じゅうさん
サトシ君は優しい笑顔で負けを認めたボスへと歩いていく。
ちょっと待ってという少年の声を無視してどんどん歩いていく。
ボスは頭を下げたまま上げようとしない。今どんな表情をしているのかわからない。
一人じゃ危ないよと少年は言った、大丈夫だよとサトシ君は言う。
そこを動かないでと少年は言って走った、もう負けを認めているんだから大丈夫だよとサトシ君は振り向いた。
その時顔を上げたボスはニヤニヤしていた。
少年はその表情を見逃さなかった。しかし気づいた時には遅く、ボスは立ち上がっていた。
目線をボスへと戻したサトシ君は何が起きたのかわからなくて固まった。
ボスはどこかから出したナイフを手に持ち、その先をサトシ君の首筋に付けていた。
形勢逆転された。
いや初めからボスはこれを狙っていたのだろう。だから負けを認めたのだ、わざとそうしたのだ。
ニヤニヤするその表情はやつらに似ていた。
ひょっとしたらやつらはボスに成りすましているのだろうか。まだ今回はやつらが出てきていないのが気になる。
「放してよ! 怖いよ!」
その声は震えている。それは首筋にナイフの先が付いているからだろう。
動いたら血が出る、それだけでは済まずに最悪の場合は……だから声も小さい。
「放すかよ、せっかくじっくり遊べるんだからさ」
ぎゃはははと下品に笑う。その雰囲気はなるで犯罪者みたいだった。まだ子どものはずなのに怖さがあるのは何故だろう。
少年は少しだけ動いた。そうやって距離を詰めていくつもりだろうか。
しかしボスはそれをちゃんと見ていた。
「おいそこのお前、動くなよ。動いたらサトシが痛がるだけだよ」
その言葉で少年は前に進めなくなった。これはヤバイ、この状況は最悪だ。もしこのままボスによってサトシ君が動けなくされたら、この夢を見ているサトシ君を悪い夢から開放できなくなってしまうかもしれない。
首を切られたら痛い、ここは夢なのだから痛みなんてものは無いのだがこのリアルな映像を見たら誰しも本当のことだと思ってしまうだろう。
だから痛くて、びっくりして、思わず目が覚めてしまうかもしれない。
そうなってしまったら少年にはもうどうすることもできなくなる。外には行けない、少年は夢に現れる王子様だったり警察官なのだから。
「怖いよ、助けてよ……」
涙を流しながらサトシ君は少年のほうを見た。
しかし少年は動けずにいる。動いたらナイフがサトシ君の首に襲い掛かる。そうなってしまうのは一番避けたい。
「ほらほらサトシがお前に助けを求めているぞ。早く助けなくていいのか?」
ぎゃははは、下品の笑い声が恐怖を与える。
どうすればいい、どうすればボスからサトシ君を放すことができる。何か隙があれば助けれらる、しかしどうやったら隙が生まれるんだ。
少年は考えるが答えは出てこない。早く答えを出さないと最悪な展開になってしまう。
「さっきは偉そうだったな、お前はずっといじめられとけばいいんだよ。そうなる運命なんじゃないのか? 生まれた時からお前は俺にいじめられるって決まっていたんだよ。だから調子に乗るな」
ボスは上から目線でそう言った。
「人には位っていうのがあるんだよ。人の上に立つ者、人に命令する者、人のいう事を素直に聞く者、何をされても嫌がらずにただ笑っておけばそれでいい者。それは俺にもお前にもあるんだよ、わかるよなサトシ、俺がどんな位かお前がどんな位か」
ボスはサトシ君の足を踏みながらそう言った。
「俺は偉いんだよ、誰も文句が言えないし誰も逆らえないし怖がっている。お前はどうだ? 泣き虫だし弱虫だし馬鹿だしのろまだし何もできない無能野郎だよ」
ぎゃははは、下品な笑い声は止まりそうがない。
少年はボスを睨みつけて助けに行くタイミングを待っている。
「無能はいらないよな? お前はいらないよな? そこらへんに落ちているゴミみたいなものだもんな、臭くて臭いそうな汚物みたいなもんだよな。ぎゃははは、お前はここにいたって意味がないんだよいなくなったほうが世のためだよ」
サトシ君は涙を流している。せっかく勇気を出せたのに。
少年は握り拳を作っている、あいつは思い切り殴らないと許せない。
しかし状況は悪くなる。考えたくない最悪な展開へと動いてしまう。
「ばいばいサトシ。あっちでもそうやって泣いとけ、隠れとけ、いじめられろ」
ニヤニヤしているボスの手に力が入った。いったん首からナイフを放して、力を入れて首へと向かわせる。
少年は駆け出した。しかし目の前ではナイフがサトシ君へと襲い掛かっていくところだ。
もうヤバイ、このままサトシ君はボスの手によって。考えたくはない最悪な展開はもうすぐそこまできている。
もう助けることはできないのか? 僕はサトシ君を助けることができないのか?
