第一章
春夏秋冬なつみは、とてつもないカリスマを所有している――当然のようにクラスの人気者であり、お願いされたら断れそうにない雰囲気と言うかオーラが彼女を纏い、上から物を言う偉ぶった人間かと思うと意外とおしとやかだったり、非公式のファンクラブが存在するという噂も聞いたことがある。それに何より、非公式のファンクラブがあるほど美人である。「美人である」という表現は作者の語彙の少なさが窺えるので、もう少しがんばって表現してみると、容姿端麗で彼女の笑顔は百花繚乱の様である。四字熟語を駆使するあたりが頭の悪さ全快だが要は、万人受けの超絶美形なのだ。そんな春夏秋冬とは、一年の時同じクラスで、どうやら高校生活二年目の今年も同じクラスのようだ。今年もまた、去年彼女が見せてくれた、いや魅せてくれたカリスマを存分に近くで拝見できるのかと思うと心が少し晴れた。
晴れた、と言うからには天気が悪かったわけで、それが雨だったのか曇りだったのか、または雪でも降っていたのか――どちらかと言うと、どよ~んとした曇りが最適な表現だ。なぜなら、オレには友達と呼べる人間がいない。
一人も、いない。
相手は友達と思っているかもしれないけれど、少なくともオレが友達と思っている人間は一人もいない。だから、クラスの隅で春夏秋冬のカリスマっぷりを拝見するのが僕の楽しみだった。
言うなれば、春夏秋冬のカリスマがオレの唯一の友達だった。
だから、今年も春夏秋冬と同じクラスだと知った時は、血沸き肉躍る、いや笑顔沸き心躍るテンションだったのは偽りのない真実である。
だから
だから、新学期に彼女の姿を見つけた瞬間、カリスマも満天の笑顔も跡形なく消え去っていた事に衝撃を受けた。
人間不信になるんじゃないかと思った。
最初に誤解が生じないように言っておくと、オレが通っている高校は、日本では珍しく九月から新学期が始まる。アメリカやオーストラリアの様に。つまり、夏休み明けから新学期が始まる、という少し特殊な学校なのだ。
「何じっと見てんのよ」
そんな夏休み明けの新学期初日、クラス変えも無事に終わり、果たして神はどのような生徒の振り分けを行ったのだろうか・・・・・・と、期待と不安を持て余しながら自分の教室に移動し、そこに春夏秋冬の姿を見つけた瞬間、期待は喜色へ不安は絶望へ変化した。
まず最初に、春夏秋冬と同じクラスだという事に素直に喜び、次に彼女の衝撃的すぎる変貌に目を疑った。と言うより、衝撃的すぎて目が離せなかった。
そして、さっきの一言である。
どんだけ長い振りだよ――と、心の中で呟きつつ、いつの間にか僕の目の前に移動していた春夏秋冬の顔を改めてよく見てみる。
かわいい。
うん、かわいいの一言に尽きる。
美人――とは若干ニュアンスが違う、幼さが残る可憐な容姿。
「ねぇ、無視?新学期早々イジメられたいの?」
まあ確かに、これだけ長い地の文が続けば無視している様に錯覚するかもしれないな。読者の皆様、付き合って下さってありがとうございました。
ぶっちゃけ、春夏秋冬の性格ならイジメられてもいい。むしろ、イジメてくれ。踏んでくれ。そもそも、なぜオレに話しかけてきたのかも検討がつかない。これは、ひょっとしてエロゲ的展開なのか?会話を上手く運ばないとフラグは成立しないとでも言うのか?べつに、そういう類のモノは一度も手を付けたことはないのだけれど・・・・・・。
「・・・・・・まあ、いいわ。そこ、どいて。邪魔だから。」
かくして、フラグは成立しなかった。
このまま動かなかったら、また何か話掛けてくれるだろうか――と、考えたのは一瞬で体は既に動いていた。
何でだろうね?
