表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
BLOOD STORY  作者: 初、
47/49

第二章 33:優雅なる敗北

 仏頂面のラインハルトが、腕組みしてテーブルの前に座る。

「――由々しき問題だ」

 寮の談話室に、フォルティトゥドの各学年の代表選手が集められていた。

 ただ一人、一年生のロゥの姿だけがない。さらに言えばまったくの無傷なのはルナだけで、程度の差はあれど、エーデルを含めルナ以外の他の七名は皆が疲弊していた。

 ラインハルトの後ろの板には、第二戦を終えた現時点での対戦表が張り出されていた。

「申し訳ない。我々、三年生の代表が、プルーデンティアに負けてしまった」

「済まない」と、アズリオをはじめとした三年生代表たちも、沈んだ表情で小さく頭を下げた。

 ラインハルトが続ける。

「これで、我々は一敗。プルーデンティアも一敗で並んでいる。おそらくプルーデンティアは、第三戦で負けることはないだろう」

 そう言って、彼はルナとエーデルを見た。

「一年生の直接対決を除いて、な」

 ラインハルトはおもむろに立ち上がると、前屈みで、テーブルに両手を付いた。

「当然、二年生のテンペランティア戦、三年生のカリタス戦も、勝たねばならん。しかし、一年生が負けた時点で、他の試合を見るまでもなく、我々の負けが決まる」

「ロゥの怪我の具合はどうなんですの?」

 エーデルの問いかけに、ラインハルトは沈痛な面持ちで椅子に座り直した。

「本人は出たがっているが、あれでは無理だ。彼を、この交流戦で潰すわけにはいかない」

「そうなりますと」と目を細めながら、エーデルは微かに笑みを浮かべた。

「私が、いよいよ本気を出す必要がありそうですわね」

 エーデルが、隣に座るルナに笑いかける。

「安心なさい、エリー。私が三人とも、蹴散らしてみせますわ」

「おお。頼もしいな、エーデル・ローゼンベルク」

 ラインハルトが歯を見せて、豪快に笑う。

「任せてください」と、エーデルは握りこぶしを胸に当てた。

 ルナから見ても、エーデルは魔法の素養もあるし、機転も効く。寮の体質から察して、おそらくは魔法主体で構成されているであろうプルーデンティア寮の代表選手たちとは、相性が良いかも知れない。

