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BLOOD STORY  作者: 初、
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第二章 34:手加減

 遠くから、歓声が聞こえてきた。

 試合が終わったのだろう、別のコートからも次々と声が上がる。

 ルナはコートの中から、プルーデンティアの三人を睨んだ。緑の髪のオドの耳元で、茶色の髪の男子生徒が何かを囁く。その言葉に、オドはルナをちらりと見て、口元をにやりと結んだ。

 軽く振り返って仲間と談笑しながら、オドがコートへと向かう。

 彼の手には先ほどの試合と同じく、木刀が握られていた。

「緊張してるのか? 武器を忘れてるぞ」

 素手のままでコートに立つルナに、オドが馬鹿にしたような口調で言う。

 しかし、ルナは答えない。じっと彼を睨んだままだ。

 審判も心配して、ルナに声を掛ける。

「あなた、武器は持たないの?」

「…ええ」と、ルナは短く答えた。

 怪訝そうに、審判がルナを見る。だが、何も反応しない彼女を見兼ねて、審判は仕方なく、試合の開始を告げた。

 オドが木刀で自身の肩を軽く叩きながら、ゆっくりとルナを回り込むように歩く。

「名前も知らないが、その綺麗な顔に傷が付く前に、棄権することを勧めるよ」

 そんな彼を、ルナが一瞥する。

「――話しかけないでくれる?」と、ルナは肩に掛かる自身の銀色の髪を払った。

「今、とても機嫌が悪いの」

 オドの足が止まった。

「生意気な!」

 木刀を脇構えにして、駆け出した。一気にルナに迫る。

 オドが木刀を振り上げる。

 それと同時に、ルナが半身を斜めにずらした。

 振り下ろされた木刀が、先ほどまでルナの体があった場所を空振りする。

 オドが木刀を引いて、次の一撃のために右足に重心を移した。すでにその時には、ルナの体は滑らかに動き出している。

 彼女は軽くステップを踏むように、後ろ向きに跳ねる。

 遅れて、オドの木刀が宙を薙いだ。

 続けて振るわれるオドの攻撃を、ルナはすべて、その攻撃が振り下ろされる直前に避ける。それはまるで、剣舞を踊っているかのようにさえ見えた。

 観客から、どよめきの声が聞こえてくる。

 表情に焦りを浮かべて、オドが木刀を振ろうとさらに大きく足を踏み込んだ。

 その、瞬間――。

 ルナが体を回転させながら、一気にオドの懐に潜り込む。

 下から掌底で、オドの顎を突き上げた。

「ぐっ!」

 くぐもった声が上がって、オドの体がのけ反った。

 ルナは彼の手首を掴むと、膝をぶつける。

 コロン、と彼の手から木刀が落ちた。

 オドの胸元に肘を打ち込むと、くの字に折れ曲がった彼の腹部に、ルナは流れるような動きで体を回転させながら蹴りを叩き込んだ。

 オドの体が後ろに吹き飛ぶ。

 体を地面に叩き付けられたオドは、しばらく動けない。

「やはり、か」と、観戦していたラインハルトが、腕組みをして唸る。

「あの筋肉は、近接格闘に特化したタイプだ」

 ラインハルトが巡らせた視線の先で、オドは激しく咳き込むと、片膝を付いてゆっくりと立ち上がった。

 顔を上げたオドが、ルナを睨み付ける。

 冷ややかな視線を向けるルナと、目が合った。

「手加減してあげてるのよ」

 発せられたルナの言葉に、オドの顔が怒りで醜く歪んだ。

「くそったれが!」

 叫んで、オドは詠唱を始めた。

「…まずいな」と、ラインハルトが呟いた。

 近接特化型の彼女には、魔法に対抗する術はない。

「間合いを詰めろ!」

 思わず、ラインハルトは叫んだ。

 しかし、ルナはその場に留まったままで微動だにしない。

 オドの詠唱が完成して、彼の周囲から何本もの光の帯が放たれる。

 光の帯は結束して、一本の光線になると、ルナに一直線に襲いかかった。

 ルナは、自身の右手に魔力を集中させる。

 光線が彼女に衝突するかと思ったその瞬間、ルナは右手を振るって、光線を弾き返した。

 弾かれた光線は、魔力の火花を散らしながら、コートの外で待機していたプルーデンティアの茶色の髪の男子生徒の右肩に直撃して、その背後の地面を大きく削った。

「ぐわあああ!」

 苦痛に顔を歪めて、男子生徒は肩を押さえて蹲る。

 審判が目を見開いて、ルナを見つめた。

「事故よ、事故」

 そう言い放ちながら、ルナが落ちている木刀を拾う。

「…そんな、馬鹿な」

 オドは信じられないとばかりに、唖然と、木刀を手にして歩み寄って来るルナを眺めた。

 彼の目の前に立ったルナが、木刀を振り上げる。

「ひっ…!」と、オドが腕で顔を覆った。

 ガッ…!