心の中で思っていることと実際に行動に移したことが違うって、どうしたオレ・・・・・・
クラスの喧騒で、はっと我に返ったオレは時計が昼休みを告げた事に気付いた。
ああ、なるほど。
オレの通う学校は他の学校と比べてパン販売の質が良い、ということに他校の文化祭で再認識させられた。
そして、質が良い事と人気は比例し毎日パン販売の前は長蛇の列でごった返している。
先程、春夏秋冬がイラついていたのは、その長蛇の列の構成員になりたかったのかもしれないな。
結局、春夏秋冬が希望通りのパンを買えたのか否かは分からずに昼休み終了の報せが耳に届いた。
目が覚めた時には教室が紅く染まっていた。
時間を無下にしてしまったことと夕日の眩しさに舌打ちし、痺れた体を起して教室を出た。
どんな姿勢で長時間過ごしたらこんなに体がギシギシするのか見当も付かないくらい体の節々が悲鳴を上げている。
このまま足を棒にして帰路に立っても釈然としないので、屋上で少し風に当たることにした。
「ん?」
屋上には先客がいたようで、その立ち姿は当然の如く春夏秋冬だった。
まあ、ここで春夏秋冬以外のキャラを登場させるほど作者に力がないだけなんだが・・・・・・。それは、あんたとオレだけの秘密ということで。
当の春夏秋冬はぼーっと、刺激的なボディラインを地球と垂直に保ち防護柵の向こう側に立っていた。
防護柵の向こう側・・・・・・。
あっちとこっち・・・・・・。
それは完全なる拒絶で、たとえ無言であっても相手を排他的な態度で接する。
どれほどの時間が経過したか全く分からない。
ほんの数秒かもしれないし、もしかしたら一時間以上経ったかもしれない。
深呼吸して、高鳴る心臓を落ち着かせたら、震える足を一歩ずつ彼女のいる方向へ進めた。
風が春夏秋冬の髪を撫で、頬が緩むような甘い香りを運んできた。
「恋に恋する・・・・・・。って、良い言葉だと思わない?」
あまりにも唐突過だったので、果たしてそれがオレに向けられた言葉なのかそれ以外なのか分からず、沈黙を保つことにした。
「好きな人がいる、お互いが両想い・・・・・・。そんな淡い夢に恋をする。あんた、恋したことある?」
今度は黙り通す訳にはいかなかった。春夏秋冬の発光ダイオード並みの輝く両眼が、オレのそれを射抜いた。
まぶしい、眼を直視するな。
「忘れたよ・・・・・・。恋なんて、忘れたよ。」
あらかじめ用意していた言葉ではなく、即席のものを抑揚を付けずに発音し、それを答えとした。
「あっそ。つまんない人生ね。」
「余計なお世話だ・・・・・・。それより、こんなとこで何してんだ?まあ、だいたい予想は付くけど。それこそつまらんぞ。」
春夏秋冬の言葉が少し頭にきたので、上手いこと切り返してみた。その直後、今の状況を思い出し焦燥感が込み上がってきた。
「くふっ。たしかに、あたしの方がよっぽどつまんないわね。」
そんなオレの焦りを無視して春夏秋冬はいたずらっぽい笑顔をこちらに向けてきた。
この好機を逃すわけにはいかないと思い、オレは話を切り出した。
「さてここで問題だ。」
うん、話と言うか問題だな。
「・・・・・・唐突ね。いいわよ、かかってきなさい。」
意外と乗り気なところが可愛いな。
「神様はイジワルで人間は色々と不平等だ。だが、唯一平等なものがある。それはなんだ?」
威厳を持たせるために、ドスの利いた渋い声を演じてみたが喉がカラカラで上手くいかず空回りした。
「タイムリーな問題ね。」
春夏秋冬は、ふふんと鼻で笑いながら続けた。
「答えは、死よ。」
ご明答だな。簡単だったか?
「だから、ここから飛び降りるのはやめろ・・・・・・とでも言いたいの?」
・・・・・・。
沈黙、というか図星だな。
「そうね、ここから飛び降りたら後始末が大変だものね。さすがにそこまで考えてなかったわ。やっぱり、海に身投げ・・・・・・とかの方が見つかりにくくて良いのかしら。」
なんだこのブラックな会話は。少なくとも、高校生の男女間のやり取りではないぞ。世界恐慌三日目のウォール街じゃないんだぞ、ここは。
「たしかに、浅はかだったわ・・・・・・。よっと」
その瞬間、春夏秋冬の体が空を舞って、気が付けばその姿はオレの隣で確認できる位置に来ていた。
思ったよりアクティブだな。パンツ見えてたぞ。
「あんた、名前は?」
自分のパンツの事なんかどうでもいいらしい。
「さて、なんだったかな。忘れたぜ。」
「ふざけてんじゃないわよ。」
それはこっちのセリフだ・・・・・・。
お前はいつからそんな性格になった?
