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BLOOD STORY  作者: 初、
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第二章 26:鳴らない鐘

 既に事務室では、外出許可を求める生徒たちの列ができていた。

 ルナとグレタの二人も、列の最後尾に並ぶ。

 ほどなくして、二人の順番が回ってきた。修道服姿の職員と幾つか言葉を交わして、記録簿にそれぞれ記名を済ませる。

「これで、晴れて自由の身ね」

 学園の正門を出ると、ルナが腕を広げて大きく伸びをする。

「なに、その言い方」と、グレタがけらけらと笑った。

 午後の陽光がまだ眩しいが、湾から吹き込む海風が、街まで冷たい空気を運んできてくれる。そのおかげで、だいぶ涼しい。

 ルナは念のために、ウィンプルを深くかぶる。

「先に、商人ギルドに寄っていいかな」

「手紙?」と聞くグレタに、ルナは頷いた。

 商人ギルドでは、そのネットワークを生かして通信事業も提供している。その独立性から、国家のイデオロギーや、宗教思想の影響を受けにくい。そのため、文章のやり取りにも重宝される。

 大通りを少し歩くと、天秤ばかりをモチーフとした特徴のある看板がすぐに見つかった。大体どこの街でも、商人ギルドは、教会の次くらいに目立つ場所にある。

 建物に入ると、受付係の女性の元へと向かう。

 ルナが便箋を差し出すと、女性が顔を上げた。

「預かりで、お願い。受取人は、カイル・カーミラ」

「手続き致します。少々、お待ちください」

 女性は事務的に応えると、手元の書類に目を落とす。

 郵便物は配達だけでなく、商人ギルドで預かってもらうこともできる。その場合、指定した受取人が商人ギルドにて引き取ることとなる。

 シュタインがどこにいるのかわからない現状、この方法しかない。

 彼も定期的に、自分宛のメッセージがないか、商人ギルドで確認するはずだ。

 グレタが物珍しそうに、建物内をきょろきょろと見回している。

 それを微笑ましく横目で見ながら、ルナは手続きを待った。

 職員に代金を払い、受け取りの符丁を伝えて、手続きを終えたルナが振り返る。巡らせた視線が、壁のタペストリーに描かれた大陸の地図に手を伸ばそうとしているグレタを見つけた。

「終わったよ。行こうか」

 ルナの声に、グレタが手を止めて振り向いた。

 小走りでルナの元に駆け寄りながら、ちらりと再び地図へと視線を送る。

「地図がどうかした?」

 ルナが問うと、グレタが首を傾げた。

「いや、意外と世界って小さいんだな、って」

 最初は彼女が何を言っているのかわからなかったが、すぐに気づいて、ルナは「あぁ」と応えた。

「あれは、大陸の西側の地図よ。あの地図のこっちにも」と、ルナは右手を大きく振り回した。

「ずーっと大陸は続いてるし、大陸自体も、ひとつじゃなくて、他にもいくつかあるんだって」

 グレタが大きく目を見開いた。

「そうなんだ!」と、胸の前で指を組む。

「エリーの実家って商家だったよね。…いいなあ。世界中、旅ができるなんて」

「んー」と、ルナは考える。

 勿論、ルナの実家は商人ではない。だが、家を出て、シュタインと当てのない旅をしているのは事実だ。

「まあ、ね」

 そう答えたルナに、グレタは羨望の眼差しを向けた。

「いつか、私も連れて行ってよ。広い世界で、嫌なこと全部忘れて。エリーとだったら、どこに行っても、何があっても、きっと楽しそう」

 グレタが腕を広げて、くるりと回る。

 その様子を眺めながら、しかしルナは返す言葉が見つからない。

 曖昧な表情のルナを見て、グレタは察したように寂しそうに微笑んだ。

「ねえ、どこに行く? やっぱり鐘楼かなあ」

 グレタが、ルナの手を取った。

「わっ」と、グレタが驚いたように声を上げる。

「エリーの手、冷たい」

 そして、少しだけ意地悪そうに笑った。

「むかし、聞いたことがある。手が冷たい人って、心が温かいんだって」

 ルナは視線を逸らしながら、ぎゅっとグレタの手を握り返した。


 大通りの屋台でフルーツ味の飴細工を買って、街の中央の高台へと向かう。

 特徴的な、丸いアーチ型の造りの教会が見えてくる。柵や門で隔たれておらず、突如現れる、ある種、異様とも思えるその荘厳さは、見る者を圧倒的な存在感で飲み込むほどの迫力だ。

