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悪い夢の時間  作者: ネガティブ
星夜に走る夜汽車
49/72

よん

 テーブルにそっと置かれたお皿の上には、食べ始めには最適な量の前菜が可愛くお洒落に乗っていた。にんじんだったり、サーモンだったり、キャビアだったり、トマトだったり、アボカドだったりが上品な格好をしている。

 この一つ一つにはちゃんとした料理名が付けられているんだろうけど、ナイフとフォークにあまり慣れていないから緊張してそれどころじゃない。ナイフは右だっけ左だっけ、フォークは右だっけ左だっけ、そんな初歩的なこともわからない。

 しかしそれは依頼主の手元を見て真似をすればいいのだ。依頼主は右手にナイフ、左手にフォークを持っていた。僕は急いで真似た。

 食事をしているから会話がない。だからしんとしていてナイフとフォークがお皿に当たる音しか聞こえない、そんな雰囲気になるのだろうと思っていたら素敵な音楽が鳴っていた。

 この音楽はロックでも演歌でもアニメソングでもクラシックでもない。ピアノやサックスなどの生楽器を使用し、スイングと呼ばれる跳ねたリズムで演奏されるジャズというものだ。

 今流れているこの曲は歌はなくて音楽だけ、それでも心を揺さぶる何かはあるし体を動かしたくなる。しかし今は食事中、可愛くお洒落に着飾っている料理たちを楽しもう。

「美味しいかな?」

 依頼主がナイフとフォークをお皿に置いてきいてきた。

「ええ、高そうな味がします」

 こういう料理はあまり食べたことがない。だから緊張するし、高そうだと思うし、食事を楽しめないかもしれない。慣れていないからそうなるのかなら、慣れていたら余裕ができるのかな。

 依頼主はこういう料理を食べ慣れていそうだ。依頼主というより大人は皆こういうものをよく食べているのかな。大人にはお金がある、だから子どもである僕には高くて手が届かないものも簡単に届いたりするから。

 そうだとしたらこんなことでいちいち緊張している僕は馬鹿にされるのかな。子どもだからしょうがないよと言いたい、何でもかんでも子どもだからと言うのはカッコ悪いけど。

「ふふふ、君はまだまだ子どもだね」

「僕はこどもです」

「しかし子どもというのは何なのだろう? 未成年だから子ども、幼いから子ども、親に守られているから子ども、それが子どもなのか」

「そうだと思いますけど」

「子どもでもお腹に新しい命が生まれる場合だってある、子どもでも働かなくてはいけない場合だってある、子どもでも銃を手に取り誰かの命を奪っている、子どもでも声を張り上げて叫ぶことでこの歪んだ不平等な世界にたいして訴え続けることはできる」

「子どもにも出来ることはある?」

「その通りだ、大人だから出来るといったい誰が言った? 子どもだから出来ないといったい誰が言った? 出来不出来なんて考えるから何もしない、行動に移さない、口だけ番長なのだよ」

「そうは言いますけどこの世界は思っている以上に広いですよ」

「だからちっぽけな自分は何もできないとでも言うのか。ちっぽけな自分は広い広いこの世界では生きていけない、だからちっぽけな世界で細々と暮らしていくと言うのか」

「チャレンジすることは立派なことですよ、でも失敗をした時に出来る傷は深いですよ」

「君は失敗を恐れているのか? だからそわな弱気な発言をしたのか。君はそんな弱い人間だったのか、強い人間だと噂で聞いていたが」

「噂っていうのはどこかで変わりますからね。良いように話を盛られたり、悪いようにすり変わったり」

 世間が驚くようなニュース、衝撃的なニュース、騒がせるニュース、気になってしまうニュース、そこには噂というものが飛び交う。真実も嘘も一緒になって飛び交う、そしてあることないこと書かれる言われる写される。何でもありなのだ、面白ければそれでいいのだ、だって自分には全く関係がないことだから。

 そのニュースを盛り上げている登場人物達のことなんて何も考えたことがない。考えるのは次はどんな発言をするのだろう、次はどんな面白いことをしてくれるのかな、早く出てこいよ隠れるなよ住所はわかってるんだよ特定してやったからな。

