じゅうに
「痛いなぶつかって。遊ぶのは後だ、今はそんな事をしている場合ではない」
ケライお父さんが、ケライを見下ろして話す。
「お父さん? 何でここにいるの?」
ここは鎧を着た子どもたちが戦っている島のはず、こんな所にお父さんがいるわけがない。どうしてここにいるんだ。
「そんなこと言うなよ。まだここは俺の家なんだから」
「俺の家?」
ケライはお父さんのその言い方に違和感を感じて周りを見た。そこにはいつも見る高そうな家具やブランド物のバッグや時計が飾られている。
しかしそのどれもに何か紙が貼ってあった。紙が貼ってある以外はとくに変わったところはない。
「ねえ、あの紙は何なの?」
「今更そんな事言うなよ。お父さんをからかっているのかな」
「そんなことはしないよ! あの紙が何なのかわからないんだ」
「……お前アレ貼られてる時家にいたよな?」
「そうなの? 全然覚えてない」
「……まだ現実が受け入れられないのかな」
「違うよ、そうじゃないよ。こんなの見たの初めてなんだ!」
「それは違うよ。お前もあの日いたよ」
「でも覚えていない」
「嫌な事だから勝手に忘れたんだろうね、いいなそういうのお父さんも忘れたいよ」
「何があったの?」
ケライはお父さんの顔を真剣な表情で覗き込む。
「顔が近いよ、話してあげるからもうちょっと離れて」
「うん」
ケライはお父さんから少しはなれた。
「話す前にいいかな? その鎧はなんなの」
「え?」
「今着てるじゃん鎧。そんなのどこにあったの? よく見つからなかったね」
「これは戦いで必要な防具なんだよ」
「ん? あーそういうの今学校で流行っているんだね。それで買ったのかな、覚えてないけど」
「違うよ、島で戦っているんだよ! 動かなくなるまで戦うんだよ!」
「はいはいわかったから。お話してもいいかな?」
「うん……」
お父さんはコーヒーを一口飲んだ。いつもブラックを好んで飲んでいる、砂糖入りを飲むのは疲れている時だけらしい。
「お父さんはね調子に乗りすぎたんだよ」
「何をしたの?」
「株とかギャンブルとかそういうことをね」
「それで失敗したの?」
「まあそうなるね、そうストレートで言われるとグサっとここら辺に刺さる感じするけど」
お父さんは胸のあたりを指さす。
「それでまあ借金しちゃってね。あんなにあったお金があっという間にすっからかんだよ」
「……そんな」
「最悪でしょ? まあ今までが人生余裕すぎたんだろうね。お金もあるし家もあるし、こどももいるし絵に描いたような幸せだったから」
「……」
「そんな顔するなよ。お父さんが一番そんな顔をしたいんだよ」
「うん」
「ここにある物全部持っていかれるけど、この家から出て行かなくちゃいけないけど、俺には家族がいるからそれでいいんだよ」
お父さんは笑っている。とてもかっこよく見えた。
「もうお金はいらないしね。そりゃ無いよりかはあったほうがいいけど有りすぎるのも駄目なんだよ、それでこんなことになってるんだから」
お父さんは全然悲しんでなんかいなかった。ふっきれたのか何なのか、前だけを見ているようだ。
「お、ママお帰り。新しい家見つかった?」
ケライは振り向いた。そこにはママがいた、綺麗で笑顔が素敵で料理が上手で綺麗好きで絵を描くのが趣味のママ。
しかしそこにいるママに笑顔はなかった。いつもと何かが違う気がした。
「ごめんな、狭い部屋になるけどさ」
「……」
お父さんは笑顔で、優しい声でママにそう言った。
「もうブランド物は買えないし、高い店にも行けないけれど」
「……」
ママは下を向いていてどんな顔をしているのか全くわからない。
「でも十分贅沢したしもういいよね? これからは質素に生きようよ」
「……っ」
お父さんのその一言でママは顔を上げた。
「何言ってるの? あなたは馬鹿なの? 私に不自由ない暮らしをさせてあげると言ったじゃない」
「十分やったじゃん! いっぱい良い思いさせたよ」
「それは過去の話でしょ、これからの未来はどうなるのよ」
「だからもう贅沢は十分味わったじゃん。もうお腹いっぱいだよ」
「それはあなただけしょ? 私やこの子はどうなるのよ」
「二人にも迷惑はかけるけど、三人力を合わせて頑張ろうよ」
「……はあ、呆れた」
ママは鞄から煙草を取り出して火を点けた。ママが煙草を吸っているところは初めて見る。
「お前煙草また吸ってるのか?」
「吸わなきゃやってられないわよ。馬鹿な旦那に振り回される私はカワイソウなんだから」
「ごめんって、許してくれよ」
「許さないわよ。だからもうあなたとは別れる」
「え? 今なんて言ったの」
「お金がないあなたなんて何の価値もないの、だから別れるから早くこれにサインして」
そう言って鞄から出したのは何かの紙だった。また紙だ、でもこの紙はなんだか嫌な感じがする。
「ちょっと待てよ、急にそんなこと言うなよ!」
「贅沢な暮らしなら別れなかったわよ。でもこれからの生活はそうじゃないんでしょ?」
「何でそんなこと言うんだよ、おかしいよこんなの」
「もう一人で言ってなさいよ。私はこの子と出ていくから」
ママはケライの手を掴んで引っ張った。
「待てって! 話し合おうよ! まだ間に合うよ!」
揺れる視界にはお父さんが映る。
「さあ行きましょうね、あの人はもう他人なのだから」
そう言ったママは冷たかった。あんなにもお父さんと仲良しだったママはどこにいったの?
