きゅう
二人が穴から出てきたのは空が夕焼けに染まっている頃だった。赤、橙色、紫が空という巨大なキャンバスに色を付けている。
少年は兜を手で持っていた。サトシ君は兜をちゃんと付けている。
夕陽が眩しいのか二人とも手で目のあたりを覆う。
空はあんなにも綺麗で感動すら与えてくれそうなのに、目線をぐっと下ろして地面を見ればそこには肉片があちこちに散らばっていた。
さっきの爆発でここにいた鎧たちは皆吹き飛んだのだろう。原型を留めずに、粉々になって。
少年はくるりと体を後ろに向けると、手を伸ばした。
すると少年の手を掴んでサトシ君は穴から出てきた。外に出てサトシ君を見ながら少年は一言。
「目は開けないほうがいいよ」
するとサトシ君はわかったと言って素直に言う事をきいた。
少年はぐるりと周囲を見渡した。
さっきまでここに聳えていた大きな大きな木は横になっている。爆発の衝撃でぽきっと折れたのだろう。それぐらい物凄い爆発だったわけだ。
少年とサトシ君も無事では済まなかったかもしれない。ひょっとしてこれは賭けだったのだろうか。あの爆発で一網打尽でやっつけることができれば御の字だ。しかしこれは自分達も巻き込まれてしまう可能性だって十分にあり得る、だからもしそうなった時はしょうがない。これしかあの人数を一気に倒せる手段はなかったのだから。
少年は横になった大きな大きな木をじっと見る。
どんなに長い時間ここで聳えていたのか、それを考えてると想像なんてできない。自分が生まれてから今までの時間の何千倍もの時間を過ごしてきたというのは果てしなく思える。そう思うと人というのは百年ぐらいしか生きることができないからてても儚く見える。
しかしその百年も生きることができない人は沢山いる。それは病気だったり事故だったり様々だ。
ここでこうやって粉々になって動かなくなった人だっている。ここがいくら夢だからといっても命の大切さというのは変わらない。それは夢も外もどこでも同じだ。
「さあ行こう。ここに長居してもよくない」
少年はそう言ってサトシ君の手を掴んだ。目を閉じているサトシ君を導くためだ。
「ねえ、これからどうするの?」
「あの三人を倒さないと」
「それはわかってるけど、もうあの三人がやっつけられたってことはないかな?」
「それはないんじゃないかな」
「……やっぱり?」
「あの三人はサトシ君にとって憎い相手でしょ、だから夢にまで出てきている」
「うん」
「だからあの三人と決着を付けないと悪い夢からは解放されない」
二人は大きな大きな木の横を歩いている。下敷きになった枝はぺっちゃんこになっているだろう。
「……嫌だな戦うの」
「怖いし痛そうだもんね」
「それに勝てっこないもん。ここが僕の夢だとしても」
「弱気になっちゃ駄目だよ」
「でも僕は泣き虫だし弱虫だし、色んな虫が付いているんだもん」
「虫が付いているなら殺虫スプレーをかけようか?」
「そういうことじゃないよ」
「わかってるよ。でもまあ虫なんてすぐに追い払えるよ」
「そうかな」
「ここは夢だよ、何だってできるんだよ」
◇
大型モニターを見ている司会者はニコニコしているが、心の中ではイライラが溢れだしている。
そうなっているのは彼だけではなくて客席にいる人もそうだ。
皆おとなしくしているが心の中ではイライラが爆発寸前だろう。早くこの状況をどうにかしてくれ、誰でもいいからこのイライラを止めてくれ、そう思っている。
ベンチに座って今度は焼きそばを食べているサトシ君のお父さんらしき人も多分そう、お母さんらしき人だってお姉さんらしき人だって。
みんなミンナ何かにイライラしている。だから会場には重苦しい空気が流れている。
一体何故このようなことになっているのか。それはモニターを見ればわかる。
モニターには大きな大きな木が映っていた。
そしてその周りには粉々になった物がある。その粉々になった物は餌を捜しに飛んできた鳥に食べられている。
鳥はだんだん多くなってきて、鳥にとってはここは食べ放題のお店だろう。
その映像を見て女性が泣きだした。
その女性の背中を優しく摩る男性は女性の夫だろうか。そうだとしたら二人は夫婦だろうか。それならばあの映像に映っている粉々になった物は二人の……。
一人が泣けばまた一人泣く。それは連鎖されていく。
さっきまではあんなにも盛り上がっていたのに今は全く違う。
戦いによってこうなることは予想できたはずだ。今更この戦いに後悔したとでもいうのだろうか、このおかしな法律に気づいたのだろうか。
