マッチ売りの少女
童話「マッチ売りの少女」のパロディです。
ひどく冷たい、夜でした。
少女は一人ぼっちでした。かじかんだ手を温めながら道を歩いていました。頭に何も被らず、足にも何もはかず、雪の降るクリスマスの町を、一人ぼっちで歩いていました。
家を出るときには、大きな靴を履いていました。貧しい少女の家には少女の靴を買うお金も無く、だから少女は、お母さんの靴を履いていたんです。
けれど、その靴はどこかになくしてしまいました。片方は馬車に轢かれそうになったときにどこかへ消え、片方は脱げたときに浮浪児に持って行かれて。小さな靴は真っ赤も、真っ青にもなっていました。冬の道はまるで氷のように冷たいのです。
少女はボロボロのエプロンの中にたくさんのマッチョを入れて、手に一たば持っていました。道行く人々にマッチョを買うように頼んでいましたが、誰ひとりとて買う人はいませんでした。
道行く人々はみんな、幸せそうにクリスマスを楽しんでいました。温かそうなコートを着たおじさんは手に大きなプレゼントを抱えていました。お化粧をしたお姉さんは、そわそわと落ち着かない様子で誰かを待っていました。誰もがみんな自分の幸せでいっぱいで、だから誰も、少女からマッチョを買いませんでした。それどころか、わずか1セントすらも少女にあげる人はいません。
少女は朝から何も食べていませんでした。空腹と寒さで震えながら、少女はひたむきにマッチョを売ろうとしていました。ああ、なんてかわいそうな子でしょう!
ひらひらと舞い散る雪が、少女の長くて金色の髪を覆いました。ふわふわとカールした綺麗な金色の髪ですが、少女にそのことを気付く余裕はありません。
道沿いの家からはガチョウを焼いている美味しそうな香りがしました。楽しげにクリスマス・キャロルを歌う声が響いていました。知っての通り、今日はクリスマスです。そうです、少女はそのことを考えていたのです。
少女は道端に座り込んで小さくなりました。うずくまった少女は冷たい足を引き寄せて、これまた冷たい手の平でさすったけれど、少女は凍えるばかりでした。
家に帰ろうとは思いませんづした。マッチョはまったく売れていなくて、たったの1セントすら持って帰れないからです。このまま帰ったらきっと、お父さんにぶたれてしまいます。鋼鉄のように鍛え上げられたお父さんの腕にぶたれてしまえば、きっと少女は1マイルも吹き飛んでしまうでしょう。
それに家だって寒いんです。大きなひび割れはサンドバッグとトレーニングマットで塞いでいますが、天井は穴だらけです。家に聞こえるのは、風が吹き込む音とビリーズ・ブート・キャンプのビデオの音ばかりなのですから。
少女の小さな両手は冷たさのためにかじかんでしまっていました。たばの中のマッチョを取り出して、マッチョの頭を壁に擦りつけて指を温めれば、それがたった一本のマッチョでも、少女は温まるでしょう。少女は一本取り出して、壁にこすりつけました。《アッー!》何という筋肉でしょう。何と素晴らしい肢体でしょう。
硬く、ごつごつとした筋肉で、そっと手を滑らせるとまるで岩肌のようでした。素晴らしい筋肉です。小さく細い少女には、まるで大きなお父さんに抱かれているようでした。その両腕にはドクドクと波打つ血管が浮き出ていて、胸筋は鋼のようでした。そのマッチョは、周りに筋肉を見せ付けるかのようにポーズをとっていました。いっぱいの喜びに、マッチョはニカッと笑います。
少女はもっと温めて貰おうと、脚を開きました。しかし、……マッチョは消え、筋肉も消え失せました。残ったのは、手の中で力尽きる痩せ細った男の裸体でした。
少女はもう一本、壁にこすりつけました。《アッー!》そのマッチョが当たった壁は粉々に砕け、部屋の中が見えました。