 面白ければそれだけ登場人物も増える、そうなるとまた噂は飛び交う。止められない、逃げられない、泣いても叫んでも無数の目に見張られているのだから。新キャラは僕らを楽しませてくれるかな、この新キャラ今までで一番面白そうだな、もっと新しい人出ないかなそうなるともっと面白くなるのに。

 散々面白がってもまた別のニュースができたらそっちに目が動く。そうして誰からも興味がなくなっていく。だからビクビクしなくてもいい、隠れなくてもいい、こそこそしなくてもいい、無数の目はもう見張っていないのだから。

 そう思いながらホッとして玄関のドアを開ける。するとそこにはナイフを持った男が立っている。もう終わったはずなのに、どうしてまだ私をいじめるの、どうしてどうして……ワケがわからなくなる、しかしナイフを持った男は待ってはくれない。

 お前は悪魔だ、人間の姿をした悪魔でしかない! だから生かしてはおけない。俺と同じ空気を吸うな、この空気は人間のためのものだ、悪魔のためじゃない。お前はお前が居るべき場所に落ちろ!

 ナイフは悪魔の腹を抉った。それはまるで勇者が町を襲う悪魔を倒しているみたいだった。悪魔は耳が痛くなるぐらいの叫び声を出した。仲間に助けを呼んでいるのだろう、しかしここは人間界だ悪魔を助けに来るヤツなど誰一人としていない。

 悪魔は血を流しながらその場に崩れ落ちた。ピクピクと体を小刻みに動かしているがじきに動かなくなるだろう。勇者はマスターソードをしまい歩いていく。

 悪魔が動かなくなると次々と人がやってきた。悪魔へと長方形のものを向けている。パシャパシャと音が鳴った、人は笑っているとても楽しそうだ。

「全部食べたようだな、もう一度聞こう美味しかったか?」

「……はい、美味しいです」

「遠慮はいらないぞ、ハッキリと言ってほしい。人にはそれぞれ好みがあるからな、上手いものもあれば不味いものだってある」

「子どもの僕にはまだ早かったかもしれませんね、大人の味です」

「ふふふ、そうきたか。こどもだからこそその台詞は言える」

「子どもの特権ってやつです」

「まあ何だっていい、食べてくれたらそれでいい、僕は君と食事をしたいだけだから」

 そう言ったあと、さっき悩みに悩んで注文した飲み物へと手を伸ばす依頼主。

 飲み物はグラスに入っていて、そこには冷たくて透明な氷と細長くて白色のストローもあった。飲み物は何だか凄い色をしている。赤というか青というか、黒というか茶色というか、僕はこの飲み物を初めて見た。

 見た目は美味しそうには見えない。不味そうにしか思えなくて、飲みたいとも思わない。わざわざこの飲み物を注文しようとも思わない、僕ならもっと美味しそうなものや飲んだことがあるものにする。だから何故この飲み物を選んだのか謎だ。

 ひょっとして美味しいのかな? 見た目は悪いけど味は良かったりするのかな? それなら僕も飲みたいけどお腹を壊したりしないかな? 気になっているなら飲んだほうがいいかな?

 依頼主はストローをくわえて吸い込む。飲み物は口へと運ばれていく。赤というか青というか黒というか茶色というこの飲み物が体の中へと入っていく。色がこんな色だから体に害がないのか気になる。

「どうした、僕の顔に何か付いているかな?」

「えっいや、何でもないですよ」

「僕のほうをじっと見ていたのに何もないのか」

「ぼーっとしていただけです」

「そうなのか」

 するとまたどんな味なのか想像できない飲み物を飲み始めた。グラスからどんどん減っているが、不味そうにしか見えないというのは変わらない。これがもっと美味しそうな色をしていたら、飲みたくなるような綺麗な色だったら、その時は迷わず飲んでいるだろう。

