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悪い夢の時間  作者: ネガティブ
霧に潜む化け物
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 三人は振り向いた。するとそこには化け物が倒れていた。

 少年は女の子から奪った猟銃を的確に狙い定めて引き金を引いて、見事ターゲットの頭をぶち抜いて仕留めたのだ。化け物の頭からは血が流れている。

 狩るか狩られるか。化け物がハンターとなるのか、人間がハンターとなるのか。化け物がターゲットになるのか、人間がターゲットとなるのか。その状況はいつだって変化する。だからそうならないために相手より優勢を保たなければならない。

「君……猟銃使えるの?」

 女の子が辺りを警戒しながらそう訊ねる。

「うん、先を急ごうよ。ここにいちゃ駄目だよね」

 何事もなかったかのようにそう言った。三人にその姿はどう見えているのやら。

 何故少年はそんなことを言ったのか。それは血のにおいを頼りに他の化け物がここへとやって来る可能性があるからだ。そうなったら対処できないかもしれない。

 今回は化け物が一体だったから対処できた。しかしこれが何体もいると同じことをして通用するのかなんてわからない。もしそうなってしまったら、その時はどうにか切り抜けられる方法を考えなければならない。

 そんなに考えている時間はないだろう。考えている間に化け物はやって来る。だから考えるとしてもなるべく早く、そして瞬時に行動へと移さないといけない。そうしなければ命が危ない。

 狩るか狩られるか、その二つしかないのだ。それはつまり生きるか死ぬかということだ。

「お前にこれを渡す。化け物を見つけたら迷わず撃て」

 大柄な男が予備の猟銃を少年に渡した。

「わかった。でもたくさんきたらどうするの」

「その場合は数による。倒せる数なら撃つし、そうじゃなければ隠れるか逃げるか」

 眼鏡をかけた知的そうな男はそう言った。

「わかった。それでこの三人のなかでリーダーは誰なの?」

 大柄な男、眼鏡をかけた知的そうな男、眼帯をしている女の子のスリーマンセル。三人と少ないがそれでもチームなのだからリーダーがいるはずだ。

 チームというのはそれぞれに役割がある。先陣をきって先に進んだり、相手のありとあらゆる情報を事前に調べあげたり、怪我をした仲間に手当てをしたり、その役割は様々だ。

 それぞれがそれぞれの役目を果たしてチームに貢献する。誰一人として欠けてはいけない、もし誰かが欠ければその空いた席を別の誰かが埋めるか今いる人数でカバーしなければならない。

 チームは信頼が大切だ。仲間のことを気づかうこと、信じられること、命を預けられること。自分を守るのは自分にしかできないことだが、チームの一員ならそれだけではない。自分を守り、そして仲間も守る。

 だからそのチームを束ねるリーダーというのはとても重要なものなのだ。

「リーダーは私よ」

 眼帯をしている女の子がそう言った。

 まさか女の子がリーダーだとは思っていなかった少年は、目をパチパチさせた。そうなるのもわかる、大柄な男か眼鏡をかけた知的そうな男かのどちらかがリーダーだと普通は思うから。

