第二章 25:仲直り
自室の机で、グレタが頬杖をついていた。頬を膨らませて、その表情は明らかに不機嫌そうだった。
そんな彼女に、ルナは先ほどから弁解を続けていた。
「忘れてたわけじゃないんだけど…」
しかし、グレタはぷんっとそっぽを向いたままだ。
「話が長引いちゃってさ。なかなか席を離れられなかったのよ」
食堂でグレタは、「後で行くから」というルナの言葉を信じてずっと待っていたらしい。しかし、待てど暮らせど、ルナは現れない。
昼食は、ビュッフェの形式をとっている。最後まで律儀にルナを待って、結局、グレタは昼食を食べ損ねた。
「ほら、これ」と、ルナが小箱を、グレタの目の前でチラつかせる。
「シャルロットさんがお土産にくれたんだ。一緒に食べるでしょ?」
ルナが小箱を振ると、甘い香りが零れる。
そっぽを向いたままのグレタの喉がごくりと動いた。
その時。
…ぐぅ。
グレタのお腹が鳴った。
二人は顔を見合わせる。ルナがにやりと笑った。
それに応えるように、グレタも恥ずかしそうに笑った。
焼き菓子を齧るグレタから、自然と笑みが漏れ出してくる。
「わー。美味しい」
頬を包むように押さえて、にんまりと笑う。
どうやら機嫌は完全に直ったようだ。ルナも焼き菓子を齧りながら、ほっと胸を撫で下ろした。
「そういえば」と、グレタが口いっぱいに焼き菓子を含んで、もごもごと言う。
「テオドラさんのこと、いろんな人に聞いてみたんだけど」
ルナの手が止まる。
「先輩にね、仲が良かったって人がいて。テオドラさん、カリタス寮の人みたい」
「そう」とだけ、ルナは短く返す。
「でも、近頃、全然会わなくなったんだって。やめちゃったのかなあ」
「もうこれ以上さ、テオドラのことは探さなくてもいいよ。諦めたから」
ルナが、焼き菓子の最後のひとくちを口に放り込む。
「でもね」と、グレタがばつが悪そうに笑った。
「先生に怒られちゃった。余計なことをするなら追い出すぞ、って」
ルナがすっと目を細める。
「…誰に?」
「ええ、と。シスター・エウラリア。あ、でも、こんなきつい言い方じゃなかったよ」
シスター・エウラリア。歴史学の講師だ。少し取っつきにくそうな雰囲気の、初老の修道女の姿を、ルナは思い出した。
まだ焼き菓子を手にしているグレタの両肩を、ルナが掴む。
驚いて焼き菓子を取り落としそうになる彼女の顔を、ルナは神妙な面持ちで覗き込んだ。
「お願い。グレタを、巻き込みたくないの。テオドラのことは忘れて」
「どうしたの、突然」
グレタは戸惑った様子で、ルナを見た。
しかしすぐに、ルナの真剣な表情に気圧される。
「わ、わかった。ごめんなさい。勝手なことをして…」
グレタが目を伏せて、謝る。
その様子に、ルナの心がちくりと痛む。
不用心過ぎた自分を、ルナは反省した。まだ何が起こるかわからないこの状況で、無関係なグレタの身に何かがあってからでは遅い。
ルナは自分の机の前に座ると、紙を広げてペンを取った。
少し考えて、ペンの先にインクを付ける。
そして、短い文章を記すと、インクを乾かすためにひらひらと紙を扇ぐ。
「ねえ、グレタ。今から暇?」
本を開きかけた手を止めて、グレタが振り向く。
「…うん。今朝の授業の、復習をしようと思ってただけだから」
「そう」と、ルナは紙を折りたたみながら、辺りをきょろきょろと見回した。そしてチェストの上の、蝋燭の乗った銅の燭台を見つける。
ルナは立ち上がって燭台を手に取ると、火を探して視線を巡らせた。
「ちょっと、待って」
グレタが立ち上がると、ルナの持つ蝋燭に手を伸ばす。
彼女がゆっくりと瞬きをしながら、蝋燭の前で親指と人差し指を擦り合わせると、芯にボッと火がついた。
「へー」と、ルナは素直に感嘆の声を漏らした。
グレタが口の端を釣り上げて、自慢げに顎を上げる。
ルナは折りたたんだ手紙を便箋に入れると、蝋で封をした。
便箋の表に、宛名を書く。
「それ、お兄さんに?」
「ええ」と、ルナは便箋を手に、立ち上がった。
「やることないなら、街に出ない? 観光がてら、散歩しよ」
「いいね。うん、行く」
グレタは笑顔で頷いた。