 色というのはとても重要で、目に見えるもの全てには色が付いている。朝起きて目を開けて朝陽を浴びるためにカーテンを開ける、すると眩しい光とともに様々な色が目に飛び込んでくる。透き通るような青い空、綿菓子みたいにふわふわしていて柔らかそうな白い雲、そこら辺の道や手入れをされたものや公園に沢山ある色とりどりの綺麗な花。この世界はとても色鮮やかだ、あちこちに色があるのだ。

 色彩心理というのはとても身近にある。赤色は目立ちたがり、暖色効果がある、購買色。青色は気持ちを落ち着かせる、集中力を高める、涼しさを感じる。黄色は楽しい気分にる、金運アップ、危険を知らせる。緑色は心を癒す、リフレッシュ効果、信頼感。紫色は感性を高めてくれる、高貴、睡眠効果がある。ピンク色は可愛い、女性の色というイメージ、愛情を求めたくなる。オレンジ色はポジティブ、食欲を増進させる、緊張を和らげる。他にも色は沢山ある、明るいから色暗い色まで色々。

「そうか、わかったぞ」

「何がわかったんですか?」

「やはり君は見ていた」

「何も見ていませんよ、さっきそう言ったよ」

「いやそれはおかしい、さっきも今もそうやってこっちを見ているじゃないか」

「依頼主と僕は対面して座っているからそりゃ見ますよ」

「ふふふ、君は面白いねえ。めんどくさいとも言うのかもしれないが、僕のことをまだ怖がっているとも言える。遠慮はいらない、言いたいことを言えばいい。僕は怒らない、そんな短気ではない」

 短気だろ、絶対短気だろ、そんなことわざわざ言い放って嫌がらせなのか。でもせっかくそう言ってくれているんだ、お言葉に甘えないと。

「……じゃあ言いますけど」

 気になることを聞く瞬間てのはとてもドキドキする。もうすぐ気になっていることがわかる、謎が解ける、モヤモヤが消え去る、そう思うと楽しいし嬉しい。

「なんだ? ハッキリと言いなさい知りたいことを」

「その飲み物はいったい何なのですか? とても独特な色をしていますが、美味しそうには見えないですが」

「なんだそんなことか」

「えっ?」

「なんだそんなことかと言ったんだ」

「それは聞こえました。そういうことじゃなくって」

 結構あれこれ考えていたのにそれが馬鹿みたいじゃないか、そんな素っ気ない反応をされたら。

「この飲み物は○△□♂♀¥$#&☆♪!?という」

「……今なんて?」

「○△□♂♀¥$#&☆♪!?」

「ん? 何を言ってるのかわからない」

「○△□♂♀¥$#&☆♪!?だ、○△□♂♀¥$#&☆♪!?と言ったんだ」

「すみません、僕にはそれは口に出せません。喋れないです」

「そうだろうな、話すことができないものは存在しているからな」

「この飲み物の名前がまさにそれですね」

「そういうことだ。この飲み物は○△□♂♀¥$#&☆♪!?だがこれは君には話すことができない。それは何故か、君が話せないからただそれだけの理由だ」

「なんだそれ」

「この世界は不思議なことだらけだ、こんなにも科学は発達しているのに未だに解明できない不思議はあまた存在する」

「UFOとかネッシーとかツチノコとか」

「それが全てわかってしまうと楽しいのだろうか、全部分かれば良いというわけではない。わからないものにたいしてああでもない、こうでもないと話し合うのが楽しいんじゃないか」

「そういうもんですか」

「いくら話しても答えは出ないだろう。しかし楽しいんじゃないか、だから無意味な時間をただ過ごしたわけではない。意味があるんだよ楽しかったのだから」

「ふーん」

 じゃあ楽しくなければ無意味な時間なのかとは聞けない。何だかめんどいことになりそうだから。だから横に流して次に流れてきたものを受け止める。

 ドアが開いてお姉さんが歩いてきた。手にはまた新たなお皿を持っている。そこにはまた新たな料理が乗っている。

 食事はまだ始まったばかり、でもお話をしていると案外時間が過ぎるのが早く感じるかもしれない。そうなってほしい、これは願望だったりする。

 そしてヤツらをさっさと倒したい、これもまた願望だったりする。

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