「君がリーダー?」

「そうよ」

「いかにも強そうなこの人でも、とても頭がきれそうなこの人でもなくて?」

「そうよ」

「僕と同じなんだね」

「同じ?」

「さあ先に進もう。リーダー、指示をお願いします」

「……そうね、いつまでも、ここにいるのは危険だから。それにまた霧が濃くなってきた」

 女の子の言う通り、真っ白なものが視界を狭くして行く手を阻む。

 これじゃあどこに化け物がいるのかわからない。急に現れてもおかしくない。だからいつ現れてもいいような心構えが必要だ。

 かあかあというカラスの鳴き声が不気味に聞こえてくる。とても静かで、四人の足音がとても目立つ。足音をたてないように歩いているつもりでも。

 たまに聞こえてくる化け物の声はお腹を空かしているのか、今すぐ鋭い爪で何かを引き裂きたいのか。真っ白な世界は恐怖を与える。

 大柄な男が先頭を歩き、その後ろに少年、眼鏡をかけた知的そうな男、そして一番後ろに眼帯をしている女の子が一列になって歩いている。

 少年は大柄な男の背中が大きくて前がよく見えないでいる。だからこの順番は間違っているような気がするがどうなのだろう。

「こう真っ白だと頭の中も真っ白になりそうだ」

 先頭を歩く大柄な男は弱音をはいた。

「もうすでに僕達は化け物に囲まれていたりして」

 その後ろを歩く少年は、言わなくていい冗談を言う。

「化け物は子どもを狙う。だから二人は気を付けた方がいいよ」

 少年と眼帯をしている女の子にはさまれている眼鏡をかけた知的そうな男がそう言った。

「不安になるのはわかるかどね、二人とも大の大人なんだからちゃんとしてよ」

 一番後ろを歩くリーダーはため息をついた。

 二人の男がちゃんとしていないから、女の子がリーダーになっているのだろうか。

「皆さん静かにして下さい。何か臭いませんか?」

 眼鏡をかけた知的そうな男がそう言って、他の三人は辺りを警戒しながら鼻を嗅ぐ。

 何かが臭ったのか、三人は顔がひきつった。この臭いは嗅ぎたくないのか三人は鼻を手でつまんだ。しかし眼鏡をかけた知的そうな男は平気な顔をしている。

「皆さん苦しそうですね。僕は平気です、臭いほど嗅ぎたくなってきますから」

 どうやら臭いフェチだったようだ。

 臭いに強い眼鏡を先頭に、この強烈な臭いのもとを辿る。真っ白な世界を慎重に進む。狭い視界の中、突然現れる木を避けながら。

 わざわざこちらから向かわなくてもいい。こっちの居場所を悟られないように、この場所から離れることが一番だ。しかしそうしなかったのは、臭いフェチの眼鏡の好奇心からだろうか。

 こんなにも強い臭いをする化け物は滅多にお目にかかれない、だから一目でいいから見ておきたい。それは臭いフェチラーなら誰しもが思うことだ。

 しかしそれだけの理由でチームを危険に曝してもいいのだろうか。一人の好奇心がチームを崩壊させるかもしれない。そうなったらもう、チームというものは無くなってしまう。

 だったら誰かがその好奇心を止めればいい。だけど誰も止めようとはしない。大柄な男も、眼帯をしている女の子も、少年すらも。皆危険に曝されても良いというのだろうか。

 それならもう止めない。何があってもそれはこのチームの責任になるのだから。今こうやって臭いを辿り、狭い視界の世界を進んでいるが、あとで後悔しても遅い。

 あの時真っ直ぐ進んでおけばよかった、あの時寄り道なんかするんじゃなかった、あの時臭いフェチの眼鏡を力付くでも止めておけばよかった、あの時に戻りたい戻れるものなら戻りたい。しかしあの時には戻れない、やって来るのは想像したくないその時だけ。

 先頭を歩く眼鏡をかけた知的そうな男が足を止めた。そして横に手を伸ばして皆を止める。臭いの出所である化け物はすぐ近くにいるようだ。

 その姿は真っ白なものが邪魔をして見えない。だがすぐ近くに化け物はいる。唸り声が聞こえているから。

 ソレは人間に恐怖を与える。ソレを聞いた途端に、自分は化け物に喰われる餌なのだと思い込んでしまう。それぐらいにソレは恐ろしい。足が竦み、上手く息が吸えなくなり、見つからないように息を殺してその場をやり過ごすしかない。

 四人も今そんな状況にいる。だからさっき言ったのだ、こうなることが予想できたから。四人は今あの時に戻りたいと思っているだろう。しかしあの時にはもう戻ることなんてできない。

 真っ白なものが少しずつ晴れていく。見えてくるのは化け物の姿。あっちからはこっちは見えていないだろうか、四人は猟銃を握りしめるが震えている。そんな状態では化け物を仕留めることなんてできない。

 真っ白なものが少しずつ晴れていく。見えてくるのは化け物の姿。さっき見た化け物より大きい気がする。気のせいだろうか、気のせいだといいなと皆思っているだろう。

 唸り声がまた聞こえてくる。恐怖が押し寄せる、恐怖で息をするのがしんどくなる。物音を少しでもたてたら気づかれる、そうなったら一瞬でこの命は終わる。

 人間は案外丈夫にできていると誰かが言っていた。マンションの屋上から落ちても、勢いよく走ってくる車にぶつかっても、至近距離で撃たれたとしても。それでも心臓は止まることなく動き続けていたと。

