よん
「ところで君は何であんな危ない所にいたんだ?」
ゆっくりとした時間が流れて、うとうとしそうな時に眼帯をしている女の子は少年に質問する。
そのうちその質問はやって来ると思っていた、だから少年はその質問の答えをちゃんと用意しているはずだ。少年はじゅうぶんわかっている。ここで怪しまれたらこの夢から悪を追い出すことが困難になるということを。
そうなれば非常にやりにくくなる。誰がこの夢を見ているのか、マイナスの塊のヤツラは何処にいるのか、この村の人達を助けたい、それらが全部やりにくくなる。
「気づいたらあの場所にいた」
その言葉に三人は少年を注目する。
「気づいたら? 武装も何もしていないそんな格好でか。そんなおかしなことがあるのか」
大柄な男は少し少年のことを怪しんでいるかもしれない。
そう思うのもわかる。恐ろしい化け物が潜むあの森に、武器も何も持たずにいるなんて自殺行為以外のなにものでもない。化け物に殺されたいのなら丸腰でも頷ける。しかしそういうわけではない、現に少年は女の子から銃を奪って化け物に攻撃をしている。だから化け物に殺されたいというわけではないことがわかる。
あの時もし、銃を奪わずに恐怖で何もできないような演技でもしていればまた違った見方になったかもしれない。
しかし少年はそうしなかったわけだ。だから三人にたいして、そういう設定では見せられないということになる。
三人は少年のことを、化け物に挑める謎の存在だと認識されているだろう。恐ろしい化け物に物怖じしなくて戦える姿を見れば誰だってそう思う。
「ひょっとして何処かで武器を落としたのかな? あの森は色んな物が落ちているからね。腕時計、参考書、スリッパ、掛け布団。何故色んな物が落ちているのか謎なんだよね」
眼鏡をかけた知的そうな男は頭を掻いた。
「もし落としたなら手ぶらだったのもわかる。しかしお前は子どもだろ、銃の扱いはどこで覚えたんだ」
「それは……」
少年はその質問への答えを準備していなかったのか、苦笑いになっている。
答えられないと一気に怪しまれるかもしれない。この中で一番力がありそうな大柄な男が怪しんでいる。もしその太い手で掴まれたら逃れるのは至難のわざだろう。
リーダーである眼帯をしている女の子の一言で免れるかもしれないが、怪しまれることには変わらない。一度怪しまれたらなかなかそこから抜け出せない。それは人によって違うけど、大柄な男はそれに敏感のようだ。
「まあそんなことはいいじゃない。何処の誰かなんてことは今必要なのかな? それよりも戦力が増えたってことに喜ばなくちゃ」
眼帯をしている女の子はニコッとしながら少年のほうを向いた。
「そうだけどよ……何者なのか気にならないのか? 俺達はコイツのことを何も知らないんだぜ。そんな素性もわからないやつと一緒にいるのは気味が悪いぜ」
「確かにその気持ちはわかりますね。でもリーダーの言う通りじゃないですかね。さっきこの少年は化け物を撃ちましたよ、普通なら化け物を見たら足が竦むのに」
「そうだけどよ……もし俺達に危害を加えてきたらどうするんだよ! 化け物だけでも手一杯だというのに敵が増えてしまうじゃないか。そんな余裕はどこにも無いはずだ」
「危害を加えるならもうやってるんじゃないですか? さっき廊下で僕と少年の二人きりになった時がありました。しかし少年は何もしなかった、それはつまり敵ではないということになりませんか」
「こっちの隙ができる瞬間を今か今かと伺っているかもしれないじゃないか。だから廊下では何もしなかったとは考えないのか? すぐに本性を出したら目的を達成できない、だからまず信頼を得て油断させてから目的を遂行する」
「それは考えすぎですよ、もっと単純に考えましょうよ。僕達に危害を加えて何になるというのですか、何もならないと思いますよ。どうせ危害を加えるならもっと力を持っている人を狙ったほうが良いんじゃないんですかね」
「お前は何もわかっちゃいない、何でもかんでもすぐに信用しちゃいけないんだよ。それじゃあすぐテレビが言っていることを信用する馬鹿と同じだ。お前はそんな馬鹿じゃないだろ、この三人のなかじゃ一番賢いと思うぞ」
「なんだよ急に誉めて、気持ち悪いなぁ。誉めても何も出ないし、僕の気持ちは変わらないし、馬鹿ではないから。それよりこんな不毛な会話が続くことが馬鹿なんじゃないのかな」
眼鏡をかけた知的そうな男は横を向いた。大柄な男も横を向いた。
二人は緊張した表情で眼帯をしている女の子を見る。女の子は目を閉じて腕を組んでいる。二人の会話を聞いていて、そして何かを考えているのだろう。
二人の声で騒がしかったリビングはしんとして、物音をたてたら怒られそうな雰囲気になっている。だから誰も喋ることはない。少年はマグカップをそっとテーブルに置いた。
腕を組んで目を閉じている女の子を見て、二人の表情がみるみる変わっていく。何故そんなに女の子のことを気にしているんだろう、女の子はリーダーだから二人は従わないといけない関係なのかもしれないが。
「……まあいいわ」
ぼそっと小さな声を出した女の子は目を閉じたままだ。
「どっちの意見も間違いではない、でも間違っているかもしれない。だから今から質問してみましょう。それで納得するかもしれないしそうじゃないかもしれない。とにかく私に任せてくれないかな」
「リーダーがそう言うなら仕方ねーな」
「そうですね、リーダーにはその権限がありますし」
二人はリーダーに意見を言うでもなく素直に従った。妙に素直で気持ちが悪い。
