表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
BLOOD STORY  作者: 初、
42/49

第二章 28:交流戦

「シスター・エイシャのこと…?」

 頭の上で、左の手で掴んだ右肘を伸ばして体をほぐしながら、エーデルが眉根を寄せた。

 大樹に寄りかかって腕組みをしているルナに、視線を送る。

「実は、あまり良く知らないのよ。最近赴任してきた、魔法学科の講師ってだけ」

 ――交流戦、当日。

 学園の広い中庭を繰り抜くようにして、白線で六面のコートが敷設されていた。

 学年ごとに、そのうち二面ずつを使って、総当たりの模擬戦がおこなわれる。

「エリーでも、わかるでしょ。シスター・エイシャの魔法使いとしての知識と、力量は」

 模擬戦用に誂えた衣装の着心地を試すように、エーデルが腕を回した。

 ルナも袖を通したときに気付いたが、ワンピース型の上着に施された細かな装飾から、微かな魔力を感じた。おそらく、防御の結界と、着用者の魔力を制限する封印が施されているのだろう。

 ラインハルトが言っていた、安全に対する配慮のひとつに違いない。

「どうして、彼女のことが気になるの」

「ちょっと、ね」と、ルナが視線を巡らせた。

 奥のコートの側に、エイシャの姿が見える。他の教員と、打ち合わせの最中のようだ。

 中庭の端を、応援に集まった生徒たちが埋め尽くす。その中に、グレタの姿もあった。

 ルナとエーデルがコートに近づくと、身長ぐらいはあるだろうか、長い木の棒を持ったロゥが先に来て待っていた。

「…遅いぞ」と、ロゥが目線で、コートの反対側を指す。

 既に一戦目の対戦相手、カリタス寮の代表生徒三人が立っていた。

「精々、足を引っ張るなよ」

「足を引っ張るも、何も、先鋒のあんたが勝てばいいだけでしょ」

 木陰から出たルナが、ワンピースの上に羽織った肩掛けのフードを深く被り直す。

 エーデルが、ロゥの肩に手を置いた。

「負けてもいいわ。私の出番も作りなさいよ」

「ふん」と、ロゥがその手を払う。

「…退け。邪魔だ」

 言いながら、彼はコートの中へと向かった。その背中を見て、エーデルが肩を竦める。

 審判役の教師が、手で合図をした。

 カリタス寮代表の男子生徒が、コートの中に入る。その手には、木刀が握られていた。

 生徒たちからの声援を受けて、彼は笑顔で手を振り返す。

 ロゥが丸棒を手首で器用にくるくると回すと、棒を横向きにして真正面で構えた。

 実力の差は、圧倒的だった。

 審判が慌てて止めに入る。それでようやく、ロゥは攻撃を止めた。

 カリタス寮の先鋒は、敗北の宣言をさせてもらえる隙さえ与えられなかった。

 コートから出るロゥに、エーデルが声をかける。

「…やり過ぎよ」

 しかし、ロゥは微かに口元を歪めただけで、何も答えなかった。

 コート内で倒れたままの生徒に、救護班の修道女が神妙な面持ちで手をかざして、淡い光を傷口に当てる。

 生徒が「ぅ…」と、小さく動いて、呻いた。戦闘服に縫い込まれた防御魔法のおかげか、致命傷にまでは至っていないようだ。

 ようやく担架が持ち込まれ、生徒が運び出される。

 その様子に、観戦していた生徒たちの中から、小さな悲鳴とざわつきが漏れた。

 少しのインターバルを置いて、審判が二戦目の合図を出す。

 再び、ロゥがコートに向かった。

 次の対戦相手のカリタス寮の男子生徒は、既に怯えた表情でロゥを見ている。その手に持つ木刀が、小刻みに震えていた。

 審判が開始を告げたが、両者ともに動かない。

 ロゥが小さく嘆息する。そして、一気に踏み込むと、丸棒を激しく突き出した。

 男子生徒が木刀でそれを受けるが、耐えきれない。弾き飛ばされた木刀が、彼の手を放れて宙を舞った。

 さらに踏み込もうとしたロゥを前に、男子生徒は慌てて膝を付いて両手を上げた。

「まっ、参りました! 降参します!」

 振り上げたロゥの丸棒が、彼の頭上ぎりぎりでぴたりと止まった。

 泣き出す男子生徒を横目に、ロゥが丸棒を引いて、面白くなさそうに振り返った。

 審判がフォルティトゥド寮の勝利を告げるのを聞きながら、ロゥがコートを後にする。

「…お。良くやってるな」

 不意に声がかけられて、ルナとエーデルが振り向くと、そこには笑顔のラインハルトがいた。

 彼はコートから立ち去るロゥの姿を満足そうに見ながら、何度か頷く。

「順調に勝ち進んでるようだ。今年の一年生も安泰だ」

