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BLOOD STORY  作者: 初、
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第二章 23:王女の資格とその計画

 対岸に、フェルノ港の街並みが見えてきた。

 小さな港町だが、鐘楼都市ベルフェルまで歩いて半日ほどの位置にあるこの町は、実際はベルフェルの海の玄関口としての役割を果たしている。

 パティアとウィルを乗せた濃紺の船体が、桟橋に接岸する。

 突然の軍船の出現に、物珍しさで子供たちが埠頭に集まってきた。船上に向かって、その小さな手を振る。

 船の縁から体を乗り出して手を振り返すパティアを、ウィルとフィーノは後ろから眺めていた。

「姫様は、いつもああだ」

 フィーノが懐かしいものを見るかのような目で、パティアの背中を顎で指す。

「誰にでも、分け隔てなく接してくださる。俺たち、末端の兵士たちにもだ。だから俺たちも、姫様のためならとつい頑張っちまう」

 フィーノが笑いながら、肩をすくめた。

「だからいつもこうやって利用される」

「ははは…」と、ウィルも乾いた笑みで返す。

 パティアと出会ってからまだ日は浅いが、ウィルも彼女の強引さに振り回されっぱなしだ。

 しかし、だからといって、嫌な気持ちにならないのも不思議だ。

「姫様は、魅力的だ」

 フィーノの言葉に、ウィルはどきっとする。

 遠くを見るようにゆっくりと空を見上げながら、フィーノが続けた。

「でもそれは、俺にだけ魅力的なわけじゃない。姫様は、誰にだって魅力的なんだ。だから――」

 フィーノが視線を落として、横目でウィルを見た。

「惚れるなよ? 苦労するぞ」

 思わずウィルは、赤面してしまう。

 それを見て、フィーノは豪快に笑った。

「もう、手遅れか」

「ち、ちがっ」と慌てて否定しようとするウィルに、離れたところから声がかかる。

「なあに? なにか面白いこと?」

 船のへりから身を踊らせて飛び降りたパティアが、興味津々な表情で跳ねるように駆け寄ってきた。

 フィーノが、ウィルに向かって片目を瞑る。

「なんでもないさ。なあ、ウィル」

 ウィルは言葉を返せずに、真っ赤になった顔を隠すようにうつむいた。

「もお、二人ともケチんぼ」

 パティアが頬を膨らませて拗ねる。

 船員たちが船はしごを降ろして、上陸の準備を始めた。

「さあ、行きましょ」

 パティアが笑顔で、ウィルの手を取る。

 船はしごを降りようとする二人に、フィーノが声をかけた。

「ウィル、姫様のことを頼むぞ」

「はい!」と、ウィルは力強く返事をした。そんな彼の横顔に、パティアがちらりと視線を送る。

 フィーノたちに見送られながら、二人は埠頭を後にした。


 強い潮風の匂いを感じながら、フェルノ港の大通りを進んでいく。小さな繁華街を抜けると、露店がぽつぽつと並ぶ広場に出た。

 視界の先に街門が見える。その手前には、乗合馬車の停留所があった。

 ちょうど出発前の馬車が止まっていた。御者が退屈そうに、煙管を吹かしている。

 ツイてるな。そう思いながら、ウィルは足を早めた。

 パティアもその後を付いてくる。

 近づいてくる二人に気付いた御者が、顔を上げる。しかしすぐに興味なさそうに顔を背けると、再び煙管を吹かしはじめた。

「あの、」と話しかけたウィルを、御者は迷惑そうに見た。

「ダメダメ。予約なの、これ」

 御者が、顔の前で手を振る。

 ウィルは肩を落とした。どうやらツイていたわけではなさそうだった。

 ここからベルフェルまで徒歩で四時間ほど。歩いて行けない距離ではない。

「どうしようか…?」

 振り返るウィルの横を、パティアはすたすたと通り過ぎて、そのまま御者へと向かう。

「私が予約したのよ」

 パティアが堂々と言い放つ。

 また始まったかと、ウィルは天を仰ぎ見た。

 彼女の魂胆はわかった。どこかの誰かが手配して、準備されていた馬車を、舌先三寸で言いくるめて簒奪しようとしているのだろう。

 案の定、御者も怪しい者を見る目付きで、パティアを見ていた。

「あのな、お嬢さん。これは、さる高貴な方の予約なさった馬車なんだ。ダメだよ、いい加減なことを言っちゃあ」

「…そう」と、パティアは意外にもあっさりと引き下がった。

