プロローグ:安定の出会い
執筆に時間が掛かりすぎ、どれだけ時間を掛けても納得はしないものです。
次回よりやっと1話ですよ!ややこしいね前振り!
―世界記録、超えていたと思われる―
月を見ていた性か、瞳は辺りを一段と黒く映す。吐きだした息が白さを纏う。
翠の傘を携えた樹の根元にいた少年の格好は景色に融け込んでいた。
黒い。暗闇でもわかる黒髪、上下黒、夜外へ出たらまず見失う。その左手首には黒と黄色の糸で編み込まれたミサンガが追従している。空を眺めるその瞳は、夜の暗さを映しているわけではない。
湿る足下には霞が敷き詰められていて、足を覆う白いもやはひんやりと寒い。
自分の足すらはっきりと視認できない環境は、サバイバル経験など無きに等しい少年には酷な状況だ。
薄暗い中目を凝らせば、見渡す限り夏に見られる葉桜のような木々の壁。
天井は黒よりも漆黒、ところどころで一瞬音よりも早く趨る稲妻が雲の彩を描く。その中心に不気味に腰を据える満月。
森林の中を縦横無尽に駆けめぐる吹雪に比肩するほどの冷風。
そして、先の見えない焦燥と恐怖、絶望。
「・・・寒っ」
これからのことより、現状を打破する方法を模索した。
薄着のまま零度近い空間に放り出された少年は、まず一歩前に踏み出した。
左足を前方に揚げ、20センチメートルほど先に降ろす。
べちゃっ。
不快な音を立て、水分を含み潤った地面に着陸した。
べちゃっ。
そしてまた一歩。
べちゃっ。
少年は歩き始めた。
自分が歩いている場所が未だ理解できず、どうしてこんなところに自分はいるのか。
誰かに助けてもらえるだろうか、いやむしろ人に出会えるだろうか。
寝ていたベッドで寝ることが出来るのか、泥の上に横にならなければならないのか。
多く、しかし大して気にも留めない疑問の数々を脳裏に抱えながら少年は時々足下に蔓延る苔に滑って転けながらも目的のない前へ足を進めた。
(ホント、ここどこですかー?)
意識が覚めてから、時は如何ほど経っただろう。
30分、1時間か2時間か、はたまた実はまだ5分も過ぎていないのかもしれない。
景色が一向に変化しない。
変化しない、というのは正確な表現ではなかった。現に進む毎に、木々の配列、霧の濃淡、足下に棲む植物の種類等々など・・・。
少年を取り巻く状況が、一切表情を変えようとしない。
少年の首筋から、一筋水滴が伝う。
嫌いなものを不意に見たときの、性格が合わない人と一対一で会うときの、自分の苦手とするものに直面したときの、あの胸の奥からむせ返るような。
広大な森の中で、一人狭苦しい思いを強いられるのだった。
それからまた幾分か過ぎ去り、ようやく変化が訪れた。
(これはー・・・煙、火か?)
ふと目を凝らすと、木々の間から見える向こう側が明るくなっていた。それと同時に仄かな温もりと煤が鼻孔に入る。
「・・・ックシュン!」
鼻がむず痒くなる。
(あー鼻水止まらない・・・、誰かいるのか?)
火のないところに煙は立たぬ、さらに言えば人のいないところで火は熾きない。雷が樹に落ちそれが燃えていたならもっと明るく、他の樹にも燃え移っているはずだと。
無意識に足を速める。やっと人に会えるかもしれないと、少年の萎んだ心に安堵が注がれていった。
一歩ずつ進むに連れ光源はハッキリ、時々揺れているのがわかった。
しかし、妙だ。
少年の脳内に疑問が浮かぶ。
――――なんかデカくなってないか?
足を速めた、とは言っても別に走ってなどいない。時速3kmから4kmになった程度と言って間違いではない、微々たる加速。
さきほどまで歩いていたペースより、明らかに情景の変化が激しい。
さらに周りの霧が晴れ、唇が乾燥し首の後ろが湿っていた。
先ほどまで寒さで震えていた、とまでは言わないが寒かった。
霧がかかった状態で、むしろ水滴が付着するほどに。
ものの数分前はそうだった、少なくとも。
――――暑い。間違いなく暑い。
元凶の向こうに見えた光から2種類の音が聞こえて来る。
メキメキメキ・・・と薙ぎ倒される環境に宜しくない音。
そしてこんな森の中に似つかわしくない乱暴な噪音が近づいてきた。
3秒後には地響き、5秒後には爆発音。
そして6秒後、音源が姿を現した。
優に世界記録は超えていたと思われる。
前傾姿勢で進めば、腰まであるか黒髪が空気抵抗で体の後ろに流れる。
チェックのスカートがこれでもかと揺れ、無垢で健康的な四肢が覗く。
一番上のボタンを掛けたブレザーの上から、ささやかな膨らみなるものが伺えたのは一瞬のこと。
なにより驚くべきは通る道に煙が立ち上っていた。
靴底が地面に着いた瞬間に爆発し、発火と共に凹んでいるらしい。
「迷ったあああああああああ!!!!!」
大声でカミングアウトしながら森を突っ切る、制服姿の少女。その先には棒立ちする少年。
「いやちょっとまグハァッ!!?」
下を向いたまま走る特急少女の頭突きを腹部に直接喰らった少年は、込み上げてくるものを抑えつつ意識を手放した。
次回より1話入ります!そして短い!ゴメンナサイ!