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悪い夢の時間  作者: ネガティブ
五月人形の目が光る
18/72

じゅういち

 サトシ君が今日一番の大きな声を出した。

 近くにいた少年がびっくりしている、こっちに歩いてきている三人もびっくりしている。

 サトシ君は肩で息をしている。力を入れて大きな声を出したのだろう。

 びっくりしていた三人は少ししてまたいつもの顔に戻った。いつもの顔とは生意気な顔だ。

「おいサトシ、そんなに偉そうなことを言っていいのか?」

 ボスは顔には出していないが、声はイラついている。

「謝るなら今のうちだぞ! まあ謝っても許してあげないけどな!」

 ケライはボスの様子を伺いながら言う。

「痛い目見ないとわからないみたいだな、自分の立場というやつが」

 ソッキンの目はターゲットをしっかり捉えている。

 勇気を出して言った言葉、しかしそれは三人には効き目がなかった。むしろ逆効果といってもいいぐらいだ。しかしそれぐらいは言わないと前には進むことができない、ここからもっと言いたいことを言えればいいのだが。

 サトシ君は少年のほうへと振り向いた。

 少年は大きく頷いた。そしてもっと言おう、全部言おうという声が聞こえた。

 するとサトシ君は頷いて三人へと視線を動かした。

「……僕は」

 サトシ君は兜の中から三人を睨んでいる二だろうか。

「……僕は、もういじめられたくない!」

 ずっと耐えていた、一人で戦っていた、心の底に沈んでいた重たい物を取り出せた。

「僕が何をしたの? 三人に何かした? 何もしていないのにいじめるなんて最低だよ!」

 取り出した物は思い切りボスに向けて投げ飛ばした。それはボスへと一直線に飛んで行った。

「お前が何をしたか? ただそこにいたからいじめた。俺達に何かしたか? 別に何もしていない。何もしていないのにいじめるなんて最低? ああそうだよ、俺達は最低だからいじめるんだ」

 ボスは表情を変えず淡々と喋る。何か問題でもあるのかと頭を傾げているぐらいだ。

「誰かをいじめていいはずがない、いじめられた側はとても苦しいんだ!」

 サトシ君はまた肩で息をしている。

「それは誰が決めたの? 知っているなら言ってみなよ。苦しいなんて知らないよ、苦しいのなら立ち向かえばいいだけ」

「立ち向かえないからずっと辛かったんだ! 先生に言っても聞いてくれないし、親には言えないし、じっと我慢して耐えるしかなかったんだ!」

「それはサトシが弱いからでしょ。泣き虫で弱虫だから戦えない、戦ってもいないのに敵わないと思ってるからいじめられるんだよ」

「戦って勝てると思う? 無理だよそんなの。ボスは強いんだから、上級生にだって勝つんだから。そんなの僕が敵うわけないよ……」

 声が小さくなっている。

「じゃあ諦めなよ。諦めて大人しくいじめられとけばいいんだよ、ただそれだけのことじゃないか」

 ボスは再びニヤニヤとしている。強者の余裕の笑みなのだろう。

「そんなの嫌だよ、もういじめられるのは嫌だよ、もういじめるのやめてよ」

「いじめるのはやめられないよ。だってサトシがそこにいるんだから。そこにいる限りいじめは終わらないよ、だから諦めたほうが賢いと思うんだけど」

 ボスは足を止めた。するとケライとソッキンも足を止める。

「……何で? 何で僕をいじめるの?」

「だからそこにいるからだってば、何回言えば理解できるんだよ。そんなんだから馬鹿にされるんだよ、いじめられるんだよ、弱虫で泣き虫なんだよ」

「やめて……もうやめて……嫌だ……」

 サトシ君はその場にしゃがみ込んだ。力が抜けたのだろう。

「おいおい立てよ! まだ戦いは始まってもいないぞ!」

 ケライは口だけは偉そうだ。

「こんな糞みたいなやつ早く倒しませんか? 時間の無駄ですよ正直」

 ソッキンは溜息をはいた。

 しゃがみ込んだサトシ君は震えている。兜の中で泣いているのかもしれない。勇気を出して放った言葉は呆気なく撃ち落とされた、それでも勇気を出して心に溜まった物を出し続けたがどれ一つとしてボスに当たることはなかった。全部地面へと力なく落ちていった。

