時を越えた想い
その宇宙人は大変悩んでいた。彼はボリノン星人。職業は売れないコメディアンであり、様々な惑星を巡り回って芸を披露する事を生業としている。
しかし今回、彼は非常な不運に見舞われた。ガボル星での惨めな営業を終え、個人宇宙船で次の目的地に向かう途中、突発的なワームホールに出くわしてしまったのだ。ワームホールとは遠く離れた場所を一瞬にして行き来できるトンネルのようなものであり、常に決まった場所に存在するものもあれば、突然現れ消えるものもある。
彼の船は辺境の宇宙へ飛ばされ、とある惑星に不時着した。
「困ったなぁ。とんだところへ来てしまったぞ。宇宙船は故障してしまったし、こんな星図にも載っていない最果ての星に救助隊が来てくれるわけもないし……。だいいち通ってきたワームホールもすぐに消えてしまった」
さらに不運な事は、この星の大気は彼にとって有害であり、宇宙船内の空気はあと三ヶ月程度しか持たない事だった。
「凝縮食料は十分あるが、空気がなくてはどうにもならない。あとは死を待つばかりか」
しかし僅かばかりの幸運もあった。彼の種族は生に対しての執着がなく、死を少しも恐れたり悲しんだりしないのだ。
「見知らぬ辺境の地で果てるも運命。しかし俺のギャグが人知れず消えてしまうのは何とも残念だ。まだ披露していないネタも沢山あったのに」
彼は売れないながら生粋のコメディアンであり、芸一筋に人生を捧げてきた。そんな彼がこれまで全く受けなかったとはいえ、自分のギャグを後世に伝えずに死ぬのはさぞや心残りであろう。
彼は最初、宇宙船のコンピューターにありったけのギャグを記録しておこうと考えた。万が一にも将来ここを通りかかった宇宙船に見つけてもらえる可能性があるからだ。
しかしそのアイデアも無駄に終わる事がすぐにわかった。この星の大気は彼の宇宙船を構成する金属にも悪影響を与え、一年もすれば完全に朽ち果ててしまうからだ。
彼は絶望に打ちひしがれた。辺境の星で死ぬ事に対してではない。自分のギャグを誰も聞いてくれない事に対してだ。
彼は必死に手段を考えた。何かいい方法はないのか。長い間、自分のギャグを保存しておく妙案はないのか。
この星の住人に記録してもらう事も考えた。しかし調査の結果、一番高等な種族でも低レベルの段階であり、文明と呼べるものは微塵も存在しなかった。彼の「高尚」なギャグが理解できるはずもない。いや、言葉すら通じないだろう。
万策尽き、彼はあきらめの境地に至った。そうなると残りの時間をどう過ごすかが問題になってくる。死を恐れない彼にすれば、嘆き悲しんで時間を無駄にする事もない。売れないながら根っからのコメディアンである彼は、残された日々を新しいギャグ作りに費やそうと考えた。
「せっかく辺境の星に不時着したんだから、この星にちなんだギャグがいいなぁ」
彼は船のセンサーを総動員して、この星について調べ始めた。様々な生物、地形、周りの星々。様々な事がわかる中、彼は意外な発見をした。この星の一番発達している種族は、彼とは似てもにつかず、しかも現在のレベルは非常に低いものの、脳がかなり発達していると判明したのだ。
「彼らの脳を利用できないか」
ボリノン星人は生物の脳の構造を詳しく研究し、絶滅せぬよう進化を妨げない程度にその脳を利用する方法を見つけだす。彼は宇宙船の護身用ミサイルを改造し、その先端に自分のギャグをありったけ詰めた装置を搭載した。このミサイルが星中をかけ巡り、装置からの特殊電波でこの生物の脳の一部にギャグの記憶を刻みつけるのだ。そしてその記憶は世代を越えて遺伝する。
「この想い、時を越えて同胞に伝わりますように」
ミサイルを発射した彼に、もう思い残す事はない。彼は静かに最後の時を迎え、やがて宇宙船もろとも砂塵と化した。
時は遙かに巡り、惑星に繁栄の時が訪れる。ボリノン星人が予測したように、かの生物は順調に進化し、この星の支配者となった。そして今日は世界中が注目する一日となる。
「世界の皆さん。今まさに全人類共通の謎が解明されようとしています」
国連の科学者代表が、TVカメラに向かい厳粛に話し出す。
「ご存じのように人間の脳は数パーセントしか活動しておらず、残りの部分は眠ったままです。しかし、ついにその部分を呼び起こす事に成功しました。このボタンを押すと世界中に設置された機械が動き出し、皆さんの脳の眠っていた部分が目覚めます。きっと素晴らしい事が起きるでしょう。ではカウントダウンに入ります。3・2・1……」
END




