表情だ。
その中にはイケメンもいた。アイドルスマイルで歌って踊って演技したりする方じゃなく、朝の番組で奇抜な料理を作る方でもなく、なんでもないことをただ喋っただけでキャーキャー黄色い悲鳴を浴びせられる方でもなく、猛獣の王であるライオンだ。
少年によってイケメンと名付けられたライオンは、リビングに注目していなくてマイペースだ。ぼーっと空を見上げていて間抜けに見える。
空には色んな形の雲がゆっくりと流れている。丸だったり三角だったり四角だったり。魚に見えたり牛に見えたり豚に見えたり。
ライオンの口から涎が出てきた。お腹も鳴っているかもしれない。
リビングを注目している動物たちの中には色んな動物がいる。哺乳類に両生類に鳥類、肉食だったり草食だったり。
草食動物をじっと見ているライオンの目はハンターの目になっている。これは怖い、草食動物の皆様は早く逃げてください! そうしないと食べられますよ!
リビングではちょっとした修羅場、リビングを見ている動物たちがいる庭では食うか食われるのかのサバイバルが起こりそうな雰囲気。
どうにかしてくれいこの状況! 止めてくれるなら誰でもいいよ!
そう神や仏や適当に祈っていたら、空に飛行機雲が一つ走った。それに気づいたのはライオンで、どうやらまた空を見上げていたようだ。
そしてライオンはぐおおおおと雄叫びをあげる。さすが百獣の王と皆をすぐに納得させるであろうその声は他の動物たちを振り向かせ、リビングにいる人間たちも注目させた。
なんだよ急に、びっくりしたなあもう、やっぱりライオンは怖いのかな、どうしたのお腹でも痛いの、動物たちは様々な言葉を交わす。イケメンどうしたー、あービックリした、怖くて心臓止まるかと思ったよ、あいつのんびりしてると思ったら元気あるじゃないか。人間達はリビングから出てきた。
ライオンは空を見上げている。動物たちもそれにつられて空を見る、庭へと出てきた人間達もあとに続く。
するとそこには飛行機雲があった。
「あーこれね」
少年は頭を掻きながらライオンへと近づいて、頭を優しく撫でる。
「スミマセン大きな声を出してしまって。驚きましたよね?」
頭をなでなでされている百獣の王はなんだか可愛い。
「教えてくれてありがとう。じゃあ僕は行くよ」
少年は急いで家の中へと戻って、ユミちゃんとシュウ君に何か喋っておばばとも何か喋った。
そして螺旋階段を上る音が聞こえた。
リビングでの修羅場と、ライオンが狩りをしそうになったことは気になるけれどひとまず夢の中へとお邪魔しましょう。
◇
まだ空は暗いけれどもうそろそろ太陽が顔を出すであろう時間帯。
町は静かだけど、歩いている人はちらほらいる。出勤のためにこんなに朝早く起きているのか、朝練のためにこんなに朝早く起きているのか。
そんな静かな朝の町の公園には人が集まっている。法被を着ていて楽しそうな顔をしている。
公園で何かあるのだろうか? こんな朝早くに。
集まっている人の中には法被を着ている人いがいにも私服だったりスーツだったりドレスだったり、これはいったいなんの集まりなのかかなり気になる。
色んな格好をしている人の中に、とくに目を奪われる格好をしている人がいる。
見た目は重そうで強そうで、でもかっこよくて男の子なら憧れちゃうだろうなという格好。
胴、草摺、佩楯、袴、脛当、草鞋、袖、籠手、手甲、兜鉢、腰巻、眉庇、吹返、錏、脇立、前立、面具、
垂、襟廻で成り立つ攻撃から防護する衣類・武具である鎧だ。
この鎧を着た人はなんだか異様に見える。
何の祭りだろうか? 祭りではなく単なるコスプレパーティーだろうか? いやそれはおかしいこんな朝早くにすることではない。ではいったいこの集まりは何なのだ。
公園のなかで一番大きく開けているところにはテントがあったり出店があったり、トイレが設置していたり大型モニターがあったり奈良の大仏ぐらいの大きさがあるような鎧の人形が飾っていたりする。
その鎧の人形は皆を見下ろしていて、皆からはよく見えそうだ。
この場所がどうやらメイン会場なのだろう。続々と人が集まってきている。
公園だけは静かではなく、わいわいガヤガヤと騒がしい。祭りだったり何かのイベントだったら朝早くに騒がしいのは当たり前だ。
いつも騒がしいとただの近所迷惑でうるさい。
その時どこかから泣き声が聞こえてきた。嫌だよ嫌だよという駄々をこねている声だ。
何が嫌なのだろうか、皆楽しそうな顔だからきっと楽しい祭りかイベントのような気がするのだが。
また泣き声が聞こえてくる、さっきとは違う声だ。帰りたいよ今すぐ帰りたいよ、また駄々をこねているように聞こえる。
何がそんなに嫌なのだろうか。まだそれはわからない。
泣き声は止まることがない。次々とそこら中から聞こえてくる、そのどれもが何故か帰りたがっている。
何でもするから帰りたいよ、もう嫌だよこんなの絶対無理だもん、なんでこんな事をするの何も悪いことしてないのに、嫌だ嫌だ嫌だここから動きたくないよ。皆必至だ、何故そんなに嫌がるのだろうか?
そこで綿あめを食べているお姉さんは楽しそうだ、あっちで朝からビールを飲んでいるおじさんも楽しそうだ、そっちでくじ引きを引いているカップルだって。
皆楽しそうなのに何故泣き声が?
泣き声は誰から出されているのだ、その人物を突き止めれば少しわかるかもしれない。
また泣き声が聞こえてくる。やめてよ引っ張らないでよ、嫌だよ帰りたいよ! この声はどこから聞こえてくる。
もう会えなくなるかもしれないじゃん、それでもいいの!? この声は左のほうから聞こえてくる。
左のほうには人だかりができていた。皆誰かを見ているのか、それはひょっとしてこの泣き声の人物だろうか。
やめてよ、なんで知らない人まで手伝うんだよ! おかしいよこんなの!
その泣き声が聞こえて、人だかりの中から出てきた人物は何人かの大人に引っ張られていた。
「痛いよ放してよ! 僕は早く帰りたいんだよ!」
その人物は鎧を着ていた。