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悪い夢の時間  作者: ネガティブ
水が流れる塔
23/72

いち

 大きな大きな家の屋根に雨が当たる。

 それはリズムよく当たっているからまるで音楽を演奏しているかのようだ。とんとん、ぱちぱち、途切れることがなく鳴り響く。

 空は暗く、地上へと雨を降らしている。

 この雨は恵みの雨なのだろうか。それとも自然災害を巻き起こしてしまう雨になってしまうのか。

 町まで続く舗装された長い道に傘をさした三人が歩いている。

 黒い傘をさしているのは少年で、雨に濡れないようにしっかりと傘で自分を守っている。

 赤い傘をさしているのはユミちゃんで、雨の様子を見ようと見上げたところ雨が目に入った。

 青い傘をさしているのはシュウ君で、雷が鳴って怖くなって傘を投げて走って行った。

 キャーと言いながら大きな家へと走っていく。

 道へと転がった青い傘は雨にただ撃たれている。なんだかカワイソウだ。

 傘というのは誰かを雨から守るのがお仕事である。しかしそのお仕事ができないのなら傘である必要がないように思える。

 私はもう傘をやめる。やめてやる。そんな声が聞こえてきそうだ。

 やめたければ勝手にどうぞ、僕は止めたりはしないから。出ていく者も来るものも拒まないから。

 そんなちょっとしたストーリーができそうだと思いたい。

 少年は道へと転がっている青い傘を拾った。傘は少し汚れていた。

 その時ゴロゴロとどこかで雷が鳴った。

「きゃー!」

 雷にびっくりして思わず傘を投げ飛ばしたユミちゃんは少年へと抱きついた。

 今度は赤い傘が道へと転がり、ただ雨に撃たれている。

 少年は自分に抱き着いているユミちゃんの頭を優しく撫でて、大丈夫だよ声をかける。

 しかしユミちゃんは離れてくれなくて、少年はその場から動くことができない。

 空から降ってくる雨はその勢力を増しているような気がする。

 こんなに雨が降っていたら川の近くにいたら危ないだろう、海の近くも危ないだろう。だからもし今まさに川や海の近くにいる人は早く逃げたほうが良い。

 川や海が暴れたら誰にも止められないから。

 狂暴なんだよあいつらは、何もかもを飲み込んでいくんだ。だからそんな中に巻き込まれたら助かるかどうかはわからない。

 道の先にある大きな家に一足先に向かったシュウ君の姿は雨で見えない。

 ちゃんと着いただろうか、少年は心配になってきた。

「早くお家に戻ろうか。少し寒いし、雷怖いし」

「うん」

 少年はユミちゃんと手を繋いで少しでも怖いものを追い払う。

 怖いの怖いのあっちに飛んで行け! えっ、それは痛いの痛いの? そんなのどうでもいいじゃん。

「赤い傘も汚れちゃったね」

 少年は道に転がっている赤い傘を拾った。

「ごめん、汚しちゃった」

 ユミちゃんは目を潤ませながらそう言った。傘を汚したことがそんなにも悪いことなのだろうか。いやそうじゃない、この潤みは雷に対してのものだ。

 雷様がドンドンと太鼓を鳴らしている。そうしておヘソを奪おうとしている。なんて嫌な奴だ!

