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第三章 2:決意と可能性

 堅牢な街門を馬車で抜けると、大きな倉庫が幾つも並んでいるのが見えてきた。

 荷車を引いた商人たちが忙しそうに行き交い、倉庫の前では積み荷の確認をする声が飛び交っている。王都パール・シティに近い、この街道沿いにある街は、流通の中継地点として本拠地を構える商人たちも多い。

 ――商業都市エルドヴァル。

 街の中心部にある漆喰の壁の邸宅の主、市長のヴァルター・ブロムから夕食の招待を受けて、ルナたちは彼の家の食堂に集まっていた。

 主催のヴァルターが、紅玉色の葡萄酒の入ったグラスの前で、一同に深々と頭を下げた。

「まずは、娘を助けていただいたことのお礼を言わせてください。本当にありがとうございます。この御恩は、筆舌に尽くしがたい」

 それから、斜め前に座るパティアに視線を向ける。

「そして、この場に第二王女殿下をお迎えできたことを、大変光栄に思います」

 パティアが微笑んで、会釈で返した。

 ヴァルターの乾杯を合図に、夕食の時間が進む。

 異国の食材を使った珍しい料理が運ばれてくるなか、ヴァルターが物憂げに目を伏せた。

「薄々とは感じておりました。頻繁に在庫数が合わないことがありましたので」

 ヴァルターの一人娘、テオドラ・ブロムはこの場にはいない。

 彼女の身の安全の確保と、薬物中毒の治療のため、今朝早くに近衛騎士のシリルとともに王都へと旅立った。しばらくは王都で専門医のもと、治療に専念することになる。

「カンナビエルリーフは確か、東国の方で自生しているんだったな」

「はい」と、ヴァルターが頷く。

「ですが、ある地方で栽培もされております。私どもが仕入れているのは、その町を管轄する商人ギルドからです」

 パティアが眉を曇らす。

「王国でも、私の知る限り隣国でも、取引はおろか、栽培も禁止されているはずですが」

「当然、存じ上げております」

 ヴァルターが、パティアを正面から見つめた。

「どのようなお咎めも謹んでお受けいたす覚悟でございます」

 畏まって頭を下げるヴァルターを、パティアは眉間に皺を寄せて見据える。

 しばらくして、厳しい目付きのまま言い放った。

「法に従って、厳正に処分が下されるでしょう。追って沙汰を待ちなさい」

 そして、ふっと肩の力を抜いて息を吐いた。

「王国内の、取引リストはある?」

 パティアの目が、いたずらっ子のように輝く。

 顔を上げたヴァルターを、パティアが食い入るように見る。

「商売は、信用がすべてです。顧客の情報は…」

 言い淀むヴァルターに、意地悪くパティアは微笑んで見せた。

「協力してもらえないのであれば、強制的に差し押さえるまでです。どうせ脛に疵を持ついけ好かない貴族たちでしょうから、わざわざ義理立てする必要もないでしょうに」

「…悪いお姫様ね」

 鴨肉を頬張りながら、ルナが呆れたように言う。

 パティアは振り向いてにんまりと笑みを向けた。

「弱みを握る絶好のチャンスだと思わない? 最近、内政に反抗的な貴族もいるのよ」

 ルナは鴨肉を飲み込むと、大きなため息を吐いてぶどうジュースを口に含んだ。

「分かりました。協力します」

 ヴァルターの返事に、パティアは満足そうに頷いた。

「良いことだ」と、シュタインもグラスの葡萄酒を一気呑みにする。

「奴らの足取りが途絶えた。テオドラの話によれば、人を魔物に変える薬の調合にはカンナビエルリーフが必要だ。ルートを追えば、何か掴めるかも知れない」

 侍女がやって来て、再びシュタインのグラスを葡萄酒で満たした。

 彼の隣のウィルの頬はほんのりと赤みを帯びていた。

「シュタイン殿。その連中が、娘の命を狙っているという奴らなのですか」

 ヴァルターの表情が悲痛に歪む。しかし、その瞳の奥は鈍く光っている。

「ああ」と、シュタインは注がれたばかりのグラスに手を伸ばした。

「新世界という、表向きは夜の女神を崇める新興宗教だ。だが、ただの宗教団体じゃない。裏で何やら企んでいる疑いがある。シスター・クラリッサもその一味なんだろう」

「新世界――名前は聞いたことがあります」

 ヴァルターが目を細める。何かを考えるように、手元に視線を落とした。

 食事を終えた皿が下げられて、琥珀色のジュレが運ばれてくる。