 少年はサトシ君へと歩み寄る。そして言葉をかける。

「大丈夫?」

「……」

「こうなることはわかっていたよね?」

「……」

 無言で頷いた。

「手強い相手だともわかっていたよね?」

「……」

 無言で頷いた。

「もうちょっと頑張ろうよ。こんなところで負けたら悔しいじゃん」

「……」

「サトシ君もさ、もっともっと言いたいこと言ったらいいんだよ。言葉の暴力であの三人をやっつけようよ」

「……うん」

「体に付いた傷は治療で治る、でも心にできた傷というのは治りにくい。それをあの三人にも味あわせてやろう」

「……うん」

「いつまでもやられっぱなしは嫌だからね。それにもう朝も近いし時間がない」

「時間ないの?」

「サトシ君が起きたら夢から外の世界に戻るでしょ。そうなったら僕もここにはいられない」

「……」

「そんな顔しなくても大丈夫だよ。ここはサトシ君の夢なのだから」

「何だってできる?」

「そうそう例えばそこに美味しそうな食べ物をいっぱい並べるとか、あっちに楽しそうな遊園地を作ってみるとか、あの三人にとって嫌なものを見せるとか」

「嫌なもの?」

 少年はサトシ君の耳元で何か喋った。するとサトシ君はわかったと元気よく言った。

 その二人の様子を見ていた三人は下品に笑っていた。

 あれは最後のお話だから待っててやろう、もう一人が誰なのか気になるけどボスがいるから大丈夫ですよね、ああ早くぶっ壊したい動かなくしたい。

 するとサトシ君は兜へと手を持ってきた。そして頭を守る防具である兜を取った。

 顔を出したサトシ君の表情はスッキリとしていた。目は赤くて鼻のあたりは汚いけれど、重荷が取れたかのような感じだ。

「終わったかお話は。さあ始めようか、そこにいる仲間が誰かは知らないがそんな些細なことは俺にとってはどうでもいいことだ。どうせ倒すのだから、ボコボコにしていっぱい赤い液体出させて動かなくしてやる。サトシには武器などいらない、素手で十分だ」

 アハハハ、下品な笑い声とともにサトシ君に向かってくる。

 しかしサトシ君はそこから動こうとも退こうともせず、ニコニコしながらボスを見ている。

「おいサトシ、俺をおちょくっているのか? それとも頭がおかしくなったのか? そうだよな、今から痛い思いするんだからなそりゃおかしくもなるな」

「違うよ」

「はあ? 何が違うんだよ。お前はもうすぐ終わるんだよ、世の中のためにいなくなるんだよこの世から」

「君たち三人がそんなに偉そうなのはどうして? 勉強ができるわけでも運動ができるわけでも優しいわけでも頼りになるわけでもないのに」

 その言葉を聞いたケライとソッキンの表情が一瞬で変わる。

 サトシ君を鋭い目つきで睨んで、今すぐにでもボコボコにしてしまいそうな雰囲気だ。

「君たちは何もないよ、偉そうなだけでまだ子どもなんだから。偉いのは君たちの親でしょ? 親が偉いからって何で君たちが偉そうにできるの、考えても考えても答えが出てこない」

