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竹田と竹田と俺、竹田。  作者: 蒼衣
第一章 俺と竹田が出会った日
3/7

002

 ♪♪♪~~


 クラシックの音楽が鳴る。

 校内放送で流れている。

 確かこの曲はベートーベンの……


 はっ!?


 とそこで俺の意識が戻った。

 どうやら俺はショックを受けて、意識が飛んでいたようだ。


 教室の前の壁についている時計を見る。

 今は八時四十分の二分前だった。

 さっきクラシックが流れたのは、生徒達に授業が始まることを知らせる予鈴だったようだ。

 俺の予想は正しいらしく、実際にクラスメイト達が次々と音を聞き、自分の席に着いている。


 授業の開始は四十分。

 この学校の予鈴は二分前。

 よし、覚えたぞ。授業に遅れないようにしよう。





 さて、そんな風に考えていた時だ。

 ガタ、と隣の椅子が動く音がした。

 隣に顔を向けると、そこにはあの竹田ジョンが椅子を引いて、腰を下ろしたところだった。


 どうやら竹田ジョンは前の席のロングヘアーの女の子と仲が良いらしい。

 二人で先ほどもどこかに行っていたようだ。


 あぁ、竹田ジョンはなんて可愛いんだろう…。

 こいつ、ジャージ姿だけどそれさえもまるで衣装のように栄えるなぁ…。

 いいなぁ……。


 ん……?

 んん…………?

 

 長い沈黙をして、そしてはたと気づく。


 あああああああああ!!

 思い出した! 今さっきあった会話を思い出した!

 そういやこいつ、竹田ジョンは男だった!


 俺は記憶を取り戻し、わなわなと震える。


 美少女ではなく美男子だった奴だ!

 くそう、こんなに可愛いのに女の子じゃないなんて!

 しかもお約束がお約束ではなかったのだ!

 普通にここは美少女が来るところだろう!


俺は頭を抱えて、内心では吠えまくる。


 何だよ、もうライトノベル的話にあるまじきだよ!

 まぁ竹本マイケルって奴がいる時点であやしいなとは思ったけども!

 ちょっと、あれ、これ、違くね? とか思ったけども!

 この俺の怒りは一体どこにぶつければいいんだぁぁあああ…!

 竹田ジョンとか…! 竹田ジョンとか……!


「あれ…、竹田ジョン……?」


 そこで俺はふと動きを止めた。


 え、ジョン?

 この子の名前って竹田ジョン?

 外国人なのか?


 気になってちらりと隣を見てみた。

 ……が、どう見ても外国人っぽくは見えない。髪は黒だし、顔立ちも純日本人っぽいし。

 じゃあ何故竹田ジョン?

 なにか深い理由でもあるのだろうか。


 俺はちょっとそれに興味を持った。

 ま、いわゆる好奇心が芽生えてきた。

 せっかく席隣なんだし、訊くくらいは訊こうかな。


 時計の針を見て、まだ授業が始まるまでに時間があるのを確認してから、俺は隣の竹田ジョンに声をかけた。


「なぁ、おい」

「……。」

「おいってば」

「………。」

「竹田―――、竹田ジョン―――」

「ぬ?」


 三回呼びかけて、やっと気がついたようだ。こちらを見る。

 やっぱり可愛い。あぁ、もったいない。もったいないよ。

 こんな美人なのに、これで男とかもったいないよ!


「どした?」


 はっ、と声を掛けられ俺は正気に戻る。

 今はそんなことを考えている場合ではなかった。

 それに今更性別を悔やんだところで仕方のないことだろう……。


 …さて、知りたかったことでも訊くか。

 どうせ男同士なんだ。仲良くやりたいしね。


「ねぇ、君ってさ」

「?」

「名前、竹田ジョンなの?」

「……………。うん……」


 応えるのにまた随分と時間がかかった。

 なんだ、言いたくないことなのか。それとも本当に何か海より深い理由があって?

 うわぁ、まずいこと訊いちゃったかな…。

 もしもそうならば、謝らなければならないだろう。


「ごめんな、変なこと訊いて」

「ううん、別に平気だ。気にはしてるけどな」


 気にはしてるんだ。

 じゃあ全然平気じゃないじゃないか。

 内心でつっこみを入れる。


 もう少し俺が会話を続けようと口を開きかけた時。




 ♪♪♪~~~


 授業の開始を告げるチャイムが鳴り響いたので、俺は話しかけるのを止め、それは次の休憩にでもしようと脳内チェンジをした。


 だがしかし……!

 チャイムが演歌っていったいどういうことなんだ…!

 予鈴はクラシックで何故チャイムは演歌なんだ…!

 意味が分からなすぎる…!


