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四人は霧の森を抜け出て、そんなに大きじゃない家がぽつぽつと建っている村へとやって来た。
木は一本も生えていなく、草も花もどこにもない。あるのは砂と土だけ。さっきまでいた森とは真逆だ。どうしてこんな不便そうなところに住んでいるのか。
それは森には化け物がいるからだろう。それしか今のところわからない。他にも理由があるとするならそのうちわかること。
空は曇っていてそれが人の心までもを曇らせてしまいそうだ。そうならないために外の景色を見て気分転換しよう、しかしそうは思わない景色が広がっている。だったらここに住む人はどうやって気分転換しているのだろうか。
外で元気よく走り回る。子どもはそれでよくても、大人やお年寄りはそんなことに体力を使いたくはない。もっと他のことに力を使わなければこの地で生きてはいけない。無駄な労力は命取りになってしまう、考えて行動しなければ責任が降りかかる。その時は誰も助けてはくれない。誰かを助ける余裕なんてないのだから。
家の中でゆっくりと読書や音楽を聴く。読書は感動的な話、ワクワクするような話、奇想天外な話、ためになることが沢山書かれている話、色んな話を楽しめて素敵な時間を過ごせるだろう。音楽は前向きな歌、叫んでいるだけの歌、思わず体が動き出すようなエレクトロ、ピアノが奏でる美しい世界、色んな音楽が楽しめて素敵な時間を過ごせるだろう。しかしずっと家の中というのは窮屈じゃないだろうか。
ここではない何処かの絵を描いてみる。砂と土しかないこの土地はつまらなくて不便で地味だ、だったらこことは全く違う場所の絵を描いて旅行に行ったような気分になろう。空へ届きそうなぐらい高いビルが建ち並ぶ大都市、可愛い西洋の家の周りには色とりどりの花が咲き誇る、硫黄の匂いに慣れるとそこは天国のような場所になる温泉地、いわゆる田舎といわれる場所だけど耳をすませば聞こえてくる風の音や滝の音や鳥のさえずりや子どもの笑い声に癒される。少しでも別世界に行った気分になれたらそれでいい、しかしそれを描くことができる画力が問題なのだ。
もう他には何も思い付かない。何もないここでは何もできやしない。砂遊びなら飽きるほどできる、砂風呂なら毎日のようにできる、泥団子を作って相手に向かって投げる遊びだってできる。砂と土を使った遊びや癒しも有るにはある。
しかしそんなことをしてもここでの生活に変化はない。こんな砂と土しかない場所よりは、緑溢れる森のほうが暮らしやすそうだ。
食べられる花や草、狩れば人間たちの血となり肉となる動物たち、透き通っていて綺麗な飲んでも大丈夫そうな川の水。生きていくためにはここのほうが楽そうだ。
「ここは砂漠?」
少年が目の前に広がる砂の世界を見てそう言った。
「前はここにも緑があったの。でも化け物が現れてから緑はどんどん枯れていき、そして砂と土になった」
眼帯をしている女の子は砂を摘まんでいる。
「化け物が全てを奪った。だから俺達が化け物を全部狩って奪われたものを取り戻すんだ」
大柄な男は鼻息が荒く、手に力が入っている。
「しかし化け物には親玉がいるみたいですね。あんな大きなヤツがいるなんて……」
眼鏡をかけた知的そうな男が腕を組んで何かを考えている。
四人は村を歩いている。出迎えてくれる人はいない。村のために命をかけて頑張って狩りへと行って帰ってきたというのに。それは何だか冷たくはないか、この三人がいるから化け物の数は減っているんじゃないのか。
扉を少し開けてこっちを伺う人はいない、窓越しにこっちを見ている人もいない。扉も窓もしっかり閉められていて、外部との関わりを遮断しているみたいだ。いくら砂と土しかないからって締め切っていたら家の中の空気が悪くなりそう。
三人は誰も出迎えてくれないことにたいして何も思っていないのだろうか。それについては少年が聞くだろう。
「さあ、ここが私達の家よ。あまり広くはないし綺麗でもないけどゆっくりしてね」
眼帯をしている女の子は、鍵を開けて家の中へと入っていった。
三人の家は他の家と同じに見えて、とくに変わったところはなさそうだ。外観は同じだが中に違いがあるのかもしれない。三人はこの村のために戦っているのだから、何か特別な扱いを受けても罰は当たらない。
例えば全室冷暖房完備とか、飲み水は飲み放題とか、身の回りのお世話をしてくれる家政婦さんがいるとか、緑溢れる中庭みたいなものがあるとか、三人の心と体を癒すための施設があるとか。
出迎えが無いのならそれぐらいは有るだろう。少年はドアを開けて家の中へと入っていった。
「靴脱げよ。そのままそこに置いて大丈夫だから」
大柄な男はそう言うとさっさと廊下を歩いていった。
玄関は広くはない。かといって狭いわけでもない。玄関には特別変わったところはない。ここで場所をとると他のところが狭くなってしまうからだろう。
少年は靴を脱いで、靴を収納に直さずにそこに置いて廊下を進む。
初めて来る家だから何処に何があるのかわからない。だから冒険してみたい気持ちがあるが、そんな子供っぽいことはせずに大柄な男が歩いていったほうへと進む。
廊下も広くはない。かといって狭いわけでもない。廊下には何も飾られていなくてシンプルのような地味のような。ここで拘ると他のところでやった拘りが薄れてしまうからだろう。
