じゅうよん
少年に飛ばされたサトシ君は工場の中にいた。
天井は穴が空いている。その穴から赤く染めた空が見える。
イタタと言いながら立ち上がったサトシ君は、ここがどこなのかを見回している。
そこには何かを運ぶ機会があったり、ドラム缶があったり、何も上に乗っていないベルトコンベアがあったり、どこにでもありそうな工場の様子が広がっている。
人の気配はなく、ただ風が吹くたびにきーっという音が鳴り響く。
その音は誰にも使われていない機械が、悲しくて寂しくて泣いているようにも聞こえる。
サトシ君は駆け足で出入口へ向かう。
走りながらも周りを警戒している。そこには誰もいない、この島で動いている人間は三人だけ。
「お兄ちゃん……」
サトシ君は少年のことが心配のようだ。屋根の上から二人を狙っていたアイツ、いつからそこにいたのかわからないどのタイミングで撃つか決めていなのかもわからない、しかしそのチャンスを狙っていたのだろう。だからこそボスは撃たれた。
強くて怖いボスが一瞬で負けた。頭が吹っ飛んで動かなくなった。
普通ならこんなのを目の前で見たら怖くて怖くてしょうがないのだろうけど、何故か今は全く怖くなかった。ここが僕の夢だから?
僕は走る。走って走って、お兄ちゃんがいた場所に向かう。
僕をここに飛ばしたのはスナイパーライフルから逃すため。だからせっかく逃してくれたのにわざわざ戻るのはバカみたいなことだ。
でも僕は走っている。それはお兄ちゃんを助けるためだ。
今日は助けてもらってばっかり。だから僕も助けないと男らしくない。
いつまでも泣き虫は嫌だ、弱虫は嫌だ、もう虫は大嫌いだ。無視なんて勇気という殺虫剤でやっつけてしまえばいいんだ。
息が苦しい、体が熱い。でも急がないとお兄ちゃんが危ない。
スナイパーライフルの餌食になってしまう。そうなったらお兄ちゃんはここから消える。
そこからは僕一人でどうにかしなければならない。
いつまでもお兄ちゃんには頼れない、この夢から目を覚ましたらそこにはもうお兄ちゃんはいない。そんなことはわかっている、わかっているけどもう少しお兄ちゃんといたい。
揺れる視界にさっきの空き地が見えてきた。
そこには四人がいた。
頭がなくなって動かなくなったボスと、幻を見て気を失って倒れているケライとソッキン、そしてもう一人は。
「お兄ちゃん!!!!」
僕は叫んだ。声を出せば敵にばれる、でもそんなこと今はどうだっていい。
今はそれよりお兄ちゃんのほうが大事だ。敵のことはあとで考えればいい、どうにかなるからきっと。
お兄ちゃんは倒れていた。
さっきも二階のあの部屋で倒れたけど、あの時は大丈夫だった。でも今は赤い液体が体から出ている、そしてとても苦しんでいる。
僕は駆け寄った。そして叫んだ、大丈夫! お兄ちゃん!
お兄ちゃんは苦しそうな顔をして僕のほうを見た。
僕と目が合って驚いた顔になった。どうして戻ってきた? ここは危ないから早く逃げて。力ない声でそう言った。
逃げる事なんてできないよ、僕はもう逃げたくはないんだよ! 僕は叫んだ。
逃げるのも隠れるももう飽きた。僕はお兄ちゃんと一緒にいて少しずつ勇気が出てきた。
僕の心の中に隠れていた勇気がようやく顔を出したんだ。でもまだ少ししか見えない、全部見えるようになったら僕は強くなれるかな?
サトシ君がここで倒されたら終わりだ、だから早く逃げてくれ。お兄ちゃんは苦しそうな声でそう言った。
僕は赤い液体で汚れた手を握った。お兄ちゃんの手は冷たい感じがした。
後ろのほうから足音が聞こえてくる。
逃げろ! あいつがこっちに来ている! 早く!