「まあ、いいわ。」
そう言って、手を差し伸べる春夏秋冬。
「仲良くしーましょっ♪・・・・・・って言っても、私の余命もわずかだけど。」
自虐的な笑みと悪戯な笑みを足してニで割るときっとこんなカンジになるんだろうなと思われる微笑みを向けられたオレは腰が砕けそうになった。
こんな女神の様な子に自殺願望があるなんて信じたくない事実だった。
ひょっとして、オレがこの少女に付き添えばさっきみたいに抑止できるかもしれない。
宙に浮いたままになっていた春夏秋冬の手を力強く握りオレは不平等な人生を押し付ける神を睨みつけた。
「来たわね・・・・・・。」
手を握ったまま春夏秋冬はそう呟いた。
次の瞬間、夕日で紅く染まって綺麗なグラデーションで演出されていた空が割れた。
空いた口が塞がらない、とはよく言ったものだ。文字通り空いた口が塞がらない。別に、そこから言葉が発せられるわけでも呼吸をするわけでもない。ただ、眼の前の光景が信じられなくて、眼の前の光景を全力で否定したい。
「伏せといて!」
そんな、アニメやマンガといった媒体でしか目にしたことのない光景が現在進行形で起きているというのに春夏秋冬は動揺するどころか冷静に見据えている。アニメやマンガと小説は一緒だとでも言いたいのだろうか?
言われた通りにできるだけ身を低くして問題の亀裂を見ると徐々に塞がっていくのが分かる。
空いた口は塞がらないというのに、都合がいいな。
「もう、イヤになるわね・・・・・・。ウンザリだわ。憂鬱だわ。腹立たしいわ。死にたいわ。」
そして、近くで、目と鼻の先で、オレと春夏秋冬の間で爆発が起きあがった。
普段から運動もしていないし、体を鍛えてもいないオレは軽々と吹き飛ばされた後、見事に受け身も取れず背中から地面へ叩きつけられた。
肺の空気が一気に吐き出されて眼の前がパチパチとスパークする。今頃きっと、頭の上ではヒヨ子がクルクル回っているだろう。
もう一回遠くで大きな爆発が起きて軽くよろめいた。態勢を立て直し爆発が起きた方向を見てみると春夏秋冬が物騒なものを振りまわしていた。そして、物騒なものを振りまわされていた。
遠目からでそのディテイルは分からないが、春夏秋冬が振りまわしているのは先っぽに刃が搭載されている斧のような槍。対する敵(?)が振りまわしているのは命を狩る鎌。
おいおい。冗談じゃないぜ。
丸腰のオレが何の力にもなれないのは、当の自分が一番理解しているはずなのに・・・・・・。
思考より行動。
先程から立て続けに起こる超常現象が原因で止まること無く吹き出ていた嫌な汗が、その額から出た一粒が地面に落ちるより先に二人の間に割って入っていた。
「・・・・・・えっ」
「っ!」
前者が春夏秋冬、後者が謎の人物Xの反応。
自分でも自分がビックリで、状況がしばらく理解できなかった。
「ちょ、え?さっきまで屋上の隅にいたじゃない・・・・・・。」
と、春夏秋冬も驚きの表情を隠せず綺麗に整った顔に戸惑いの色を含んでいた。
「ナスターシャ・・・・・・。ギルティバトロンたる者が人間に感情移入か・・・・・・。」
なすたーしゃ?ぎるてぃばとろん?今週発売の新作ゲームのネタバレですか?
「私一人では役不足だな。と、僕の頭脳は解析した。」
そう言って、死神みたいな鎌を持っていた奴はすっかり傾いてしまった太陽を追う様に薄暗い空へ消えていった。
追撃があるかもしれないのにそんな事まで考える余裕はなく、安堵の気持ちがオレの意識を刈り取った。