006#
「……で、今の状況を簡単に言ってしまうとだ」
今は放課後。教室に俺はジョンと二人でお互い顔を合わせながら座っていた。放課後なので部活のある人もそうでない人もさっさと教室から出て行き、今は二人だけでつまり、普段の俺にとったら女の子と二人っきりという至極最高に幸せな時間のはずが、俺は眉を上げてため息をついていた。原因はもちろんあのことである。
「竹田ジョンはほんとうは女の子だったと」
「そうだ」
「今までは俺が誤解をしていただけと」
「そうだ」
「つまり今までは女としての行動であったと」
「そうだと言っている」
「そうか、なるほど。……ってなんじゃそりゃああああああああ!」
頭を抱え俺は声を上げる。
そんなもんすぐに納得できるはずないじゃないか!
「なんだよ、今まで俺が考えたことってなんだったんだよ!」
「無駄なことだな」
「バッサリ切り捨てんなよ!」
「ん? 違うのか?」
「……違わないけど!」
「じゃあなんだ」
「ただそのことを直視したくないからオブラートに包んでほしかったってこと!」
「あっそう」
「俺の心はデリケートだから!」
「拳を握りしめ何をおまえは息づいてるんだ」
「な、だからジョン、俺に優しい言葉をかける時だろ」
「そうなのか?」
「そうだよ!」
ふぅむ、とジョンは思考のポーズをとる。
少しの間の後、これか、と手をポンと叩いてなにやら思いついたように顔を上げた。
「おい、髪に寝癖ついてるぞ」
「今言うことじゃないだろおおおおお!」
やはりジョンだから期待してはいけなかった。俺のシャウトにジョンは意に介したように口を開く。
「親切に教えてやったんだぞ?」
「ありがとうッ………!」
「なんで手が震えてるんだ」
「あまりの精神の高ぶりでな……!」
「わしの優しさに感極まったのか」
「違う、怒ってんの!」
「……最近の十代はキレやすいっていうしな」
「なに達観視してんの!? キレる原因作ったのおまえだよ!?」
「あっそう」
「腹立つ……!」
「これだから十代は」
「おまえもだろ!?」
そんなこんななグダグダな時間が続いた頃。窓から差し込む薄いオレンジ色の光が地面に模様を描く。外からはどこか運動部のかけ声が聞こえた。声だけでどれだけ真面目に部活に励んでいるかが伝わってくる。
そういえば、と俺は思った。そういえば俺は部活に入りたいと思っていた。一生懸命さ、青春、そんなものが手に入るような、部活に。前の高校では結局すべてを掴めずに終わった、その時間を味わいたくて。自分だって手に入れることができるって証明が、できるのかなって……。
「………。」
「……おまえ」
「? なんだ、ジョン?」
ジョンに呼ばれ意識が帰った俺は問い返す。すると意外なことに、ジョンの顔に静かで、それでいて憂いの表情が浮かんでいるのに気がついた。光がジョンの姿をさらに神秘的に映し出す。瞳は真剣そのもの。俺はまるでその瞳に吸い込まれるかのように、自分でも気づかぬうちに見惚れていた…。
軽く髪を撫で、ジョンが顔を動かす。するとここの空気が一瞬にして霧散した。確認するようにジョンの瞳を確認すると、いつもの気怠げな表情が戻っていた。
「? なんだおまえ、何でわしを見つめてるんだ」
俺の視線に気づいたジョンは不思議そうに声を上げる。その声で自分がずっと見つめていたということを知った。
「あ、いや、なんでもないんだ」
と恥ずかしさに顔を少し赤くして慌てて目をそらす。
恥ずかしさって言うのは、決して俺が女の子慣れしていないとかそういったのが理由ではないからな!