僕は逃げない、例え後ろに強敵がいたとしてももう逃げたくない。
盾にしていいから逃げてくれ、そうしないと終わってしまう。
お兄ちゃんを盾にはできない。盾にしたらこれ以上痛くなる、苦しむ。
もうすぐそこまで……早く、早く逃げてくれサトシ君。
僕は振り向いた。するとそこには鎧が一体いた。僕の頭には銃口が付いている。
「あとはお前ら二人だけらしい」
鎧は勝ち誇った感じで喋った。
「たまたま見つけたスナイパーライフルがこうも役に立つとはね。俺は運がいいよ」
ギャハハと下品に笑った。その笑い声はボスに似ていた。
「お前の仲間にはてこずったよ。攻撃されてさ、片腕どっかにいたからな」
よく見ればこの鎧の左腕が無かった。
「でもまあ俺も攻撃したし、そしたら当たったし。それでそのザマだよ、今にも動きを止めそうだろ?」
少年の唇は青くなっていた。もう時間の問題かもしれない。
「お前の仲間はお前をせっかく逃がしたのになー、お前は馬鹿なのかここに戻ってきた」
「僕は馬鹿じゃない!」
「おおそうか、でもこの状況わかる? 理解してる? 俺が引き金を引けば頭吹っ飛ぶぜ、そこにいるソイツみたいによ」
ギャハハハ、また下品な笑い声を上げた。
サトシ君は頭に銃口を付けられている。だから動くことも何をすることもできない。きっと少しでも動いたら撃たれる。
「どうだ今の気持ちは? 怖いだろ、怖くて泣き叫びたいだろ」
「……全然」
「はあ? お前ほんとに馬鹿なのかよ。それとも怖くておかしくなったのか」
「全然怖くないよ」
そうだ全然怖くはない。むしろ怖いのは今までの自分だ。怖いから逃げる、怖いから隠れる、そんなことをしていてちっとも前に進まなかった愚かな自分が一番怖い。
それと比べたら今のこの状況は怖くない。
確かに最悪な状況かもしれないけど、ここは僕の夢だから。夢はなんだってできるのだから。そうお兄ちゃんが教えてくれたから。
「なんだよお前……何笑ってんだよ……」
「君は僕が作り出したただの幻。だから何も怖くはない」
「お前何言ってるんだ? おかしいよこんなの。普通なら泣くよ、助けを乞うよ」
「僕の頭に付けてるこの銃だって、その中にある銃弾だって、お兄ちゃんから流れている赤い液体だって。全部幻だ」
サトシ君は笑顔だ。とっても素敵な笑顔だ。
するとサトシ君のその笑顔に怖くなった鎧は叫びながら引き金を引いた。銃声が鳴り響いた。
「ほらね、僕の頭は吹っ飛ばない」
「なんだよお前! 怖いよ、普通じゃないよ」
鎧は銃を投げ捨てて走って行った。
その様子を見た後、サトシ君は少年へと歩いた。
「痛くないでしょ? どこも何も痛くないでしょ?」
「……サトシ君」
「僕はもう逃げない、隠れもしない、だからもう大丈夫」
サトシ君はとっても素敵な笑顔だ。
少年はその笑顔を見て安心したのか笑った。傷はもう大丈夫そうだ、初めからそんな傷は無かったかのようだ。
「さあこの悪い夢を終わりにしよう」
少年は立ち上がった。
「うん、でもあの人どうするの?」
サトシ君は逃げて行った鎧へと指を指した。
鎧は早くこの場所から離れないといけないという感じで走っている。
「あの人は負けを認めたよ、敵に背中を向けて逃げたのだから」
「僕もさっき逃げたけど?」
「さっきのは逃がしただけ、逃げたんじゃない」
「よかった」
またサトシ君は素敵な笑顔になった。
少年はほっと安心しながら逃げている鎧を見た。
これで終わった、この夢は悪から解放される。そしてサトシ君は良い目覚めをするだろう。
目覚めが悪いとその日一日嫌な感じがするけど、目覚めが良いとその日一日楽しい感じがするし。
その時島全体にサイレンが鳴り響いた。
それは戦いの終わりを告げる合図なのだろう。音は島のどこにいても聞こえそうなぐらいうるさかった。しかしこの音を聞いている人は数少ない。
ここにいるサトシ君と、その横にいる少年と、二人から逃げている鎧の三人だけ。
と思ったら二人になった。
逃げている鎧は突然現れた大きな大きな鎧に踏みつぶされた。
ぐちゃっと気持ち悪い音がしたかもしれない。しかしそれはサイレンで聞こえない。
聞こえなくて良かったのだろうか。
大きな大きな鎧は大舞台に飾ってあった五月人形だ。
何故それがここに? 何のためにこの島に?
「なにあれ? もう戦いは終わったんじゃないの?」
「あれは……きっと……」
五月人形の目は光っていた。目を光らせながらこっちへと歩いてくる。
「あれは何なの? 僕達が勝ったんだよね、この戦いに勝ったんだよね!」
「あれはこの夢を悪くした張本人だ」
大きな大きな五月人形は公園で見た時よりも大きいような気がした。きっと気のせいだろう、さっきもこれぐらい大きかった。
見上げるぐらい高くて大きい五月人形だった気がする。




