第二章 29:戦いの、その後
フルーツと野菜を中心に盛り付けたトレイを、テーブルに置きながら、ルナが椅子に腰掛ける。
その隣で、ルナとは正反対に、肉料理がてんこ盛りに積まれたトレイを、グレタが重たそうに置いた。
ルナを挟んで、グレタの反対側にエーデルが座る。
「あら。エリー、ちゃんと食べないと駄目よ」
彼女のトレイは、旬野菜を炒めてジュレで和えた前菜を始めとして、肉料理、魚料理、口直しの生野菜や、チーズ、デザートがきれいに揃っていた。
グレタが自分のトレイと、何度も見比べる。
「私は、これでいいの」と、ルナはカットされたオレンジをフォークで刺して、口の中に入れた。
柑橘の爽やかな香りが鼻を通り抜けて、微かな苦味を含んだ甘酸っぱい果汁が口内に広がる。ルナは幸せそうに、にんまりと微笑んだ。
そんなルナを見守るように息を吐いたエーデルが、ふと何かに気付いて視線を上げた。
彼女の視点の先には、料理が乗ったトレイを持ったロゥの姿があった。
「ロゥも、こっちに座ったら」
声をかけたエーデルを、ロゥは一瞥する。
「…放っておいてくれ」と、彼は右足を引き摺りながら、食堂の端の方の席へと向かった。
「あの人、なんか怖いですね…」
グレタが呟く。
エーデルが、そっとナイフとフォークを置いた。
「ロゥは、戦災孤児なのよ」と、誰もいない端のテーブルの席に座ったロゥを、遠い目で見る。
「隣国の兵士に村を焼かれてね。両親もその時に亡くして。廃墟同然だった村で、マザー・リオティネ様がロゥを見つけたときには、獣と変わらない有様だったらしいわ」
グレタが押し黙って、自分の手元のフォークをじっと見つめる。
頬杖を付いたルナが、塩茹でして味付けされた緑豆をフォークで掬って口へと運んだ。
「境遇は、人格形成の一端でしかないでしょ。それをどう受け入れるのかは、本人の問題。可哀想だからって、なんでも許されるわけじゃない」
淡々と食事をするルナを見て、グレタがふっと視線を逸らす。
「案外、エリーって冷たいのね…」
寂しそうに、ぽつりと漏らした。
「エリーの言うことは、正しいわ」と、エーデルが目線だけでグレタを見る。
「でも、手を差し伸べられる余裕があれば、差し伸べてあげてもいいんじゃないかしら。少なくとも、私はそうするわ」
三人の間に、一瞬の沈黙が流れた。その時。
「あの――」と、不意に声がかかった。
振り返ると、一人の女子生徒が立っていた。彼女の右頬は変色して、痛々しく腫れあがっていた。
「私は、レティ。さっきはありがとう」
ロゥと対戦した、カリタス寮の女子生徒だ。彼女は、ルナに深々と頭を下げた。
「気にしないで」と、ルナが顔の前で手を振る。
「腕、大丈夫ですか?」
心配そうに聞くレティに、ルナは左腕をぐるりと回して見せた。
「ほら、もう平気よ」
火傷の方が、まだひりひりと痛む。
「あなたの方は大丈夫なの」と、エーデルが、レティの右頬を覗き込んだ。
レティが自身の右頬を押さえる。
「今は、痛みはありません」
エーデルが、右頬を押さえた彼女の手にそっと自分の手を重ねた。
「ひどいわね、女性の顔に傷を付けるなんて」
「いえ」と、レティがゆっくりと手を退ける。
「負けた、私が悪いんです」
レティの強い眼差しを見て、エーデルが優しく微笑んだ。
「強いのね、あなた」
お互いの健闘を祈り合った後、レティはあらためて礼を言って戻って行った。
グレタがぽつりと呟いた。
「エーデルさんのイメージが変わりました」
「それ、どういう意味よ」
食事を再開しようとしたエーデルが、グレタを不満そうに睨んだ。




