第二章 36:祝宴のあとで
山盛りのフルーツが乗った大皿と、こんがりと焼かれた鶏の丸焼きがテーブルに並ぶ。
フォルティトゥド寮の食堂は、晩餐会の様相を呈していた。
「私は、最初から分かっていましたわ」
右足に包帯を巻いたエーデルが、一年生のテーブルの中央の席で胸を反らした。
「エリーが、絶対にやってくれるって。まあ、それも、私の活躍があってのことですけど」
彼女の右隣にはグレタ、左隣にはルナが座っている。ロゥも向かいの席に座っているが、視線は興味なさそうに他を向いていた。
彼女らの周りには代わるがわる生徒たちが訪れて、賞賛の声を掛ける。
「コツとかあったら、今度、教えてよ」と、ルナの肩に手を置いて、女子生徒が笑顔で立ち去る。
ルナは曖昧に笑みを返して、彼女を見送った。
ちょっぴり目立ち過ぎたかな、と反省する。当然、学生相手に本気を出すわけにはいかない。手加減はしたが、しかし、手が抜ける戦いでもなかった。
プルーデンティアの三人目も、本人の素養はともかくとしても、あの土塊の巨人は厄介だった。
一目で魔法に対する耐性に気付いたルナは、まずは手で触れて彼女の魔力を流すことにより、耐性を一時中和させて、巨人が耐性を取り戻す前に一気に破壊するという戦法を取った。
経験値があってこその戦い方だったが、もしあれが初見だとしたら、もっと手こずっていたに違いない。
ようやく来訪者も落ち着いて、ルナはひと息吐きながら、手を伸ばして、山盛りのフルーツから一房の実を取る。
実を一粒、もぎ取って、皮ごと口の中に放り込んだ。押し出された果汁が、乾いた舌と喉に染み渡っていく。
足の悪いエーデルのために、グレタが料理を小皿に取り分ける。
「ほら、エリーも食べなさい。グレタ、取ってあげて」
エーデルの言葉に、グレタが席を立つ。
小皿に肉料理をメインで取り分けて、そっとルナの前に置いた。
「…はい」
「あ。ありがとう」
ルナは礼を言いながら彼女の方に振り向くが、グレタは目を合わせず、顔を伏せたままですぐに自席に戻った。
先ほどから、こんな調子だ。妙にぎこちない。
模擬戦で戦うルナの姿に、恐怖を覚えたのかも知れない。強過ぎる力は、恐怖を生む。今までも、経験してきたことだ。
グレタが取り分けてくれた鶏肉のソテーを、フォークで突く。肉汁が柔らかく滲み出した。
隣で話すエーデルの意気揚々とした声をなんとなく聞き流しながら、フォークを口へと運ぶ。
鶏肉の甘みが、舌に落ちた。
ルナはゆっくりと噛み締めて、それを味わった。
夕食の時間が終わり、エーデルは同室の女子生徒の肩を借りて部屋へと戻っていった。
ルナとグレタも、部屋へと戻る。
その間、二人は無言だった。先を歩くグレタの後を、ルナは歩調を合わせて付いていく。
部屋の前まで来ると、グレタがふと立ち止まった。ボーッと歩いていたルナは、思わず彼女にぶつかりそうになる。
グレタが背中を向けたままで言う。
「…どうして、いつも話してくれないの?」
ルナは無言で、彼女の後ろ頭を見つめた。
「エリーは秘密ばかり。大事なことも、本当のことも、何も教えてくれない。こんなに魔法が使えるなんてことも隠して…。私一人で浮かれてて、馬鹿みたい」
話せるわけがない。
「…ごめん」と、謝るルナを、グレタは振り返って睨んだ。
「謝らないで!」
その瞳が、わずかに潤んでいた。
「そんな言葉を聞きたいわけじゃない!」
ルナは息を呑んで、彼女の目を見つめ返した。
「新世界」を名乗る新興宗教と、ベルフェル聖堂との関係性の調査。
それと関連するのかどうか分からないが、行方不明のテオドラ・ブロムの捜索。
ルナはそのために、この学院に潜入している。そんな話を、グレタにできるわけがない。
「ごめんなさい」と、ルナはもう一度、彼女に謝った。
グレタの瞳から、ひとすじの涙がこぼれ落ちた。
彼女は顔を隠して振り返ると、部屋のドアを開けた。
何か言いたげに振り返ったが、すぐに顔を逸らして部屋へと入って行った。
ルナはしばらくその場で立ちすくむ。ドアのすぐ向こう側に、グレタの気配を感じた。
その時、不意に声が掛かった。
「――エリー・カーミラ」
ルナの偽名を呼ぶ。
振り返ると、ウィンプルを被ったエイシャの姿があった。ルナは思わず身構えた。
「そう、警戒しないで」と、エイシャが静かに言う。
「付いて来なさい。貴女に、少し話があります」
ルナはゆっくりと目線を上げながら、彼女を睨みつける。
「大人しく従うと思う?」
「話をするだけよ」と、エイシャは冷ややかに言う。
「ここで騒ぎを大きくはしたくないでしょう」
二人はしばらくの間、睨み合う。
「分かったわ」
ルナは応えた。飛び込めば、何かが動くかも知れない。
「では、付いて来なさい。こちらよ」
エイシャが踵を返す。ルナも彼女の後を追った。
談話室の中を横切る。既に生徒たちは部屋に戻っているのか、人影はなかった。
エイシャはそのまま、学院の出口へと向かう。
事務室の前の壁に掛けられていた外套を手に取ると、ルナに渡す。
「これを着なさい」
ルナはそれを受け取ると、外套を羽織ってフードを被った。
エイシャも外套を纏う。そして、玄関の脇に用意してあった角灯を持って、扉を開ける。
その向こうでは、吸い込まれるような暗闇がぽっかりと口を開いていた。
背をもたれて寄り掛かって、そのドアが押し開けられるのをグレタは待った。
しかし、いつまで経っても、ドアが開かれる気配はない。
グレタがドアノブに手を掛けて、そっと引いた。
外を覗く。既にそこには、銀髪のルームメイトの姿はなかった。