眼帯をしている女の子は目を開けた。そして少年をじっと見つめる。見つめられた少年は背筋が伸びた。
少年は緊張している。同年代の女の子に見つめられているから? それともこれからどんな質問をされるかわからないから? とにかく少年は女の子に見つめられている。
今から何を聞かれる、今から何が始まる、今から女の子は何を喋る。少年の頭のなかをくるくる回るのは不安とドキドキが混ざったものだ。ここで怪しまれたら手足が動かないように拘束されるかもしれない。
そんなの考えすぎだ、この三人はそんな人達ではない。そうは思いたいが大柄な男の言葉は少年のことを怪しんでいるような感じだった。
それにたいして眼鏡をかけた知的そうな男は真逆だった。少年をかばうみたいな感じだ、かばってくれるのは少年にとってはいいことだが、かばっているその姿をわざわざ見せつけているようなそんな気が。
気のせいだろうか? もしそうならいいのだが。
「ねえ、君は何処から来たの?」
眼帯をしている女の子は少年を見つめながらそう言った。
少年はここではない別の場所から来た。この夢の外から、大きな大きな家から来た。
本当のことをそのまま言ったほうがいいのか、嘘をついて台本がない芝居をやってみるのか。どっちが正しいのだろう。
あまり待たせると怪しまれるかもしれない。女の子は別に急かしてはいない、少年が話してくれるのを静かに待っている。
「遠くから来たよ」
それは本当のことだ。嘘はついていない。しかしどれほど遠いところから来たのかは隠している。
上手く言葉を選んだということだ。しかしここでもっと突き詰められたらどうする。遠くからとは具体的にどの辺りだ、地図でいうとどこになるのか指で指してみろ、そこからここへはどうやって来たのか教えてくれ。そんなことを聞かれても大丈夫なのか。
「なるほど。じゃあ次の質問だ」
案外あっさりと次へと移った。女の子はそんなに少年のことを怪しんではいないのだろうか。大柄な男がごちゃごちゃうるさいから、仕方なく質問をしているのだろうか。
次は何を聞かれる、次は乗りきれるだろうか、次は女の子は何を喋る。少年の頭のなかをくるくる回るのは不安とドキドキが混ざったものだ。
眼帯をしている女の子は髪を掻き上げて少年に第二の質問をした。
「ねえ、君は何者なの?」
なんて直球な質問だ。カーブを投げる意味はないということか。敵なのかそうじゃないのか、重要なのはそこだけなのか。
少年は悪い夢から悪を消し去るために、この夢を見ている人の夢にお邪魔している。少年はこの夢を悪い夢へと変えてしまった、マイナスの塊のニヤニヤとしている不気味なヤツの悪さを未然に防いだり止めたりするのが仕事。
それを言ってしまうとどうなるのだ。なんだそれはと怪しまれるのか、なにそれカッコイイと目の色が変わるのか、馬鹿にしているのかと怒らせてしまうのか。
「僕は旅人だよ。色んな世界を見て回っている」
そのわりには荷物を持っていない。少年はそのことに気づいたがもう後には戻れない。どうにかして乗りきるしかない。
そうだ、さっき武器を落としたとか言わなかったっけ。いやそれは言っていない、結局その話は女の子が止めたんだった。またその話に戻るってことか。
「さっきは聞けなかったけど、旅の荷物は何処にいったの?」
眼帯をしている女の子はニコッと笑っている。この笑顔は何の笑顔なのだろう。べつに楽しいからってわけじゃなさそうだ。かといって誰かがギャグを言ってそれにウケて笑ったわけでもない。
貴方のことは全てお見通しよ、だから何でもわかってしまうんだから正直者でいなさい。そんな余裕がある笑顔なのだろうか。女の子には読心術を使えるというのか。いやそれはない。
だから嘘偽りは私の前では通用しないのよ。そんなものは直ぐに暴かれる、嘘をついたり偽ったりすると心が濁るから。貴方の心は綺麗かのかな、それとも濁っているのかな。そんな声が聞こえてきそうな感じがして、何だか嫌な気分だ。
この笑顔から目を逸らしたい。しかし逸らしたら何か疚しいことがあるのではないかと思わしてしまう。そうじゃないとしても、目を逸らしたことで決定付けてしまう。
別に僕は疚しいことなんて何もない。悪い夢をただ終わらしたいだけだ、この夢を見ている人がゆっくりと休めるような時間を取り戻したいだけだ。だから何もない疚しいことなんてない。
「気づいたら荷物はなかった。目を開けたら頭の辺りが痛かったから、多分誰かに頭の辺りを思い切り叩かれたのかも」
「それは大変だったわね。痛みは大丈夫? 後で何かあると辛いからね。無理はしないでね、空いている部屋があるからそこでゆっくり休むのもいいのよ」
「いやそれはもう大丈夫。痛みはもう何もないよ、お気遣いありがとう」
「当然のことをしているだけよ。私はリーダーだから。仲間の命を預かっているのだからしっかり見ておかないといけない」
「僕とあまり歳が変わらないような気がするけど偉いね」
「年齢なんて関係ないよ。大人とか子どもだとかもね。仲間が傷つけられたら優しく包み込むし、争いでしか解決できない事柄なら武器を手に取るし、悲しいことがあれば私だって涙を流す」
「強いんだね、リーダーは」
「そんなことはないよ。弱いと足手まといになるだけなんだよ」
「そっか……」
眼帯をしている女の子の目が潤んだ。あれ、ひょっとして泣いている? 少年が泣かせた?
女の子を泣かせるなんて最低なヤツだ。今すぐ謝ったほうがいい、それで丸く収まるんだから。
すると少年はなんかゴメンと謝った。女の子は君は何も悪くないよと笑顔だ。その笑顔は可愛いような怖いような複雑な感じがした。




