クラムボンは山梨の夢をみたか?
二人で道をあるいていた。店じまいをしてついでに明日の仕込みも
済ませたから、今は確実に午後十時を過ぎていた。
最後まで残っていた、パートの山本さんと帰る道は一緒だった。
さっきまで職場で、ピカピカと光る蛍光灯に全身を照らされていたので、外がこれほどまでに真っ暗なことに違和感を覚える。帰り道を照らす懐中電灯が僕たちの命綱だ。
僕とやまもとさんは古い住宅街の中へ、ひっそりと伸びている道をゆっくりと歩いている。暗いですね、そうですね。と時々言葉を交わす。
「家近いんすか?」と聞いたら、やまもとさんは
「あと10分くらいですぐ。」と言った。
「GWどっかいくんですか」
「山梨にね。」
「山梨すかー。」。
山梨。僕は山梨についての知識を脳みその中からかき集める。山梨。富士山。自然。樹海。クラムボン。やまなし。宮沢なんとか。
「たしか、宮沢賢治の出身地でしたよね!山梨って!。」
やまもとさんは小鳥みたいな笑い声を上げた。
「あのひとはね、岩手のひとよ。あそこもいいわよね。冬に行ったら寒いけど。」
僕は勘違いを恥じた。馬鹿ですんません等と言い訳する代わりに、山梨のどこに行くんですか?とやまもとさんに問う。
「友達にね、あいにいくの。そのひと農業をやってて。遊びがてらにお米の苗床のお手伝いするの。」
肥料をまいて、水をやって、新芽がしっかりと根をはるように苗床の土を指でギュっておさえていったり。若い人には興味ない話かなあ?
「まあ友人は手伝え、なんて一言も言ってないの、私が好きなもんだから勝手に来てやっているだけ。」
農業好きなんですか。僕は少し驚いた。やまもとさんは小柄で色も白い。職場での振る舞いは50代の既婚者とはとても思えない程世間知らずだ。だから先程のやまもとさんの告白は少し衝撃だった。
「植物が好きなの。それを扱う作業も。だから将来は田舎に引っ込んで農業。ってね。アナクロなことよく考えるの。」
僕は「あなくろ」の意味が良くわからなかった。きっと昔の言葉だと思う。やまもとさんの将来の生活については、とても良いな。と思った。
僕は植物といったら花屋に飾られた、まるで造花のような出来のいい花。街路樹や、雑貨屋で売ってあるサボテンしか思い浮かばない
またたく間に僕の中で山梨が、見たこともない植物達に溢れたユートピアになっていく。無限に広がっていく田んぼ、緑の海の中で、一人苗を植える。やまもとさん。
「僕もそこ、連れてってください。」
やまもとさんは簡単にいいわよと言ってくれた。
よっしゃ! と僕は叫んだ。
そのとたん、GWに友達と横浜の中華街に行く約束を思い出してしまって僕は懐中電灯を持ったまま立ち止まってしまった。
「どうしたの?」と先を急いでいるやまもとさんが尋ねる。
暗闇の中、懐中電灯の光に照らしだされた山本さんの体の輪郭はとても綺麗で、足がすくんで動けない。