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BLOOD STORY  作者: 初、
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第二章 32:忍び込むなら夜

 隣を歩くウィルの横腹を、パティアが肘で突く。

「なんで無抵抗に、剣を奪われちゃってんのよ」

 耳元で、不満げに小声で囁く彼女の言葉に、ウィルはしょんぼりと肩を落とす。

「…面目無い。見えなかったんだ」

 油断していなかったと言えば、嘘になる。しかし、シュタインの手に握られた剣が振り上げられるまで、まったく彼の動きに気が付かなかった。

 それどころか、剣が自分の鼻先に突き付けられてようやく、それが自身の剣だということに気付かされる始末だ。彼は、敵でも味方でもないと言ったが、たとえ追い込まれても敵対したいとは思わない。

 ベルフェル聖堂の前には、人影は見えなかった。

 入り口の扉も、固く閉ざされていた。シュタインが扉の向こう側を窺いながら、建物の前をうろうろと歩き回る。しかし、普段は悩める者のために開かれているはずの聖なる扉は、今はその重厚な造りで、人々が立ち入るのを拒絶していた。

「蹴っ飛ばすわけにはいかないよな」

 シュタインが扉を撫でる。彼が言うと、本気なのか冗談なのか分からない。

 ウィルとパティアが、教会の前のシュタインに追いつく。

「裏口はこっちよ」と、パティアは教会の正面を通り過ぎた。

 彼女の後を、ウィルと、上げた足を下ろしたシュタインが付いていく。

 建物の角を曲がって、七十歩ほど歩く。木の柵の向こう側に、小さな中庭に面した裏口のドアが見えた。

 中庭の井戸の側に、一人の修道女の姿があった。ちょうど水を汲もうとしているところだ。

「シスター」と、パティアが声を掛けた。

 修道女が振り返る。まだ若い。いや、幼いといった方が適切か。

「はい?」と返事をして、彼女がパティアのいる方へと体を乗り出した。するりと手元から桶が滑って、足元に水を零してしまう。

 修道女は視線を落として短く悲鳴を上げると、あらためて顔を上げた。

 濡れた足元を気にしながら、柵まで近づいて来る。

「どうかされました?」

「教会は、お休み?」

 パティアの問いかけに、彼女は笑顔で答えた。

「系列の学校で大きなイベントをやってるんです。ほとんどのシスターは、そちらのお手伝いに行っていまして、それで教会を閉めております」

 饒舌なタイプのようだ。修道女は話を続ける。

「私も、その学校の卒業生なんですが、今日はお留守番なんです」

「責任者に会いたいんだけど、どこに行けば会える?」

 責任者、という単語に、彼女はわずかに戸惑ったような反応を見せた。

「えっ、責任者ですか…。責任者…」

 修道女の目が彷徨う。

「…マザー・リオティネ様でしたら、教会にはいません。すみませんが、どんなご用件でしょうか」

 探るようにおどおどと聞き返す彼女を、パティアは真っすぐに見る。

「――パティア・セレスティア・マリオール。国王の命を受けて、視察に来ました」

 修道女が驚きの表情で、パティアを見つめた。

 目を見開いて、後ろの二人とパティアとを交互に見る。

 ようやく状況を理解したのか、慌てて、彼女は片膝を付いて頭を下げた。

「しっ、失礼しました。ご無礼をお許しください」

 パティアが木の柵を開けて、修道女に近づいた。

「立ってください。そんなつもりで名乗ったわけではありませんから」

 修道女の前で屈み込んで、その手を取る。修道女の体がぴくりと震えた。

 ゆっくりと手を引いて、パティアが彼女を立ち上がらせた。

「教会に立ち入っても、いいかしら」

「そ、それは…」と、修道女は狼狽する。

「私では判断できません。明日、またいらっしゃってはもらえませんか」

 後ろから、シュタインが声をかける。

「せっかくなので、マリセア様にお祈りだけさせていただきたいのですが」

「すみません。シスター・ドルネから、今日は誰も入れないようにと言われていますので」

 修道女は申し訳なさそうに、頭を下げた。

「シスター・ドルネって?」

 パティアの問いに、修道女が答える。

「直属の、教育係です。彼女も、今日はイベントのお手伝いに行っています」

「そう。ありがとう」と、パティアが踵を返した。

 まだ何か言いたげなシュタインに、彼女は戻るようにと手で合図する。

 パティアと、しぶしぶと彼女に付いていくシュタインを、ウィルも追いかけた。

「引くのか?」と、不満げなシュタインに、パティアは無表情で答えた。

「表立って、教会とは揉めたくないのよ。それに――」

 彼女は目を輝かせて、にやりと笑った。

「忍び込むのなら、夜でしょ」

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