「時間だ。そろそろ行くぞ」

 ラインハルトが鋭い目付きで、一同を見回した。


 雲に隠れていた太陽が、半分だけ顔を出す。

 上空では、風が強いらしい。すぐに流れる雲が、再び太陽を覆い隠した。

 背丈ほどもある丸棒を手にしたエーデルと、その対戦相手のプルーデンティアの男子生徒がコートに上がる。男子生徒の手には、木刀が握られていた。

 観客の生徒たちの中から、黄色い声援が掛かる。エーデルがその声に、優雅に手を振り返した。

「エーデル・ローゼンベルク」と、男子生徒が、彼女の名前を呼んだ。

 エーデルが、彼の方に向き直る。

「君が、プルーデンティアの寮生でないことをとても惜しむよ」

 残念そうに言う彼に、エーデルは微笑んで見せる。

「あなたのことも、知っていますわ。オド・バースレイ」

「それは、光栄だ」と、男子生徒は胸の前で木刀を掲げた。

「正々堂々と、試合を楽しもう」

「良いですわね」

 エーデルが大きく頷く。彼女の背中で、金色の髪が揺れた。

 審判の試合開始の掛け声と同時に、両者ともに地面を蹴って間合いを詰める。

 エーデルが腕を伸ばして、オドの胸元を狙って丸棒を突く。

 オドはそれを、体を捻って躱した。そして、エーデルに背中を向けたままで木刀を後ろに薙ぐ。

 上体を逸らして、その一撃を避けたエーデルの胸元を、木刀が掠めた。

 体を半回転させて、オドは次の攻撃のモーションに入る。しかし、エーデルの動きの方がわずかに早い。

 彼女は足を踏み替えて、丸棒を振り下ろす。

 オドは慌てて木刀を引くと、頭上でその一撃を弾いた。

 続けざまに、エーデルが丸棒を薙ぐ。

 オドは堪らずに、後ろに飛び退いて間合いを取った。

「…噂通りだな」

 呟いて、オドは木刀を握り直した。

 ちらりとコートの外を見る。彼の視線の先で、仲間のプルーデンティア代表の男子生徒が小さく頷いた。

 ルナは、不穏な空気を察する。

「正々堂々と、だ」

 オドが駆け出す。

 迎え撃つ形で振るったエーデルの丸棒を、オドは力一杯に弾くと、さらに踏み込んで無茶苦茶に木刀で斬りかかった。

 エーデルは弾かれた丸棒を回転させながら引き寄せると、襲ってくる木刀を丁寧に打ち返す。

 無防備に激しく打ち込まれるオドの攻撃の隙を突いて、エーデルの丸棒が彼の頬を打った。

 一瞬、オドが怯むが、すぐに敵意を剥き出しにして再び激しく木刀で斬りかかる。

 エーデルの攻撃が、何発かオドを打つ。しかし、オドはその無茶苦茶な攻撃を止めない。

 …ピシッ。

 乾いた音が響いた。

 オドが手にした木刀に、亀裂が走る。

 それでも、オドは攻撃の手を緩めない。

 パキンッッ――。

 ついに、オドの木刀が折れて、破片を散らした。

 オドが後ろに跳んで、間合いを取ろうとする。

 逃すまいと、エーデルが彼を追って踏み込んだ。

 ――その時、ルナは妙な場所から魔力の発生を感じた。

 ルナが視線を巡らせようとした、その瞬間。

 地面に落ちた、木刀の破片を魔力が包む。

 そして、それはまるで意思を持ったかのように、一直線にエーデルの足元に迫った。

 踏み込んだエーデルの右の足首を、破片が鋭く切り裂いた。

「――ッ!」

 不意の痛みに、エーデルの顔が歪む。

 彼女の右足は、彼女自身を支えきれない。エーデルの体が前のめりに倒れ込んだ。

 オドが小さく、詠唱を始める。

 彼の周囲から幾本もの光の筋が伸びて、エーデルに迫った。

 爆発音が響いた。

 大量の粉塵が舞い上がって、エーデルの姿を隠す。

 観客席から、悲鳴が上がった。

「審判ッ!」

 ルナが大声で非難の声を上げた。

 明らかに、不正だ。コートの外からの、援護。

 しかし、審判の修道女は、叫んだルナを一瞥しただけで、ただただ状況を見守るだけだった。

 ――気付いていないのか。ルナは舌打ちした。

 オドが勝利を確信して、笑みを浮かべた。

 粉塵が次第に治まっていく。

 その様子を眺めていたオドの表情から、余裕の笑みが消えた。その顔が引き攣る。

 倒れたエーデルを囲むように、不可視の壁が彼女を包み込んでいた。

 エーデルが立ち上がろうとする。しかし、再び右足から崩れ落ちた。

 オドが彼女を睨み付けながら、詠唱を始めた。

 ふっと息を吐いて、エーデルが微笑む。

「…降参よ」と、彼女は棄権を口にした。

「立てないからには、もう戦いを続けられませんわ」

 コートの周囲がしんと静まり返った。

 審判が、試合の終了を告げる。

 観客席から、悲鳴があがった。救護の修道女たちが、急いでエーデルの治癒に当たる。

「運が悪かったようだな」

 にやりと笑って、オドがコートから降りる。

 その背中を、ルナは睨み付けた。

 修道女の肩を借りて、エーデルがゆっくりとコートから出る。

 仁王立ちするルナとのすれ違いざまに、彼女は微笑んで見せるが、その笑顔はどこか弱々しい。

「エリー、ごめんなさい。こんな情けない姿を見せてしまって…」

 ルナが険しい表情でコートの方を睨み付けたままで、エーデルの肩に手を置いた。

「後は、私に任せて」

 エーデルがきょとんとした表情で、ルナを見る。そしてすぐに可笑しそうに笑った。

「無理せずに、怪我する前に降参するのよ。誰も、あなたを責めないわ」

 しかし、ルナはそれには答えずに、エーデルの肩に置いた手を弾ませてぽんと一度、彼女の肩を叩いた。

 そしてゆっくりと、コートへと進む。

 正面に向き直ったエーデルの前に、ラインハルトの姿があった。

「…大丈夫か?」

 心配そうに言う彼に、エーデルは手をひらひらと振って見せた。

「大丈夫じゃないですわ。正直、エリーには荷が重すぎます」

「うむ」と、ラインハルトが唸る。

「勝敗は、兵家の常だ。君が負けてしまったからには、今年の優勝はプルーデンティアに譲ることになるだろう」

 彼は、エーデルの肩越しにコートの方を見やった。

「彼女の筋肉の付き方は、剣士のそれだ。プルーデンティアの魔法には、おそらく太刀打ちできまい」

 エーデルが唇を噛んだ。

「…悔しい、ですわね」

「それでも――」と、ラインハルトが目を細めた。

「最後まで、見守ってやろうじゃないか」

「ええ」と、エーデルは頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