「ええ」と、エーデルが不満げに返す。

「多少、容赦のない方がいらっしゃいますが」

 それを聞いても、ラインハルトは笑顔を崩さない。

「若さとは、そういうものだ。模擬戦には怪我も付き物だからな」

「…先輩は出ないんですか?」

 ルナの問いかけに、ラインハルトが大仰に頷いて、にやりと歯を見せた。

「俺は出ない。戦いは、苦手だからな。三年の大将は、アズリオに任せておる」

 呆れた表情のルナには構わず、ラインハルトはコートの方を見やる。

「三戦目が始まるようだ」

 ロゥと対峙するのは、女子生徒だった。長い黒髪を後ろで束ねた彼女は、ロゥと同じように長い丸棒を持って構える。

 審判が開始を告げるが、またもや両者ともに動かない。

 ルナは、冷たい魔力の流れを感じた。

 女子生徒が、じりじりとわずかに後ずさる。

 それが誘いの仕草だと、ルナは気付いた。

 痺れを切らしたロゥが、素早く右足で踏み込んだ、その瞬間。

 足元から突き出した氷の柱が、ロゥの足の甲を貫いた。

 痛みに思わず踏みとどまったロゥに、女子生徒が一気に迫った。

 彼女が詠唱しながら突き出した丸棒を、ロゥが体を反らして避ける。

 その時、ロゥの周りの空気がきらきらと煌めいた。

 煌めきは凝縮されて氷の刃となって、ロゥを四方から襲う。

 ロゥが丸棒を素早く回転させて、氷の刃を弾く。だが、すべてを捌き切ることはできずに、氷の刃が彼の頬と太腿を切り裂いた。

 鮮血が飛び散る。

 ロゥは氷の柱から足を引き抜くと、痛みに顔を歪めながら、丸棒を繰り出した。

 女子生徒は下がりながら、自身の目の前に何本もの氷の刃を出現させる。

 氷の刃が、一気にロゥに迫った。

 しかし、ロゥはそのまま勢いを止めない。

 彼の体を、氷の刃が切り裂く。左肩にも深く突き刺さるが、彼は構わずに丸棒を薙いだ。

「…ひっ」と、引き攣る彼女の右頬を、殴りつけた。

 女子生徒の体が吹き飛んだ。

 さらに、ロゥが追い打ちをかける。

 丸棒を回転させると、持ち替えて彼女の胸を突く。

 くぐもった呻き声を上げて、女子生徒の体が後ろ向きに倒れた。

 無防備となった彼女に、ロゥが丸棒を振り上げた。

 審判が止めようと慌てて駆け寄ろうとするが、間に合わない。

 振り下ろすロゥの前に、人影が割って入った。

 ――ガンッ。

 鈍い音が響き渡る。

 女子生徒を守るようにして、振り下ろされたロゥの丸棒を、ルナが左腕で受け止めていた。

「そ、そこまでです!」と、審判が試合を止めた。

 ロゥが丸棒を引く。

 ルナは左腕を擦りながら、ゆっくりと立ち上がった。ロゥを睨む。

「いい加減にしなさいよ。決着はついてるじゃない」

「敗北宣言を聞いてない」と言い残すと、ロゥが踵を返した。

 救護の修道女たちが、コートに駆け寄って来た。

 倒れた女子生徒に、治癒魔法を当てる。

 傷だらけのロゥにも駆け寄ってきたが、彼は治療を断る。

 ルナも、修道女の治癒を断った。

「…大丈夫なの?」

 エーデルが心配そうに、ルナの左腕を見る。

「んー」と、ルナは左腕を振ってみた。魔力で保護していたとはいえ、骨がじんと痛む。

「エリー!」

 観戦する生徒たちから抜け出して、グレタが駆け寄って来た。

「待って、私が!」

 グレタの手がぽっと淡く輝く。

 ルナが腕を引く間もなく、グレタが彼女の左腕に手を当てた。

 …ジュッ。

「――ッ!」

 痛みを感じて、ルナが手を振り解いた。

 グレタが戸惑ったように、謝る。

「ご、ごめん。…痛かった?」

「大丈夫だから」と、ルナは左腕を抱え込んだ。

 グレタが手を当てた部分が、ひりひりと痛む。彼女の治癒魔法によって、火傷したようだ。

 ヴァンパイア・ハーフのルナにとって、致命傷とまでにはならないが、人にとっての治癒魔法は、彼女に流れる半分の血を焦がしてしまう。

 歓声が聞こえてくる。他のコートでも、次々と試合の決着がついているようだ。

「あちらは、プルーデンティアが勝ったようね」

 向こう側のコートを見ながら、エーデルが言う。

「次の、テンペランティア戦も、絶対に負けるわけにはいかないわ」

 次の試合は午後からだ。

 エーデルが、ルナとグレタの肩に手を置いた。

「昼食よ。食堂に行きますわよ」

 二人の肩を、ぽんと強く前に押した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