 俺は焦ってクラスメイト達の姿を見ていた。

 だが誰しも教科書を用意したり、号令をするために椅子から立ち上がったりとして、まったく動揺する素振りを見せなかった。慣れているのかむしろこれが当然だと言わんばかりに。


 あの……、

 俺、ここで上手くやっていける自信ないです。


 そんな俺の一回目の授業開幕であった。











『枕草子』――そう黒板の端に今日の授業の題材が書かれている。

 そしてその通りに、一限目の授業は古典であった。


 古典の先生は白髪でよぼよぼ、腰が曲がったおじいちゃん先生で、今も震える手で黒板に字を書いている。

 ……大丈夫なのだろうか…。

 この先生とは初対面だが、心配をしてしまうほどであった。

 というか何故この学園はそんなおじいちゃん先生を雇ってるんだ…。

 訳は分からなかったが、もはや今更つっこむ気も起こらなかった。

 まぁこの学園自体おかしいしな…。




 それは置いておくとして、今俺は切羽詰まった問題があった。

 なんと転入初日に、教科書を忘れてしまったのだ……。

 ……うん、分かってるさ。俺がバカだって分かってるさ。

 分かっているのだ。

 というか持ってきた鞄が「あれ、何でこんなに軽いんだろう?」とか思った時に気づかなかった俺がいけないのだ。

 …あぁ、どうしような、マジで……。


 俺は隣の席をちらりと見る。

 竹田ジョンは…、一緒に見せてくれるだろうか…。

 あやしいなぁ…、ていうか俺が勝手に苦手意識を持ってしまっているのだ。

 だって女の子だと思ってたしなぁ…。


 だがここでめげないのが俺!

 きっと竹田ジョンであろうがどんな人であろうが、困っている人がいたら見て見ぬふりなんかできないはず!

 それに転校生の俺の事情は分かるはずだから、きっと快く見せてくれるよね!


「あ、あのさ、竹田ジョン」


 一応授業中ということもあり、俺は小声で話しかける。


「ん。なんだ」


 幸いにもすぐに竹田ジョンは気がついてくれた。

 俺はそのまま交渉に入る。


「俺さ、教科書忘れちゃったんだ。だから見せてくれたら嬉しいな~、なんて…」

「……む」


 すると竹田ジョンは思考のポーズをとる。その間一秒。


「嫌だ」

「なんで!?」


 きれいさっぱり切り捨てられてしまった。


「なんでって……、おまえ、変な考えしてそうだから、近寄りたくない」

「………。」


 指摘されて否定できない自分がいた。


「ほらな。沈黙ってのは肯定だろ?」

「ぐっ……、そ、そんなことはないってば」

「ほんとか?」

「いや、でも今回はほんとうに違うんだって! 今回はリアルに困ってるんだって」

「今回は?」


 ジト目で竹田ジョンに見られる。

 …あ、なんか墓穴掘ったね、今。

 うん、俺あまりにも素直すぎたからね、嘘が言えないんだね、あはは…。

 なんて痛々しい笑いをしながら、それでも俺は粘る。


「でもこれは授業に関係のあることなんだ。だからこの通り、な?」


 俺はおじいちゃん先生に見えないように小さく手を合わせる。

 ふぅ…、そんな俺の様子を見て竹田ジョンが小さく溜息をついた。


「しょうがないな、まったく…」


 了承を得ることができたみたいだ。

 よかった、これで今日の授業はなんとか凌ぐことができそうだ。

 そう俺が胸をなで下ろしていると、


「三秒だけだぞ?」


 やれやれと竹田ジョンが言う。


「うん、ありがとうね。……って三秒だけ!?」


 驚愕の出来事に俺は目を見開く。


「それ何も見えないよね!? 三秒で得られるものってないよね!? あと何でお前のために折れてやったよ的な態度なんだよ! 全然折れた範囲じゃないよ!」

「文句言うなよな」

「そりゃあ確かに見せて貰う分際ですけど! でも三秒はあんまりじゃないでしょうか!?」

「あー、もうおまえ面倒だな…。しゃーないなー」


 そして竹田ジョンは渋々というように机を俺の席に近づける。

 嫌々ながらも一応は聞いてくれるんだ…、まぁ助かるけどさ。


「ほら」


 そして二つの机の真ん中に教科書を持ってくる。


「ああ、ありがと―――」


 と俺が教科書に顔を覗き込ませようとしたら、


 ちらっ パタン


「…………あの…?」


 コンマ三秒くらい開いてから、竹田ジョンが開いていた教科書を閉じた。


 俺は呆然として竹田ジョンを見ると……。

 してやったりの笑みを浮かべていた。

 …ほんとこう、悪ガキみたいな顔で。


 う、うぜぇええええええ……。

 竹田ジョンウザイよ…、精神年齢が低すぎるよ…。

 それして喜んでるのって小学生くらいなんじゃないかな。


 この竹田ジョンという奴は…。

 だがしかし、このような相手だからこそこちらが大人にならなければならない。

 そうさ!

 俺が紳士な態度で接してやればいいのさ!

 まったく、しょうがないなっ。

 俺が手で髪をふっと揺らすと、隣の竹田ジョンが「おまえ、きもいな…」と言っていたが、それはこの際聞かなかったことにしよう。








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