少年は心の中でそう思った。諦めたくはない、しかしどうすることもできない事はある。
それが何故今なのだろう。今じゃなくてもい、もっとほかのことでいい、つまらないことでそれが起こってほしかった。
もうナイフの先が首に当たろうとしていた。
だから思わず少年は目を閉じた。
ごめんサトシ君、僕は君を助けることができなかった。僕が助けられなかったばっかりにこの悪い夢はサトシ君を苦しめる、そうなったのは全部僕のせいだ。ごめんなさい、ごめんなさい。
諦めたくはないが少年は諦めた。
そして地面へと人が倒れる音が聞こえた。
サトシ君を助けられなかった。僕は自分の役目を果たせなかった。
謝っても謝っても許されない。僕はそれぐらいのことをしたんだ。
こんな怖い夢をまた見るんだと思うと申し訳ない。
僕が助けていたらこの夢をもう見なくてもよかったのに、僕が助けられなかったからまたこの夢を見なくちゃいけない。
ごめんなさい、ごめんなさい。僕は謝ることしかできない。ごめんなさい、ごめんなさい。
少年はゆっくりと目を開けた。
ぼやけた視界には二人映っている。一人はサトシ君で、もう一人はボスだ。
サトシ君は首を切られてそこに倒れている。ボスは勝ち誇ったかのように満面の笑みだ。
目を開けても変わらなかった。最悪な展開は避けられなかった。
サトシ君が無残な姿になったのは僕のせいだ。こうなったのは全部僕のせいだ。
僕が悪い、全部僕が悪い、僕が信じていたばっかりに招いた悲劇だ。
「お兄ちゃん!」
声が聞こえた。この声はサトシ君の声だ。
「ねえお兄ちゃん!」
また聞こえた。こんな声が聞こえるなんて僕はまだまだ甘い。
「お兄ちゃんってば!」
助けられなかった事は残念だけど自分の役目を乱してはいけない。
「ねえ聞いてるの、ぼーっとしてるの?」
僕はそれでも進むしかない。何があっても進むしかない。進み続けるしかない。
「ぼーっとしないでよ、僕は大丈夫んあんだから」
「え?」
「僕は大丈夫だよ」
「……どういうこと?」
目の前にはサトシ君がいた。涙を流しているがどこも怪我をしている様子はない。
じゃあ倒れているのはいったい。
少年は地面を見た。すると顔が無くなって、赤い液体を飛び散らかしているボスがいた。
「急に頭が爆発したの」
「爆発?」
「うん、だから助かったみたい」
「それってどういう……」
少年は何かを感じ取ったのか右上を見上げた。すると屋根の上にはスナイパーライフルを構えている鎧がいた。
まだ鎧は他にもいた。これはヤバイ。
少年はサトシ君を守るように前に立った。サトシ君の盾になったみたいだ。
「サトシ君を助けたのはあいつ」
「そうなの? じゃあお礼を言わなくちゃ」
「待って、あいつはこっちを狙っている」
「そんな……」
「あいつは最強の敵を倒した、あとは僕とサトシ君を倒せば終わりだ」
「どうするの?」
「僕がやっつけられてもサトシ君が残ったらそれでいいんだ」
「え、なに?」
「ちょっと後ろに飛ばすよ。受け身とってね」
「ちょっと何言ってるの?」
「外に行ったら頑張れよ。勇気を出せば何だってできるんだから」
少年はそう言って、サトシ君を軽く押した。すると勢いよく飛んで行った。
体制を整えて少年は地面を蹴った。横へと飛びながら屋根の上の鎧へと掌を広げる。
すると掌が光りだして、光が屋根のほうへと飛んで行った。
その時銃声が鳴った。