「これがベルフェル聖堂か」と、建物を見上げながら、ルナが呟いた。

 教会の前に、数人の修道女の姿が見えた。

 グレタと一緒だということもあって、今はまだ教会には近づきたくない。

 修道女たちに軽く会釈をしながら、教会の前を素通りする。制服でアウレリア学院の生徒だということに気づいたのか、彼女たちは少しの警戒も見せずに、笑顔で会釈を返した。

 教会を過ぎるとすぐに、小高い丘が見えた。

 しっかりと手入れされ、整備されたその丘の中央には、頂上まで続く石造りの階段が伸びていた。

 そして、その階段の行き着く先には、黄金色の鐘を吊るした、石造りの巨大な塔が聳え立つ。

 街道からベルフェルの街並みを見下ろした時にも気付いたが、鐘楼の街ベルフェルは、この鐘楼こそが街の中心であり、シンボルなのだ。

 鐘楼を見上げる二人に、不意に声がかかった。

「あなたたち、ここで何をしているの」

 振り向いた二人の視線の先には、長い黒髪の女性がいた。

 ルナは目を見開いた後、すぐに眉を顰めた。修道服を着てはいるが、誰なのか思い出せない。確かにその声と、容貌は、覚えがある気はするのだが。

 隣を見ると、どうやらグレタも同じようだ。黒髪の彼女を、怪訝そうに見ていた。

 女性は、周囲を気にしながら二人に近づいてくる。

「あっ」と、先に気付いたのは、グレタだった。

「エイシャ先生…?」

 普段のウィンプルを被っている姿と、黒髪を垂らしている今と、まったく印象が違う。だが、言われてみれば、確かに彼女だ。

 名前を呼ばれても、エイシャは足を止めない。

「何やら、嗅ぎまわっているようだけど――」

 エイシャがすっと目を細める。

「命が惜しかったら、おとなしくしていることね。あなたたちに出来ることは何もないわ」

 冷たく言い放ちながら、ルナの前で立ち止まる。

 その視線を真っ向から受け止めて、ルナは微笑んでみせた。

「先生、何か勘違いされてるんじゃありませんか? 私たちは、ただ鐘楼を見に来ただけです」

 言いながら、少し歩幅を広げて身構える。

 エイシャが、顎を上げて嘲笑する。

「引きこもりの小娘が、よく喋るようになったものね」

「先生こそ、講義のときと雰囲気が違うから、誰かわかりませんでした。今の方が、とてもチャーミングでかわいいですよ」

 ルナも笑顔で返す。

「ふん」と不機嫌そうに、エイシャが鼻で息を吐いた。

 言い合う二人を、グレタはおどおどと戸惑った様子で交互に見る。

「忠告はしたわ。学生らしく、せいぜい、学園生活を楽しむことね」

 言い捨てて、エイシャが二人とすれ違って立ち去ろうとして――。

 ふと、足を止めて振り返った。

「それと」と、彼女は首だけで振り向く。

「あなた、教員室で評判悪いわよ。少しは、授業を真面目に聴きなさい」

 厭味な笑顔で言い残して、エイシャが去って行った。

 長い黒髪が揺れる彼女の背中に、ルナが「ちっ」と舌打ちをする。

「エイシャ先生だったよね…?」

 グレタも、エイシャの背中を見送りながら呟いた。

 ルナが飴細工を口に咥えた。アプリコットの甘酸っぱい味が舌で溶け出して、独特な香りがほのかに鼻孔を奥からくすぐる。

 エイシャが教会に入っていくのを見届けてから、飴を咥えたまま、再びルナは鐘楼を見上げた。

 その黄金色の鐘が、傾きかけた日の光を反射して、ちくりとルナの目を刺す。

 その聖なる鐘は、時刻になれば、街に聖なる音を響かせるのだろう。

「待ってても、鳴らないよ」と、グレタも鐘楼を見上げながら言う。

「先輩が話しているのを、聞いたことがあるんだけど。鳴らないんだって、あの鐘。もう何年も」

 ルナが鐘楼を見上げたままで、ぽつりと呟いた。

「鳴らない、鐘か…」

 冷たい海風が、吹き抜けていった。

 二人とも、同時に体を震わせる。

「戻ろうか」と、振り向いたルナに、グレタも頷いた。

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