 だから大丈夫だ。例え想像したくないその時がやって来たとしても、人間は案外丈夫にできているから。だからきっと助かる、無事に帰ってこられる。

 そう思ったほうが少しでも気分が楽になれる。落ち着け、ゆっくりと息を吸って落ち着け、慌てるのが一番ダメなんだから。

 真っ白なものが少しずつ晴れていく。見えてくるのは化け物の姿。大きな体に大きな足、何でも掴めてしまいそうな手に何でも引き裂けそうな鋭い爪、ひと噛みで粉々にしてしまいそうな尖った牙、目を合わすと恐怖を与える赤い目。

 さっきの化け物とは格が違う。さっきみたいに猟銃で仕留める気にはなれない。それよりも恐怖が勝る。戦意を喪失させて、戦うことをやめさせる。

 同じ土俵にはいない。化け物はハンターで、人間はただの餌となる。

 化け物は涎を垂らしている。鼻を嗅いで、何かを捜している。四人のにおいを嗅いでいるのだろうか、化け物の腹の足しとなる餌を捜しているのだろうか。

 眼鏡をかけた知的そうな男は青い顔になっている。この危険な状態は自分が招いた種だ。それをチームにまで巻き込んでしまった。

 謝っても遅い。あの時顔を出した好奇心が憎く思えてくる。しかしそんなことを考えていても無意味だ。今はこの状況をどう打開するのかがカギとなる。

 どうすれば打開できる? こっちは四人だ、対してあったは一体。数ではこっちが優位だ。じゃあ勝てるか、この勝負は勝てるか。

 赤い目が怪しく光る。……いや、まともに勝負をしてもそう簡単に勝てる相手ではない。そんな相手なら苦労はしない。

 じゃあどうすればいい。仲間を傷付けたくはない、だからチームプレーはしたくない。一人よりも二人、二人よりも三人四人のほうが化け物を仕留める確率は格段に上がる。しかし仲間を動かせばそこには危険も伴うことになる。それはやめたい、だから仲間は頼れない。

 一人で挑むしかない。こうなったのは好奇心のせいだから。もうこの命は無いものだと思わなくちゃいけない。心の準備をゆっくりしたいけど、今までのことをゆっくり思い返したいけど、そんな時間は残念ながらない。ゆっくりしている間に見付かってしまうかもしれないから。

 震えるこの足を無理矢理動かして、震えるこの手は落ち着いて猟銃を掴んで、勇気を出して飛び出そう。そして仲間を助けるんだ。この命を犠牲にして助けるんだ。

 これしか仲間を助けられない。この方法しか思い付かない。戦力は減るだろうけど全滅するよりはましだ。チームはまだ終わっていない、チームがある限り化け物に挑み続けることができる。

 さあ、駆け出そう。そして化け物に向けて撃ってやろう。当たらなくてもいい、化け物がこっちに注目さえしてくれればそれでいい。そして全速力で走る。少しでも遠くへと、仲間から化け物を遠ざけるために。

「こっちだ! 化け物!」

 僕は叫んだ。そして撃った。当たったかどうかなんて関係ない。当たったほうがいいけど。

「こっちへ来い! お前と勝負してやる!」

 僕は走る。怖いけれどどうせそのうち終わる命だ。仲間さえ助かればそれでいい、それだけでいい。

 僕は仲間が隠れている木の辺りを見る。すると仲間が僕を追いかけてきている。何をしているんだ、何故こっちに走ってきているんだ。

 これじゃあ仲間を助けられないじゃないか。僕も仲間も化け物に食われてしまう。誰も助からない、全滅してしまう。

「早く逃げろ! 化け物は僕が引き付けるから!」

「ちょっと待て、落ち着け」

「犠牲になるのは僕一人でいい!」

「何言ってるのよ! バカなこと言わないでよ」

「馬鹿はそっちだろ! 何で追いかけてくるんだよ!」

「あのさ、帰らないの? もう化け物はいないよ」

 少年のその一言で眼鏡をかけた知的そうな男は走るのをやめた。

 肩で息をしながら、周囲を見回す。少年の言う通り化け物の姿はどこにもいない。真っ白なものは綺麗に晴れており、向こうのほうまで綺麗に見える。

 大柄な男はやれやれと言った、眼帯をしている女の子は世話が焼けるヤツだと言った。

 あの大きな化け物は幻覚だったのだろうか。喰われるという恐怖が有りもしない化け物を生み出したのだろうか。

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