玄関まで来て、ママが急いで靴をはこうとしたが焦ってなかなか上手にはけない。
後ろを何回も振り返ってお父さんの様子を着にする。
声が聞こえる、待て待てと必死の声が聞こえる。
僕はお父さんもママもどっちも好きだからどっちの味方をしようか考えるけど答えは出ない。
そうしている間にママが靴をしっかりとはけた。
と思ったらお父さんが勢いよく走ってきた。
物凄い怖い顔だ。あんな顔初めて見た。
そしてその手には包丁を持っていた。その包丁はママを貫いた。
「言う事を聞かない奴はいらない」
貫きながら包丁を動かしている。ママは動かない。
「お前も言う事を聞かない悪い奴だな」
お父さんはケライを見ながらそう言った。
何で、なんでこんなことになったの? お父さんあんなに優しかったのに、ママだってあんなにお父さんと仲良しだったのに。
包丁をハンカチで綺麗に拭きながら、動かなくなったママを思い切り蹴とばしたお父さん。
怖いよ、こんなの嫌だよ。僕もママみたいに動かなくなるの?
「天国でまた三人仲良く暮らそう。お前のあとはお父さんもすぐに後を追うから寂しくないぞ」
そういったお父さんの顔は笑顔だった。
◇
ソッキンとケライはその場に倒れた。
何が起きたのかわからないボスは目を大きく見開き、口をぽかんと開けている。
サトシ君は二人に幻を見せたのだ。
ここは夢だ何だってできる、二人にとって嫌なものを見せるなんて容易い。
しかし嫌な物を見せると心が痛くなる。サトシ君は胸のあたりを撫でている。
二人は倒れているが動かなくなったわけではない。気絶をしているだけだ。
しかし戦闘不能にしたからあとはボス一人だけだ。
少年とサトシ君は二人、対してボスは一人。人数的には勝っている。
ボスは倒れた二人を交互に見る。目は左右に忙しなく動く。
どうしたんだよ、いったい何があったんだよ、お前らサトシに負けたのかよ恥ずかしいと思っているのだろうか。
サトシ君は深呼吸をした。
大きく息を吸って、そしてゆっくりと吐く。
あと一人、そこにいる憎き相手を倒せばこの悪い夢から解放される。
そしてそれは外にも影響される。
この夢での出来事がサトシ君を変える。それはじっと我慢をしていた今までの自分から、何かを言えて立ち向かえる自分に変わるのだ。
少年もボスを見る。
この子がサトシ君をと呟く。ボスが原因でこの悪い夢を見たのだから許せないのだろうか。
暫く二人を交互に見ていたボスだが、急に静かになった。
「怖くなったの? 二人が僕にやっつけられたから」
サトシ君は余裕の顔と声だ。これは勝てる、ボスにも幻を見せればいいんだ。
そうしたらボスも二人のように倒れる。
そして僕は勝つ。
「……」
ボスは何もこたえない。怖くて喋ることすらできないのだろうか。
「今からでも遅くないよ。降参してくれたら僕はそれを認めるよ」
いくらここにいる三人は本物じゃないとしても、三人にとって嫌な物を見せるというのはあまりしたくない。できればそんなの見せなくて勝ちたい。だから降参してほしい。
サトシ君はボスの返事を待った。
どこかでカラスが鳴いている、カアカアと鳴いている。
その時ボスは少年とサトシ君と目を合わせた。
「……」
そして地面に手を付けた。頭も下げた。
これは土下座というやつだ。
少年とサトシ君へと頭を下げたボス。ボスは自らの意思で負けを認めた。