あるドアの前で少年は立ち止まった。それはなぜかというとドアの向こうから話し声が聞こえてくるからだ。声は二つで、眼帯をしている女の子と大柄な男だ。このドアの向こうがリビングだ。
「喉乾いたからいいかな? 先に入るね。君も早く水分補給したほうがいいよ」
眼鏡をかけた知的そうな男は少年を一人廊下に残して先にドアの向こうへと行った。
しんとしている廊下、楽しそうな話し声が聞こえるドアの向こう、その間に立っている少年。静と動の間からは何が見えるのだろうか。見たくないもの、見てみたいもの、そのようなものも見えてしまうのかな。
対照的なものの間というのは気分次第でどちらにでも行けるような気がする。その時の思いや考え次第で、足をそっと上げて自らの意思で決断するのだ。誰かに決められるわけじゃない、決められた道なんかじゃない。
自分で選んだ道だ。この先何が起ころうとその責任は自分が持たなくてはいけない。だってもう誰かに決められた道ではないから。ほら矢印が僕を導いてくれているよ。順路はこっちだよ、さあその足で前に進みなって。
その足で一歩踏み出した瞬間から始まるこの長い長い道のり。先は見えない、真っ暗で見えないのか眩しくて見えないのか真っ白なものが邪魔をして視界を狭くしているのか。一歩一歩重みを感じながら歩かなければならない。
少年はドアノブに手を伸ばした。そしてドアの向こうへと行った。
「お疲れ様、さあ君も冷たい飲み物でも飲んでくつろいで。お腹が空いたならここにいっぱいあるお菓子を食べるといい」
眼帯をしている女の子は少年へと笑顔を見せる。
「ここが皆の家?」
少年は部屋を見ながらそう言う。リビングは広くはない、かといって狭いわけでもない。特別な扱いを受けるとするならこの部屋だと思ったが、とくにこれといって特別なところは何もない。テーブルにしても、椅子にしても、キッチンにしても冷蔵庫にしても、TVにしても棚に置いてある物にしても。
三人は確かにこの村を守るために戦っている、三人は確かに命をかけて化け物に挑んでいる。それは間違ってはいない、今もこうやって確認したから間違うはずがない。
だったら何故三人は特別な扱いを受けていない? 出迎えもない、良い暮らしをしているわけでもない、皆と同じ扱い。それで満足なのだろうか、それではあんまりじゃないのか。
この三人がそういうことに、特別な扱いを受けるということを嫌っていたとしても、何かしらの施しを受けるべきだ。そうじゃないと割りに合わない。
別にそれを貰うのが目的ではないにしても、それを受けるために銃を構えているわけでもないにしても。化け物に挑むということな最悪の場合命を落とすこともあるのだから。そんな仕事誰もやりたがらない、誰もができるこもじゃないのに。
もし三人にはそういう気持ちが初めから無いとしたら、それがそもそもいらないのなら、何故三人はわざわざこんなことをやっている?
「どうしたんだ、部屋の中をじっくりと見て。何か変わったものがあるのか?」
大柄な男がお菓子をつまみながら聞いてくる。
「村を守る戦士の部屋はどんなものかなって」
少年も三人のことが気になっているのだろうか。そりゃ気になる、この夢を見ている人が誰なのかまだわからないのだから。
これまでの夢は誰なのかわかりやすかった。しかし今回はわかりにくくて厄介だ。ここで誰がこの夢を見ているのですかと聞いてみるのは何だか違う、夢の中にもちゃんとした物語があってひょっとしたらそれを歪めてしまうかもしれない。
歪んでしまうというかより厄介になる。本来なかった物語が突然始まり、この夢から悪いヤツラを消し去るという目的を達成できなくなるかもしれない。
だから気を付けなければならない。三人にとっては少年は謎の存在だ。今のところ怪しい人物として見ていないが、少年の言葉や行動次第では見る目が変わる。
見る目が変わると少年の立場が悪くなってしまう。そうなったら誰がこの夢を見ているのか捜査しにくくなる。とても怪しい人物だと思われて、縄で縛られ地下室にでも入れられたりしたらもう動くことはできない。
しかしこの家には地下室なんてあるのか。何処の家にも地下室があるとは限らない。
「どうしたんです? ぼーっとして。今ごろ化け物のことが怖くなったんですかね」
眼鏡をかけた知的そうな男はクスッと笑いながら、そっと飲み物が入ったマグカップを置いた。
飲み物は透明だった。これは水だろうか。いやでも何だか光っている。反射して光っているわけではない。
「この飲み物は水?」
いったいこれは何なのか、それがわからないと飲むことなんてできない。
「これはミーズですよ。水と名前は似てますが全然違います。この辺りでは老若男女問わず誰からも愛されている飲み物です」
「ジュースってこと?」
「アルコールは入っていませんね。老若男女誰でも飲めますから」
「私も飲んでるから安心して飲みなよ、毒なんて入ってないから」
「そんなことするかよ、お前は大事な戦力なんだからな」
どうやら毒は入っていないようだ。皆飲んでいる、それぞれが飲んでいるマグカップを確認すると光っていたから。
「それじゃあ飲もうかな。いただきます」
少年はミーズという謎の飲み物を飲んだ。ためらっていたわりにはごくごく飲んでいる。
イッキ飲みしてマグカップは空になった。すると少年はおかわりとニコッとしながら言った。