 ケライとソッキンが勢いよく走ってきた。拳を振り上げながら。その先にはサトシ君がいる、このままではボコボコにされてしまう。

 しかしそうはならなかった。ケライとソッキンはぶつかった。

 二人はぶつかって尻餅を付いた。いたたと二人とも声が出る。そして誰だよぶつかってきたのと二人して声を上げた。

 二人の前にいたのは二人のお父さんだった。


 ◇


「何しているんだこんなところで」

 ソッキンのお父さんが、ソッキンを見下ろして話す。

「お父さん! 何でここに?」

 戦場にいるはずがない。何故どうして、急に親が出てきたのだと慌てる。

「お前何言ってるんだ? ここは俺の部屋だ、だから俺がここにいるのが普通だ」

「部屋?」

 ソッキンは辺りを見回す。そこは年季が入った壁と天井があって、床はフローリングもカーペットもなくて畳でお父さんの部屋にあったカッコいいパソコンもなくてお洒落なモノトーンの家具もなくてなんだかとても狭くて窮屈のような気がして。

 ここは何処なの? この狭い部屋は一体どこ。何でここに僕はいるの、お父さんはいるの。

 あっ、ここは俺の部屋だとお父さんが言った。

「お父さん、何があったの?」

 ここはどう考えても高級マンションじゃない、そんなのすぐにわかる。僕の家にも和室はあったけれどもっと綺麗な部屋だったから。掛け軸なんかもしていて壺も置いていて、でもそんなのここにはない。

「……お前熱でもあるのか?」

「そんなの無いよ、もしあってもお母さんが看病してくれるもん」

「お前やっぱり熱あるな」

「だからないってば! どうしたのお父さん変だよ」

「変なのはお前だよ、そんなの着ちゃってさ」

「そんなの?」

 丸いテーブルに四角い鏡が置いていて、そこに映っている自分の姿が見えた。鏡に映った自分は鎧を着ていた。

 別にこの姿は変ではない。僕は今戦っている最中なのだから。

「それどこから盗んできたんだ?」

「盗む? お父さんが買ってくれたんだよ」

「そうだったか? 前に買ったのかな、そうかそうだったか」

「ねえそういえばお母さんはどこなの?」

「よしじゃあそれ売ろう。お前よくそんな目立つやつ今まで隠していたな」

 お父さんはソッキンの頭を荒く撫でた。お母さんが撫でるのとはまるで違う。

「ちょっと待ってよ、どうしたのお父さん」

「どうしたのってお前わからないのかよ。馬鹿かよお前」

「何がなんだかわからないよ、お母さんもいないし寂しいよ」

「あーもうアイツの話はするなってば」

「アイツ? お父さんいつもお母さんのこと名前で呼ぶのに」

「それいつの話だよ。もうお前もいい加減この生活に慣れたと思っていたのに」

 そう言って引き出しを開けて煙草を取り出して、百円ライターで火を点けた。いつもはもっと高そうな煙草と高そうなライターを使っているのに。

「どういうこと?」

「お前やっぱり熱でヤバイんだな、もう寝とけよ」

「だから熱はないって! この状況がよくわからないんだって」

「この状況って何? ここは家だよ、俺とお前の」

「え? 嘘でしょこんな所」

「しょうがないだろ、責任をとって会社やめたんだから」

「やめた? 何で、お父さん見下ろす側だったんでしょ」

「下のやつらが会社の体質がおかしいと気づいたんだよ。そんなの当たり前だよ、あんなのいつか気づくんだよ。でもそんなことは無いと思っていた自分が馬鹿だった」

「……そんな」

「それで俺より上の、俺より何もしない上司が俺に全責任を押しつけた。だからここにいるんだよ」

「……」

「まあそのあとその上司も辞めさせられたけどな。その時は喜んだ、あんなに嬉しかったことは久しぶりだったな」

「お母さんはどこに行ったの?」

「それも熱で忘れてるのか。アイツとは別れたよ、お前は暫く俺が預かるが最終的にはアイツと暮らすことになる」

「え?」

「だから、ここに住まなくてもいいってことだよ。よかったな」

「……よくないよ」

 ソッキンの目から熱いものが流れた。

 そして泣きわめいた。お父さんはうるさいと叫ぶ、黙れと叫ぶ。隣の部屋から静かにしろと怒鳴られる、しかし涙は止まらなかった。

 かっこよかったお父さんがかっこ悪くなったから。

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