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黒猫のプリンツを見る少年の表情は幸せいっぱいだ。
動物なら大きなあの家に沢山いるだろうに。あの動物達も可愛いはずだが。
自分に注がれる熱い視線もなんのその、プリンツはさっさと一人で、いや一匹で歩いていく。
少年はハッとして、後をついていく。
プリンツの尻尾が揺れている。
「何でついて来るニャ?」
プリンツは振り向かずに歩いたまま聞く。
「用があるからだよ」
少年のその一言にプリンツは振り向いた。
「何の用ニャ? 僕は暇じゃないニャ、とてもとても忙しくて猫の手も借りたいぐらいなのニャ。だから一分一秒も無駄にはできないのニャ」
「僕は悪い夢を綺麗にするのが仕事なんだ」
「君は見たところまだ子どもニャ、子どもは勉強をするのが仕事だからそのような仕事はないのニャ。嘘はいけないニャ、嘘をつくと恐ろしいことが待っているニャ」
「嘘ではないよ。僕に与えられた仕事なんだ」
「針を千本も飲むのは結構キツそうニャ、君はそれを覚悟してそんな嘘を言っているのニャ? 僕にはその気持ちなんてわからないのニャ、負けるとわかって挑みに行くようなものニャ」
プリンツは自分の足を舐めている。
「勝ち負けで勝負がつくとは限らないけどね。そんなことよりここは何処なの? あの水凄いうるさいし」
「まあいいニャ、ちょうど休憩中だから少しお話聞いてやるニャ」
そう言うとプリンツはタイミングよくそこにあったベンチへとジャンプした。
ここに座れと言っているみたいに前足で誰も座っていない場所をつんつんしている。
「可愛いねプリンツ」
思わず出てしまった言葉。
「ありがとうニャ! 僕は可愛い、そんなことはわかっているニャ」
喜んでいる黒猫。
「褒めても何も出ないニャ、笑顔になるだけニャ。まだ君に警戒心は解けていないのニャ」
「こんな素敵な笑顔をする人に警戒しなくてもいいよ」
「僕はSPみたいなものニャ、だから誰に対しても警戒しないといけないニャ」
「SP? プリンツはセキュリティポリスなの?」
「そうニャ、僕はお姫様を守るえすぴーなのニャ!」
「ここにはお姫様がいるの?」
「……しまった! 自ら情報漏えいしてしまったニャ。危機管理がなってないニャ、これは反省しないといけニャい。反省室行きかニャー、あそこは嫌いニャー」
プリンツは勝手に何かに悩んでいる。
これは何か事情がありそうだ。それにお姫様も気になる。
「ねえ最近何か変わったことは無い?」
少年は自然に情報を聞き出そうとした。
「もうお話は終わりニャ」
しかし勝手にお話は終わった。強制的に終わったといっていいだろう。
情報漏えいしたから話は終わったのかもしれない。
「え、まだ話したいことがあるんだけど」
「それは君の都合ニャ。君にも都合があるように僕にだって都合はあるのニャ!」
「いやでもまだ何も話していないよ」
「そんなことは関係ないニャ、とにかくお話は終わりニャ」
そう言ってプリンツはベンチから下りた。
「じゃあさ、せめてここがどこなのかぐらい教えてよ」
今はこれぐらいが限界だろうと判断したのだろう。ここで質問攻めしても逆効果にしかならない。
「ここは水が流れる塔ニャ。あそこに水が流れているのが見えるニャ? 水というよりは滝と言ったほうがしっくりくるかニャ」
「ありがとうプリンツ、僕はここらへんにいるから良かったらまたお話ししようね」
「警戒心が解けたら考えてやるニャ」
そう言い残してプリンツは歩いて行った。可愛い尻尾を振りながら。
一人になった少年はベンチに座って腕を組んで何やら考えている。
ここが水が流れる塔だとはわかったけれど、それがわかったところで何も変わらないという事。
プリンツが言っていたお姫様はこの塔のどこかにいるのだろう。黒猫の彼はSPだ、お姫様を守っているのだ。
しかし何故猫がSPなんだろう。
猫だと何かあった時に困るのではないのか。突然ナイフを持った男に襲われたらどうする、普通なら要人警護を行うための最前の策をとるだろう。
これが猫ならどうなる。ナイフを持った男が襲ってきたらSPである猫が出てくる、そしてナイフを持った男は可愛い猫を見てデレデレになって本来の目的を忘れてしまう。
……凄い、猫のSP凄い! 無敵じゃないか。
凄いという事はわかったがどうすることもできない少年はその場に横になった。
暖かい光、眠気を誘うちょうどいい温度、マイナスイオンがいっぱいありそうなこの場所。ここが夢ではなかったらなんていい場所なのだろうか。
横になった少年は勿論そのまま眠るなんてことはない。夢の中で眠るなんて考えられない。
そんなことをしたらヤツラにどうぞ倒してくださいと言っているようなものだ。
視点を変えてみると何かを見つけることができる時はある。だから少年は横になっているのだ。
ごーごー、音が聞こえてくる。
この塔の中にいる限りこの音が聞こえなくなることはないだろう。それぐらい大きな音だ。
宙を小鳥が飛んでいる。赤と青と黄色、まるで信号機の光みたいな三羽はそこの木の枝にとまった。
三羽で何かお話している。
ピヨピヨ、ピヨーピヨ、ピピッピヨピヨ。
何を話しているのかわからない。大きな家にいる鳥たちは何を話しているのかわかるがここではそう上手くいかない。
あの三羽はオスだろうかメスだろうか、どれがオスでどれがメスだろうか。
ちょっとアナタこの女誰? さあこの鳥は知らないよ、何それ私を裏切る気なの?