 ルナが振り下ろした木刀が、オドの右頬を掠めて地面に叩き付けられた。

 オドの右頬から、たらりとひとすじの血が流れる。

「何か、言うことは?」

 ルナが、冷たく彼を見下ろした。

「…こ、降参します」

 その言葉を聞いてルナは小さく息を吐くと、木刀をオドの脇に放り捨てて振り返った。

 コートから降りるルナを待ち構えていたのは、両目から滝のように涙を流しながら仁王立ちしているラインハルトの姿だった。

 思わずルナは、顔を引き攣らせながら半身を引いた。

「俺は今、…感動している!」

 感極まった様子のラインハルトが、ゆっくりと空を見上げた。

「筋肉の可能性を、たった今、目の当たりにした。不可能はない。そう、可能性は無限大だ」

「…それは、良かった」

 あまり相手にしないようにと、ルナは彼の脇を通り過ぎた。

 治療のためか、エーデルはいない。足の腱が切られているとしたら、治癒に数カ月はかかるだろう。

 コートの反対側では、茶色の髪の男子生徒が修道女たちによって治癒を受けていた。次の対戦相手は彼なのだろう、しばらく試合まで時間が空きそうだ。

 他のコートでも、試合が終わっていっているようだ。歓声と、どよめきが聞こえてきた。

 ルナは、コートの反対側を観察する。

 治療を受けている、茶色の髪の男子生徒。エーデルの試合で、外から横やりを入れたのは彼だ。一応、その分の借りは返した。

 そして、もう一人。薄い紫色掛かった髪の男子生徒。

 試合前、彼は、オドと茶色い髪の男子生徒とは、距離を置いて立っていた。その落ち着き払った様子は、少し不気味だ。

 ようやく応急手当を終えた茶色の髪の男子生徒が、コートへと向かう。まだ痛むのか、右肩を押さえながら、ルナを恨めしそうに睨み付ける。

 その視線を真正面から受け止めて、ルナもコートに入った。

 男子生徒の手には、装飾の施された木の杖が握られていた。ルナの先ほどの戦いを見て、初っ端から魔法で仕留めにくる算段だ。

 ルナは呆れの、ため息を吐いた。

 知らないのも無理はない。ルナは手加減するために、先ほどの試合では体術を主体に戦った。

 本気を出せば、模擬戦どころではなくなる。

 審判が試合の開始を告げると同時に、男子生徒は左手で握った杖を目の前に掲げて詠唱を始めた。

 短い詠唱。ルナの接近を警戒したものだ。

 ずぶっと、ルナの足元が沈み込む。

 ルナの周囲の地面が、液状化していた。

 ――動きを封じにきたか。ルナは感心する。頭は悪くないようだ。

 男子生徒は続けて、また詠唱する。今度は、長めの詠唱だ。

 ルナはため息混じりに、小さく詠唱を始めた。

 男子生徒の詠唱が完成するよりも早く、ルナは彼に向かって右腕を伸ばすと、ぱちんと指を鳴らした。

 伸ばした腕の先から、光の筋が放たれる。

 光線は、男子生徒の左側を掠めて背後の地面を大きく削った。

 掘り起こされた土が、彼の左半身に降り掛かる。

 男子生徒は目を見開いて、唖然と左側を見た。思わず、詠唱が止まる。

 ルナは再び、手首を軽く返しながら指を鳴らした。

 放たれた光線が、今度は彼の真正面の地面に突き刺さる。

 激しい爆破音を上げて、土砂とともに男子生徒の体が後ろに吹き飛ばされた。

 彼は尻餅をついて、土まみれの顔を恐怖に引き攣らせた。

 ルナが片目を瞑って、改めて彼に向かって伸ばした腕の照準を合わせる。

「次は、外さない」

 男子生徒は震えて、返事もできない。

 しびれを切らしたルナが、三度目の指を鳴らした。

 光線が真っ直ぐに、男子生徒に向かう。

 大きく見開かれた彼の目から、ふっと生気の色が抜ける。

 光線が男子生徒を貫くかと思われた、その瞬間、光は彼のすぐ手前で四方に霧散して空中に溶けた。

 白目を剥いて、男子生徒が仰向けに倒れた。気を失ったようだ。

「…そ、そこまでです」

 心なしか、審判の声も震えていた。

 静まり返った観客たちの視線を背中に受けて、ルナがコートを後にする。

 出迎えるラインハルトも、唖然とした表情だった。

「…まあ、あれだ、その、…とりあえず、勝てて良かった」

 語彙を探しながら、なんとか捻り出した言葉に、ルナは丁寧に頭を下げた。

「ええ、ありがとうございます」

 プルーデンティアの男子生徒が担架でコートから降ろされて、ルナが地面に開けた穴の修復がおこなわれている。

 次の試合まで、また時間が空きそうだった。

「お、今からか」と、アズリオが一年生の試合のコートにやって来た。

 他の二年生、三年生の代表たちも一緒だ。

「終わったのか?」と問うラインハルトに、アズリオが笑って頷いた。

「役割は果たしたぞ。後は、この試合の結果次第だ」

 そう言って、彼はルナに気付いて気まずそうに表情を曇らせた。

「…済まない。余計なプレッシャーになっちゃうな」

「それがな…」と、ラインハルトは曖昧な表情で、ルナを見た。

 ルナが振り返る。ラインハルトは言葉を見失って、思わず視線を逸らした。

「先輩たちは、勝ったんですか?」

「ああ」と笑顔で、アズリオがルナに答える。

「二年も、三年も勝ったよ」

「それなら、さっさと終わらせますね」

 ルナが手を組んで、腕を伸ばした。

 アズリオが不思議そうに、彼女を見る。次いで尋ねるような視線をラインハルトに向けたが、彼はまだ真顔で言葉を失ったままだ。

 訳が分からないといった表情で、アズリオは視線を巡らせる。

 彼の視線が、コートの反対側に立つ、淡い紫色の髪の男子生徒に止まった。

「あいつか…」と、アズリオが呟いた。

「知ってるのか?」

 問う三年生の仲間に、アズリオは頷いて見せた。

「ドゥルス・シャリオン。…まずいな。宮廷魔術師の家系の出身で、だいぶ強いって噂だ」

 コートの整備が終わったようだ。審判が、両者に合図を送る。

 ルナはコートへと向かった。

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