ジョンは首をかしげたが、何事もなかったかのようにすぐ会話を再開する。
「それでおまえの名前はなんだったっけ?」
ジョンのあまりのマイペースぶりに脱力しそうになった。ジョンが不思議な子だというのは今に始まったことではないが…。俺は呆れながら言葉を発する。
「朝みんなの前で自己紹介したんだけど」
「聞いてなかったな」
「……。」
うん、ジョンだから仕方ないか……。
渋々と答える。
「竹田佑一だよ」
「む」
俺が名乗ると、ジョンが眉をピクリと動かした。
「今なんと言った?」
「え? 竹田佑一と言ったが」
「それはほんとか?」
やけにジョンが食いつく。
「お、おぅ…」
「姓は竹田か?」
「あぁ」
「横山とかではなく?」
「どんな間違いだよ。原型さえ残ってねぇよ」
むむむ、とジョンは唸る。
どうしたんだ、こいつ? 訝しむ目をジョンによこすがそれには気づかず、おもむろにジョンは立ち上がった。
「おまえ、来い」
そう言ったかと思うとジョンが俺の襟をつかみ歩き出した。
「ぐえっ」
そして当然その格好で引きづられると俺の首は絞まるかたちとなる。
「お、おい、ジョンっ…! 一体どうしたんだ!?」
「……。」
しかしそれには答えず黙々とジョンは廊下を進む。息がつらいので試しにジタバタと暴れてみたが、ジョンの手をふりほどくことは叶わなかった。というかジョンの握力凄まじすぎる……。
~~三分後~~
「ぷはぁっ…!」
立ち止まりジョンがやっと俺を解放したのは、俺がもうじき本気で三途の川が見える二歩手前まできていた時だった。自由になった瞬間目一杯空気を吸い込む。何度か呼吸を繰り返す。
あぁ、空気ってこんなにおいしかったんだ……。
「っておい、ジョン! 貴様なんのつもりだ! 死ぬところだったぞ!?」
「……。」
抗議の言葉を言うがあえなくスルーされる。ジョンはある部屋のドアを見て、止まっている。
……これは怒ってもいいよね? そういう流れだよね?
再度言葉を口にしようとすると、コンコンとジョンがドアをノックした。
「おーい、新入部員確保ー」
そんな意味不明な言葉を言う。
「おおー、ジョンほんとなのー?」
「さすがです、ジョンさん」
部屋から二人の女の子の声が聞こえてきた。理解できない展開でぽかんとしてしまう。
くるりと俺の方へ向き直り、ジョンが手で部屋に入れとサインを送る。俺はひょろひょろと立ち上がり、まずは状況を整理するつもりでこの部屋がなんなのか知ろうと思った。ん? そこでドアの上にプレートがついているのが目に入る。プラスチックで割れてて安っぽいぼろぼろな看板。
なになに、なんて書いてあるんだ…?
見上げるとそこには―――
【竹田同好会】
という羅列が並べてあった。
え? 竹田同好会、だって……?
「ジョン、これは一体……?」
あまりにもわからなすぎて、ジョンに問いかけていた。
だって竹田同好会だと…? 同好会でたとえば、スキー同好会や将棋同好会なら分かる。だが竹田同好会…? 人名じゃないか、どういうことなんだ。
俺の疑問になんでもない風にジョンは応える。
「ここは竹田が集まる場所だ。おまえの名前は竹田だった。だから連れてきた」
まったくもって意味不明。
しかし意に介すことなく、ほらほら、とジョンが俺の背中を押し部屋の中に入る。
ぼろの看板から想像される室内とは異なり、部屋の中はものがたくさんあり、意外ときれいに整頓されていた。物置や観葉植物、キッチンまで配備されている。真ん中には長机が配置されており、そこには先ほど聞こえてきた女の子二人がいた。
一人は腰くらいまでの長さの明るい色の髪に明るい元気な感じの女の子で、もう一人は小さく二つ結びした同じく明るい色の髪に無表情で物静かそうな女の子。二人とも、俺を見るなり立ち上がった。
長い髪の子が言う。
「ようこそー! この同好会へ」
二つ結びの子が言う。
「初めまして。ようこそ、歓迎します」
目を白黒させる。
な、なんだ、何が起こってるんだ…?
まだ状況が把握できていない俺に向かって、ジョンがにやっと笑った。
そしてとんでもないことを口にする。
「ということだ。これからよろしくな、新入部員よ」
かくして俺の新しい学校生活が劇的なかたちを持って、幕を開けたのであった……。
これで一章は終わりです。
次からはこれを読めば、どの話に分岐してもおおよそ分かるような内容にしようと思っています。
これからよろしくお願いします。