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竹田と竹田と俺、竹田。  作者: 蒼衣
第一章 俺と竹田が出会った日
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004#



 授業二限目の最中、もやもやした頭で俺はあることを思いついた。

 そもそも俺がもやもやしていたのは、竹田ジョンの事なのだ。竹田ジョンが教科書を貸してくれなかったせいで、結局一限まるまる入れ歯探しに使わされてしまった。それだけならまだいいものの、初日だというのにクラスメイトから浮いてしまい、教師達からは目を付けられる始末。

 はぁ…、溜息をついて窓を見――ようとして、ふとそこで思いついたのだ。


 そうだ!

 竹田ジョンの弱味をこちらが握ってしまえばいいんだ!

 そしたら、こんなことされずにすむよね!


 俺はいかにもな悪人面でうししと笑う。

 

 さぁて、見てろよ竹田ジョン。

 いい気になっているかどうかは分からないが、偉そうな態度をしていられるのも今のうちだ!






 三時間目の時間中、クラス担任でもある竹本マイケルが教壇に立っていた。朝の時と変わらず嫌にぴっちりした制服を着て、教科書を読んでいる。時折顔を上げてはクラス全体を見渡し、生徒に質問を出していた。

 俺はその時間、いかに竹田ジョンに復讐するかを考えていた。

 竹田ジョンってなんか生態がよく分からないんだよなぁ…。

 だから何するのが一番なのかとは分からないし…。

 

 そしてちらりと横目で竹田ジョンの姿を確認すると、

 なんと竹田ジョンが熱心にノートを取っていた。

 何、あの竹田ジョンが真面目に授業を受けている、だと…?

 それに少なからず驚き、動揺を隠せない。さっきまで見ていて、寝てるか、外を上の空で眺めているかだった竹田ジョンが、ガリガリとペンを走らせている。それも至極真面目な顔で。

 一体何を書いているんだ…?

 俺はおそるおそる竹田ジョンのノートを盗み見をする。

 すると、そこには歪な形をしたミッキーマ○スがこちらに向かってピースをしている絵があった……。

 ……うん、見なかったことにしよう。

 なにかいけないものを見たような気がする。

 俺は心を無にして、自分の世界に戻ることにした。





「―――であるからシテ――、なのデス。それで―――」


 先生の声が耳の右から左へ消えていく。

 もはやその声は、俺の思考用BGMと化していた。

 一応建前としてノートは机に開いて置いてはいるが、タイトル以外はなにも書き込まれていない。まぁもし必要になったら、クラスの人に貸して貰おう。……貸してくれたらの話なのだが。


「―――は染色体の中で使われているものは――。―竹田君、これはなんデスカ?」

「……え」


 俺が名前を呼ばれていたことにようやく気づき、顔を上げると竹本マイケルが満面の笑みでこちらを見ていた。

 冷や汗をかき、体を硬直させる。

 しまった、当てられてしまった。

 授業のことなど聞いてなかったので、当然答えなど分かるはずもない。

 竹本マイケルは笑顔でこちらに答えの催促を促す。

 …ど、どうしよう……。

 どうやってこの窮地を抜け出せば…。


 無い脳みそをフル回転させている最中、ひょうひょいと動くものが視界に入った。

 そちらに視線を移すと、それは竹田ジョンの手で、こちらになにやら合図を送っている。口が小さく動いた。


『助けてやろうか?』

『え?』


 どういう風の吹き回しなのだろうか。

 竹田ジョンが自ら手伝い役を買って出てくれた。

 今までの行動を振り返るとそれは怪しげな行動ではあったが、今は藁にも縋りたい状況なので、俺にとっては願ってもない事なのだ。

 よし、ここは信じてみよう…!


 俺が小さく手を合わせて懇願をすると、竹田ジョンはぼそりと言葉を呟いた。


『ダレイオス一世だ』

『分かった、ありがとう!』


 教えてもらうと同時に俺はバッと顔を上げ、竹本マイケルを見る。そして大きく口を開いて、堂々と答える!


「はい! ダレイオス一世です!」

「竹田君………、化学の時間になんでダレイオス一世が出てくるんデスカ…? 人間の染色体の中にダレイオス一世が住んでいるのデスカ…? 僕はそれはとても恐いと思いマス…」


 竹本マイケルに可哀想なものを見るような目で見られた。

 これはほんとに心にグサッとくるものがあった。


 隣を見る。

 竹田ジョンがお腹を抱え、くすくす堪えた笑い声をあげていた。

 ち、ちくしょぉぉぉおおおおお………。

 窓から入ってくる風が妙に寒く、心が冷たくなるように感じる。

 俺は本気で竹田ジョンをぎゃふんと言わせてやろうと、決めた。










 そして三時間目化学終了後、十分間の休みに早速俺は行動に移す。

 竹田ジョンに恥をかかせてやるのだ…!

 この屈辱は忘れないぞ…!


 作戦名は【バナナの皮で滑って転んだら痛いぜ!】である。

 その名の通り、これからバナナの皮を竹田ジョンが歩く廊下にこう上手い具合に設置をする。ちなみにバナナはわざわざ購買で買って、食べてわざわざ用意したものさ! すごいだろう、俺の執念! わーはっは! ……このやる気が勉強だったらな、は言わないお約束さ!


 おっと、そんなことを考えている内に竹田ジョンがこちらへ歩いてきた。

 俺は俊敏に体を動かし、バナナの皮を何気なく落とす。ちなみに何気なくが重要なポイントだ。そしてサッと体を廊下の柱へ隠した。

 さぁて、竹田ジョンはこの窮地にどう対処する…?