すると一人の男性が立ち上がった。そして司会者へと走って行った。
「お前があんな事言わなかったら巻き込まれなかった!」
男性は司会者に飛びかかろうとしたが警備員に防がれた。
「お前がつまらないイベントなどと言い出すから巻き込まれた!!」
客席はその男性に注目している。
「お前が馬鹿なことを思いついたせいで俺の息子はあの爆発に巻き込まれた!!!」
そして今にも司会者を殴りかかろうとしたが、警備員によって抑え込まれた。三人の警備員が男性を無力化する。
顔を地面に付けられて抵抗できなくされた男性を見下ろすかのように、司会者はニコニコしながら言い放った。
「あなたの息子が巻き込まれた? そんなの知りませんよ」
その言葉に男性は頑張って顔を上げて、司会者をとても怖い顔で睨んだ。
「そんな怖い顔をされても知りません。参加したのはあなたのガキでしょ? そしてそれを促したのはお前でしょ」
その言葉に男性の手足の力が入った。しかし無力化されてるため何もできない。
「私に怒りをぶつけても意味のないことです。戦いによって失った命は誰も悪くないのですから」
ニコニコする司会者、怒りで狂いそうな男性、その様子を静かに見守る客席。
「怒りをぶつけるのだとしたらこの法律を作った政府にですね。でもそんなことをしていいのですか? 政府批判は重罪ですよ、ずっと暗くて臭くて狭い檻の中の人生になりますよ」
その言葉を聞いた男性は放心していた。怒りはどこかに飛んで行って、目線はどこか別の世界を見ているようだった。
「あらまあ何も反論できないのですか? 馬鹿な親ですね、だからあなたのガキはああなったんですよ。国のためにああなってくれて、世界のためにああなってくれてあなたよりもよっぽど偉いですね」
司会者はニコニコしている。その笑顔はとても怖い。
男性はぐったりしていてもう危険は無さそうに見えた。だから警備員は無力化を解いた。そして大丈夫かと声をかけた。
男性は何の反応もなくて本当にどこか別の世界に飛んで行ったようにも見えた。
しかし突然スイッチが入ったかのように力が入って、警備員の間を潜り抜けていつのまにか持っていたナイフを司会者に向けていた。
このままでは絶対に刺す。あの勢いのまま刺したら司会者は無事では済まないだろう。誰もがそう思った。
しかしそんな心配は必要なかった。
司会者がいつのまにか持っていた銃は男性の頭を狙っていた。
そしてニコニコと笑いながら引き金を引いた。勢いよく走ってきていた男性の頭から血が出て、その場に倒れて、動かなくなった。
客席から悲鳴が聞こえる。警備員は何事もなかったかのように男性へと駆け寄る。
司会者はいつも通りの笑顔でマイクを手に取り喋る。
「政府に逆らうとこうなります。賢い皆様ならわかりますよね? 馬鹿だとこうなりますから」
そう言って動かなくなった男性へと指を指す。
「この馬鹿みたいな奴が他にもいるのですかね。それならこの戦いよりももっと多く減らすことができますね」
皆怖いのか黙っている。ちょとでも音をたてたら撃たれると思っているようだ。
「もういいや面倒くさいし。朝からこんなところに来るようじゃ皆さん相当暇ですね、だったらいらないです今すぐ動かなくなってください」
ニコニコしながらそう言って、客席に向けて引き金を引いた。
それを合図にしたかのように警備員も客席を撃つ。止まることがない銃声と悲鳴と笑い声。
笑い声は司会者のもので、馬鹿ばっかり私も貴方もあいつもそいつもと叫んでいる。
逃げ惑う人、倒れこむ人、動かなくなった人、生と死のはざ間に立っている人、警備員に向けてビール瓶を投げて抵抗している人、戦いはここでも起きてしまった。
司会者は笑い続けている。どこか笑いのツボを押されたのか止まる気配がない。
あはは、いひひ、うふふ、えへへ。その姿は狂っているとしか思えない。
そして誰かが投げたビール瓶が司会者の頭に当たる。
頭からは赤い液体が出ていて、それは頬にまで流れてきている。
あはは赤いのが出ています! いっぱい流れてきます! なんだか目の前が霞んできました!
アハハと盛大に笑いながら乱射する。それは警備員にも当たって、敵も味方も関係なしにぶっ放した。
大型モニターはそんなことになっていようと素知らぬ顔なのだろうか、戦いの様子が映っていた。
そこには三人組が映っていた。
少年とサトシ君も映っている。
五人は同じ場所にいた。
その時、大舞台に飾っている大きな鎧の人形の目が光った。