 ジュレの入った精緻な切り込みが刻まれた厚手のグラスを、侍女がルナの前に置いた。爽やかな柑橘の香りに、ルナの顔が思わずにやける。

 シュタインが食事の手を止めて、顔の前で手を組んだ。

「ヴァルターさん、カンナビエルリーフのルートを教えてくれ。俺はそれを追う。新世界の表向きの支部は幾つかあるが、本拠地がまだ分からない」

 考え込んでいたヴァルターは、しばらくしておもむろに顔を上げた。

「週末に出発する便があります。隊商の責任者には傭兵として紹介しますので、それに同乗してください」

 グラスを手に取って、シュタインは豪快に柑橘のジュレをひと口で呑み込んだ。

「分かった。それで行こう」

 安心したように息を吐くと、ヴァルターが葡萄酒の入った手元のグラスを手に取った。

 ウィルが咳払いをする。彼は手にしていたフォークを置くと、ちらりとシュタインに目配せをした。

 シュタインが笑顔で、ゆっくりと頷きで返す。

「おれも、シュタインさんと一緒に行こうと思ってる」

 顔を上げたウィルの目には、彼の決意が込められていた。

「昨夜、シュタインさんとは話をした。どこまで力になれるか分からないけれど、やってみたいんだ」

 ルナが露骨に、不満そうな顔を向けた。

「足手まといよ。悪いけど、お坊ちゃんの冒険に付き合っていられないわ」

「いや、そうでもないぞ」と、シュタインが隣に座るウィルの肩を叩いた。

「こいつは良い目をしてるし、なかなか勘も良い。だが、まだ戦い方を知らない。そこは、俺と」

 振り向きながら、シュタインがルナに片目を瞑って見せた。

「ルナとで、戦い方を教えてやればいい」

「なんで、私が」

 テーブルに手を付いて、ルナが思わず立ち上がる。

 ふとヴァルターが怪訝そうに眉を顰めた。シュタインを睨むルナの横顔を見つめる。

 シュタインは、唇の端をにやりと上げた。

「ウィルの母親は、マリオール国王の妹だ。それが、どういうことか分かるな」

「…どういうことよ」

 ルナが冷ややかな視線で、彼を見つめ返す。

 シュタインが呆れたように、眉を寄せた。

「何も聞いていないのか」

「誰に、何をよ…?」

 目を細めるルナの隣で、パティアがはっと顔を上げた。弾みで、手にしていたグラスが小皿に触れてカチャンと音を鳴らす。

「そうよ。どうして気付かなかったの」

 彼女に視線が集まる中、パティアは真っすぐにウィルを見た。

「私もそうだけど、王家の一族は魔法が使える者が多いの。叔母さまも、類稀な魔力の持ち主だったって聞いたことがあるわ」

「そうだ」と、シュタインが不敵に笑う。

「ウィルは、魔法の才能がある――」

 そして小声で、ぼそっと続けた。

「…かも知れない」

 ガタンと椅子を慣らして、パティアが威勢良く立ち上がった。

「そうと決まれば、直ぐに旅の準備ね。シリルに勘付かれる前に、用意しなきゃ」

「なに、あなたも来るわけ?」

 半目で睨むルナに、パティアはさも当然のことのように胸を張る。

「当たり前じゃない。ウィルが行くんだから、私も行くに決まってるでしょ。それに私には、王家に名を連ねる者として、王国の民草を守る責任があります」

 苦笑するシュタインに、ヴァルターが遠慮がちに声を掛けた。

「…シュタイン殿。あなたの噂は、一部の世界では良く知れ渡っています。そして、あなたのパートナーのことも」

 ヴァルターが横目でちらりとルナを見る。

「確か、シュタイン殿のパートナーは、リディアという名前の方では――」

 シュタインが口を開く前に、ルナが冷たく言い放った。

「リディアは死んだわ」

 そして、テーブルに肘を付いて不機嫌そうにそっぽを向いた。

 思わぬ失言に、ヴァルターが気まずそうに言い淀む。重たい空気が流れた。

 侍女たちも関心の無い素振りをしているが、誰も身動きせずに、その場を不安げに見守る。

 シュタインがふっと表情を緩めた。

「まあ、な。今は、こいつがパートナーだ」

 そう言いながら、葡萄酒の入ったグラスを乾杯の仕草でルナに向かって掲げた。

 ルナもテーブルに肘を付いたままで、果実酒の入ったグラスを持ち上げる。お互いに空中でグラスを傾け合うが、ルナはそっぽを向いたままで表情を見せなかった。

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