 始め竹田ジョンはバナナの皮の存在に気づかなかった。だが距離が狭まるにつれ、あれ? という顔になる。

まさか、……もうバレてしまったのか…? 緊張に唾を呑む。

 竹田ジョンはバナナの皮の前で完全に立ち止まった。思案顔になり、持っていた小物が入るくらいの大きさの手提げバックに手を突っ込み、ゴソゴソと中身を漁る。

 何をやってるんだ? 俺の方が訝しむ。

 だがそれにもお構いなしで、竹田ジョンは何かを探す。そしてお目当てのものを探し終えたのだろうか。ふぅ、と安堵の息をついた。


「なんだ、これはわしのじゃないな」


 お前は自分のバナナが盗まれたかどうかが心配だったのかよおお!

 つーか、お前はいつもバナナを常備してんのかよ!

 どんな高校生だよ!


 俺は衝撃の事実に目を剥いた。

 が、それも意に介した様子もなく、竹田ジョンは満足げに歩き去ろうとする。

 しかしその目の前にはイチゴのヘタが落ちていた。


「あ」


 つるっ――効果音が聞こえ、竹田ジョンが廊下にあったゴミ箱を巻き込むくらいに盛大に転ぶ。


 なんでだよおおおおおおおお!!


 俺は内心でシャウトする。


 意味分かんねぇよ!

 なんでイチゴのヘタで転ぶんだよ!

 つかイチゴのヘタって本来転ぶものだっけ!?

 バナナの皮は見切ったくせに、どうしてこれは見切れなかったんだ!


 転ぶ、というよりすっ飛んだ竹田ジョンは痛つつ…と起き上がる。

 当然凄まじい転びをしているのだから、廊下にいた他の生徒達は何事かと集まっていた。

 それに気がついた竹田ジョンは羞恥でさっと顔を赤くさせる。だがその後、まるで何事も無かったかのようにコホンと息をついて、優雅に廊下を歩き去った。

 だが背中にゴミ箱のゴミのバナナの皮が張り付いていて、どうにも締まりがなかったが。










 さて驚きだった休憩時間を終え、今は四時間目の授業に突入していた。

 若い女の先生が片手にチョークを持ち、説明をしながら黒板に文字を書き足していく。すでに授業は終盤に入り、黒板の八割はびっしりと文字で埋まっていた。

 今回は教訓を生かし、俺は黒板の板書をノートに走り書きをしていた。頭に内容は入ってはいないが、それでも何もしないよりはマシだろう。そんな考えで今に至っているのだが……


「すぴー……。すぴー……」

「……。」



挿絵(By みてみん)







 隣の竹田ジョンの寝息がとにかくうるさい。

 教科書を見せて貰っているので席はくっついている。だからなのか余計に竹田ジョンの寝息が耳に入る。

 うるさいなぁ……。

 少しウンザリした顔になりながら、顔を横に向ける。

 隣の席には机に置いた腕に顔を埋めて眠っている竹田ジョンの姿があった。


「………。」


 閉じられたまつげは長く、唇は艶のある桃色、前髪はサラサラで額を撫でる。

 ね、眠っている時の顔は可愛いんだな……。

 可憐の二文字がよく似合いそうな寝顔をしている。

 心地よく寝ているのか、時折唇をむにゃむにゃと動かしている。

 ……口を閉じて何もしなければ、可愛いのになぁ…。あ、あと女の子だったらだけど。


 じっとその顔を眺めていると、ちょびーとイタズラ心が湧いてきた。

 鼻でもつまんでやろうかな…。

 俺はイタズラ心に動かされ、音を立てずに少しずつ竹田ジョンに近づく。手を伸ばし、あと少しで届きそうになったところで、


 ゲシ、という音がし、背中に衝撃が伝わった。


「…へ?」


 予測できなかった展開に目を丸くする。

 その衝撃の主は一体何だったのか目を動かしてみると、下の方でちらりと動く竹田ジョンの足が見えた。

 もしや竹田ジョンが危険を察知して、俺を蹴った…?


 再び竹田ジョンの顔を見る。


「……むにゃ」


 ぐっすりと眠っているようだ。

 とても起きているようには見えない。

 じゃあさっきのはたまたま……?

 

 うーん、やっぱりたまたまだよね。そんな気づくなんてこと、いくらなんでも竹田ジョンだからといってもそんな人間離れしたことはないよね。

 俺は頭を振るい、気持ちの切り替えをする。

 ま、そんなこともあるさ。

 ……うしし、ではもう一度と……。


 もう一度手を伸ばし、鼻に近づいた時。


 ドカァンッ―――竹田ジョンが俺を教室の反対側まで蹴っ飛ばした。


「ぐはっ」


 俺はあまりの衝撃により、息ができなくなる。

 クラスみんなが何事かと驚愕した表情を浮かべている。

 記憶が薄れゆく中、竹田ジョンの寝顔が視界にちらりと入り、そしてそこで俺の記憶は途絶えたのであった。







 これは後で聞いた話なのだが、あの時竹田ジョンは本当に寝ていたらしい。他の人に問われても、「さぁ?」と本気で覚えのない様子であったそうな。

 保健室で目を覚まし、教室に帰ることを許された俺は竹田ジョンのその状態と、破壊的な脚力を思い出し、身震いをしながら教室に向かうのであった……。











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