「いいよそんなの、洗えばまたピカピカになるし」

「うん」

 今日のユミちゃんは元気がないように見える。

 いつもはませていて、偉そうで、もうちょっと可愛げがあってもいいのにと思うところがある。

 しかし今日のユミちゃんはませていなくて、偉そうでもなくて、子どもらしく可愛い。

 これが普通だといえば普通なのだが。最近の子はどこか大人な感じがするから。

 テレビで活躍している子役がしっかりしているからそれが原因だろうか。

 私もしっかりしなければ、同い年なのに私はなんて子供っぽいの。なんてことを思ったりして。

「ねえ、お兄ちゃん」

「何?」

「ユミね、さっき空を見上げたんだけどね」

「うん」

「飛行機雲出てたよ」

「それ早く言ってよ!」

 少年はユミちゃんを抱きかかえた。黒の傘と赤の傘をユミちゃんに持たせる。

 そして激しい雨の中を少年は走った。

 走れ、走れ、少年。雨が邪魔するけれど大きな家を目指して走れ。

「ねえ、お兄ちゃん」

「なあに」

「今物凄く嬉しい」

「それは良かった、ユミちゃんが笑顔で僕も嬉しいよ」

「やだ! ユミを褒めても何も出ないからね」

「いらないよ何も」

 ユミちゃんは少年に抱きかかえられて嬉しいのだ。だからもうその嬉しさの中では雷様の太鼓なんてもう聞こえない。

 だってほら、今もゴロゴロと鳴ったけれど全く怖がっていない。

 そんなユミちゃんの思いを少年はわかっているのかいないのか、とにかく走って走って家を目指す。

 ただの一本道だ、迷うことは無い。雨で濡れているけどこの舗装された道の先には家がある。

 少年は走る、家に向かって走る。その途中誰ともすれ違わなかった。

 そして家が見えてきた。ポストの前にはおばばが傘をさして待っていた。

 いつからそこにいたのだろう? 老体には厳しくないかなこの雨は! と思うところはあるけれど少年はひとまずユミちゃんをおろす。

「なんだい二人とも、びしょ濡れじゃないかい」

 そりゃそうだ少年とユミちゃんは傘もささずに雨に撃たれていたのだから。

「ユミちゃんをよろしく。風邪をひかれちゃ困るから」

「ちょっと待ちなよ」

 さっさと家に入ろうとする少年におばばは声をかける。

「お帰り、そして気を付けて行ってらっしゃい」

 その言葉を聞いた少年はニコっと笑うと手を軽く振ってドアを閉めた。

 雨の中残されたおばばとユミちゃんはドアを見つめていた。

 そしておばばはハっと何かに気づいてユミちゃんを守るように傘をさした。

 今更遅いけどね、おばばはユミちゃんの濡れた髪の毛を撫でながら言った。

 さあ行こうか、ここにいちゃ風をひくからね。おばばはユミちゃんの手を引きドアへと向かおうとした。しかしユミちゃんは動かない。

 どうしたんだい、いつまでもここにいても意味はないよ。

 そう言われたユミちゃんは、雨から守っている傘から飛び出た。

 そしてそこら辺を走り回っている。

 何だか楽しそうだ、笑っているし、遊んでいるし、雷怖がってないし。

 おばばはその様子を見てニッと笑った。

 シュウは泣きながら帰ってきたけど、女の子は強いねー。

 雨は止む気配がない。まだまだ降り続きそうだ。


 ◇


 ごーごー、音が聞こえてくる。

 この音は何だ? 何かが流れてくる音のような気はするけど。

 徐々に入ってくる映像、ぼやけている視界から見える世界。そこにはこの音の正体があった。

 少年は目を開けた。壁にもたれ掛っている。

 草や花や木があって自然がいっぱいのこの場所、ここはどこだろう。

 それはもうわかっている、ここは誰かの夢の中だ。

 毎回いろんな姿をしている夢。ここに来て、どういう夢かを受け入れるのはなかなか難しい。

 わかりやすいものなら余裕でクリアできる。しかしそうじゃないものは苦労する。

 少年はどこかを見ている、その目線の先にあったものは音を鳴らしていた。

 ごーごー、鳴り止むことがないその音は一体なんなのだろう。

 立ち上がった少年は一歩、また一歩と歩いた。

 音が鳴るほうへと歩いていく。

 ぽっかりと空いた穴へと水が流れている。ごーごーと音を鳴り響かせて流れている。

 少年は水が流れてきている場所を見るために見上げた。水は上から流れている。

 ずっとずっと上のほうから。目視できない遥か上から。

 流れるというよりは落ちてきているといったほうがしっくりくるかもしれない。

 落ちてくる水はどこに行きつくのだろう、そう思った少年は落ちないように顔を出す。

 すると底は真っ暗だった。

 あんな所に落ちてしまったら戻ってこれそうにないだろう。真っ暗の中この勢いよく落ちている水の中に行ったらどうなるのだろう。

 苦いコーヒーを甘くするために、砂糖をいれてかき混ぜるみたいになるだろうか。この場合砂糖は僕だ。だからつまりぐるぐるとかき混ぜられると目が回って気分が悪くなる、溺れてしまうかもしれない、僕は地上に上がることなく砂糖みたいにどこかに行ってしまうかもしれない。

 慌てて顔を引いた少年は、落ちる危険がないところまで退く。

 危ない、こんなの落ちたら終わりだ。終わってしまったらこの夢を悪から救えなくなる。

 少年は深呼吸をして落ち着くことにした。

 水の音、鳥の囀り、自然の音が鳴り響く。

 落ち着いた少年は先に進むために辺りを見回す。

 すると少年の視界にこっちを見つめる何かが入った。

 それは草からこちらを見ていた。警戒しているのだろうか、それとも少年を狙っているのだろうか。

 少年は目を離さずに少し離れる。

 相手からはこっちの姿が丸見えだ、しかしこっちは相手のことはわからない。相手が何者で何が目的で何をするのかわからない。

 水の音が鳴る。ごーごーと勇ましく。

「そこにいるのは誰?」

 少年は隠れている相手へと先制攻撃。物理的ではない。

 しかし相手からの反応はない。

 攻撃は失敗したのだろうか。

「勝手にここにお邪魔してるけど僕は怪しい人じゃないよ」

 再び攻撃した。しかしその攻撃は命中したのだろうか。

 自分のことを怪しくないと言うのは逆に怪しさ全開だが。

 しかし相手からの反応はない。聞こえてくるのは水の音だけ。

 少年が頭を掻いて、どうしようかなと考えている。

 力を使うべきか、怪しくない事を強調するべきか、いっそのこと無視するか。

 しかし少年は力をなるべく使いたくないのだ。力は夢を悪夢にしたヤツラには効果的だが、この夢を見ている人にとっては負担になるからだ。

 しかしそれも時と場合による。そんな時は迷ってはいられないのだ。

 その時草が動いた。

 草が足を生やして歩いたわけではない、草に隠れて少年を見つめていた何者かが姿を見せたのだ。

 そいつは鋭い目つきはしていなくて、四本足で歩いていて、黒い毛が綺麗だ。

 少年は力を抜いた。そして笑顔になる。

「可愛い! お前可愛い!!」

 少年のこんな表情は初めて見た。

「お前じゃないニャ、僕はプリンツって名前ニャ」

 そこには黒猫がいた。夢を悪に変えるやつらでもなく、恐ろしいモンスターでもなく、極悪非道の犯罪者でもなかった。

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