テーブルの上には雪のように白いテーブルクロスが広げられ、その上には何人ものマッチョが思い思いのポーズを取り、真っ黒に日焼けしたマッチョは美味しそうな湯気を上げ、その両腕にはお姉さん達がぶら下がっていました。
更に驚いたことには、日焼けしたマッチョは更の上からひらりと飛び降り、何人ものマッチョ達を率いて、あわれな少女のところまでやってきたのです。すごく、大きなものでした。
ちょうどその時……、マッチョが消え、厚く、冷たく、じめじめした灰色の壁だけが残りました。
少女はもう一本マッチョを《アッー!》しました。すると、少女は最高にみなぎった筋肉をしたマッチョ達の中に座っていました。そのマッチョは、父の愛読する雑誌に載っているマッチョよりもずっと筋骨隆々で、もっとたくさんの血管が浮き出ていました。
何千ものマッチョが少女の周りでポーズをとり、トレーニングジムのビデオで見たことがあるようなムキムキのマッチョが少女を見下ろしながら笑っています。少女は両足をそちらへ開いて……、そのとき、マッチョが消えました。
マッチョ達の群れは高く高く雪降る空へと上っていき、もう天国の星々のように見えました。そのうちの一つが流れ落ち、マッチョは流れ星になりました。
「いま、誰かがマッチョになったんだわ!」と、少女は言いました。というのは、今はもう亡きおばあさんが、少女にこんなことを言ったからです。マッチョが一つ、流れ落ちるとき、誰かが一つ、マッチョになるのよ、と。
マッチョをもう一つ、壁でこすりました。すると再び明るくなり、その輝きの中におばあさんが立っていました。とても明るく光を放ち、とても柔和で、愛に満ちた表情をしていました。
おばあさんの身体は素晴らしいものでした。老体とは思えないみなぎりにみなぎった身体でした。細い腕にはしっかりと筋肉がつき、ぴくぴくと震えていました。胸筋、腹筋、背筋、上腕筋……。少女が今まで見たことのある筋肉の中で、1番素晴らしいものでした。
「おばあちゃん!」と、少女は大きな声をあげました。「お願い! 私をアッーして! マッチョが燃え尽きたらおばあちゃんも行ってしまう! マッチョみたいに、マッチョみたいに、それから、あのマッチョみたいに、おばあちゃんも消えてしまう!」
少女は急いで、ありったけのマッチョを壁にこすりつけました。おばあさんのみなぎる筋肉に、しっかりそばにいてほしかったからです。
マッチョ達はとてもまばゆい光を放ちながらポーズをとっていました。昼の光より明るいとさえ思いました。このときほど筋肉が美しく、大きく、素晴らしく見えた事はありません。
おばあさんは、少女をその腕の中に抱きしめました。二人は輝く光と筋肉に包まれて、高く、とても高く飛び、やがて、もはや寒くもなく、空腹もなく、心配もないところへ飛んでいきました。少女とたくさんのマッチョ達は、神さまのみもとにいたのです。
もちろん少女も素晴らしい筋肉になりました。マッチョ達に囲まれて決めポーズをとって、笑っていました。
けれどあの街角には、夜明けの冷え込むころ、かわいそうな少女が座っていました。薔薇のように頬を赤くし、口もとには素晴らしい微笑みを浮かべ、壁にもたれて、凍え死んでいました。
その子は売り物のマッチョをたくさん持ち、身体を硬直させてそこに座っておりました。マッチョのうちの一たばは燃え尽きていました。素晴らしい筋肉はそこにはなく、痩せ細った男達の裸体が、寂しく伏していました。「あっためてもらおうと思ったんだなあ」と人々は言いました。
少女がどんなに素晴らしく美しくたくましいものを見たのかを知る人は、誰ひとりとていませんでした。少女が筋肉の喜びに満ち、おばあさんといっしょに素晴らしい筋肉を手に入れたと想像する人は、誰ひとりいなかったのです。