と修羅場の雰囲気はない。もっとこう明るい感じ、ほのぼのするような感じ。
あっちに美味しそうな食べ物あったよ、マジで! 今すぐ行こうよ、全部私達で食べようよ。
と女子三人組だろうか。そんな感じもするような、いややっぱりしないような。
そんなどうでもいい想像を巡らせているうちに三羽は飛んで行った。
なんだか急に空しくなった。
そして気づいた。こんな事をしている場合ではないということに。
夢には時間がある。それは眠ってから起きるまでの限られた時間。
少年はベンチにさようならを言うと走り出した。
プリンツを見つけてもっと色々聞かなければいけない。そうしないと外の世界で目が覚めてしまう。
少年は走った。花や木や草に目もくれずに黒猫の姿を捜す。
まだそんなに遠くには行っていないはずだ。
その時向こうのほうで鳴き声が聞こえた。この声はプリンツだろうか。
少年は声が聞こえるほうへと走った。
するとそこにはプリンツがいた。プリンツは草の絨毯の上に倒れていた。
「プリンツ!」
少年は駆け寄る。様子を見るとプリンツは無事だった。しかし息が荒く、怪我もしている。
何があったのだ、少年はプリンツが怪我をしている辺りに左手を広げた。すると光が出てきた。
『フフフ、王子様登場トイッタトコロカ?』
不気味な笑い声、気持ち悪いこの声、この声はよく知っている。
「お前の仕業か? プリンツにこんなことをしたのは」
少年は睨んでいる、黒々とした負のオーラで出来上がった物に。
『ソイツガ刃向ウノガ悪イ。コノ夢ヲ滅茶苦茶ニスル邪魔ヲシタ』
やつは少しずつ何かへと形を変えている。
「お前がこの夢を悪に染めるのが悪い」
光が眩しいのかプリンツは目を開けた。
「……お前許さないニャ! お姫様をどうするつもりニャ!」
プリンツは叫んだ。
「おい傷が痛むぞ、今は何も喋るな」
「君が僕を助けたニャ? ありがとうニャ、恩に着るニャ」
その笑顔は辛そうだった。回復途中だからだろう。
『話シハ終ワッタカ? 時間ハタップリ有ル、俺ハ少シズツ傷ツケルノガ好ミナンダ。ダカラ壊レテシマウマデニ助ケニ来イヨ、王子様』
やつは形を変えていた。その姿は人の形をしていた、髪の毛があって目も耳もあって、手も足もあって。高そうなスーツも着ていて、手には花束がある。
人の姿をしているがヤツはヤツだ。この夢を悪にすることしか考えていない。
「……お前は!!!!」
するとプリンツは目を大きく見開いて叫んだ。
知っているのだろうか、あのヤツが化けた人物を。
『サア俺様ガ勝ツカ王子様ガ勝ツカ、勝負ニハ勝ツカ負ケルシカ無インダヨ』
そう言うと宙へと浮いて、笑い声と共に上へ上へと昇って行った。
少年は宙を見上げた、笑い声は聞こえるがその姿はもう見ることができなかった。
そしてまた水の音だけが聞こえるだけになった。
ごーごー、勢いよく上から下へと流れている。