 そして自身の胸元に手を入れると、首にかけたネックレスを引っ張り出す。金属のチェーンの先には、刻印が施された指輪が、ペンダントのように下げられてあった。

 パティアが刻印を見せつけるようにして、御者の目の前に指輪を突き出した。

 御者の顔が、一気に青ざめる。

 深海の底に咲くと言われる、神秘的な花を意匠化した刻印。

 それはマリオール王国、王家の者のみが持つ証だった。

「王宮から使いが来ているはずです。国王の命により、調査でベルフェルに赴きます」

「は、はいっ。も、申し訳ありません」

 御者は平身低頭、見ていてかわいそうになるほど頭を下げる。

「すぐに出発の準備を致します。どうぞ、車内にお乗りください」

 パティアは満足そうに頷くと、振り返ってウィルを手招きする。

「さあ、ウィルも早く乗って」

「これ、…本当に手配を?」

 唖然とするウィルに、パティアはさも当たり前だと言わんばかりに答えた。

「そうよ。だから言ったでしょ。私が予約してたの」

 海路を行くための軍船といい、そしてこの馬車といい、パティアの用意周到さに驚きを通り超えて、怖さすら覚えてくる。

 先に入ったパティアの待つ馬車に、ウィルも乗り込んだ。向かい合わせの席の、彼女の対面に座る。

 パティアが少しむっとした表情で、自分の席の隣をぱんぱんと手で叩いた。

 しかし、ウィルはその場から動かず、上体をやや前のめりにしてパティアを見つめた。

「…パティア、話がある」

 パティアがすぐにぴんときた顔で、嬉しそうに笑みを浮かべた。

「なあに、ウィル」

 ウィルが、静かなトーンで問う。

「パティアは、どこまで知っているんだ?」

「えー」と、パティアが体をくねらせる。

「小ちゃいウィルが、魚を手づかみで獲ろうとして、小舟から落ちて溺れちゃった話、とか。読書好きで、おとなしい子だった、とか」

 目線を上げて思い出すような素振りのパティアを、「…ん?」とウィルは眉を顰めて見る。

 パティアが意地悪そうに笑う。

「そうそう。五才までおねしょしてた、とかも」

「ち、違っ」と、ウィルは顔を真っ赤にして、慌てて言い訳する。

「あれは父さんが怖がらせるから。…それでトイレに行けなくなって」

「へー」と、パティアはにやにや笑いをやめない。

「いやいやいやいや」

 話をぶった切るように、ウィルは両手を目の前で大きく振った。

「いや、そうじゃなくて」

「じゃあ、何の話?」

 目を輝かせながら、わくわくとした顔付きでパティアがウィルの顔を覗き込む。

「この事件のこと。パティアが知っていることを教えて欲しい」

 ウィルの言葉を聞いて、パティアががっかりとした様子で肩を落とすと、椅子に深く座り直した。

「なんだ。そっちか」

「今はこっちの話の方が、大事だと思うけど」

 おねしょの話なんかされて堪るか。ウィルは、真剣な面持ちでパティアを見つめる。おそらく父が、彼女にせがまれるままに、子供の頃の話をしたのだろう。ちょっと姪に、甘いんじゃないだろうか。

 パティアは少しの間、考える素振りを見せた後、ウィルに顔を寄せた。

「ギブアンドテイクね。ウィルが知っていることも話してちょうだい」

「俺が知っていることなんて、ほとんどないよ」

 パティアが不満そうに唇を尖らせた。

「形式としての報告だけで、シリルが詳しいことを何一つ教えてくれないんだもの」

 そして、彼女はいたずらっ子のような笑みを浮かべた。

「だから、しばらく城でおとなしい振りをして、いろいろ調べてみたんだ」

 ギーッと車輪の軋む音が聞こえてきた。ガラガラと車輪が回る振動が、椅子を通じて伝わってくる。馬車が動き出したようだ。

 窓から見える景色で、馬車が街を出たのがわかった。

 潮風の匂いが徐々に薄くなる。

「首謀者とみられる、マルセラって修道女の経歴はそのほとんどが不明。一番古い記録が、年齢不詳の彼女を、孤児院から教会が引き取ったということ。教会内での活動記録も見つからなかった」

「孤児院の方は?」

 ウィルが聞くが、パティアは首を横に振った。

「ウルトトっていう、東の隣国にある街らしいんだけど。この隣国が、マリオールとあんまり仲良くないんだよね」

 パティアが「あははは」と乾いた笑いを張り付かせる。

「それで――」と、パティアが話を続けた。

「孤児院から、彼女を引き取った人物が問題なの」

 パティアは一瞬だけ言葉を切る。

「――マザー・リオティネ。ウィルも名前ぐらい聞いたことがあるでしょ」

 沈黙が、場を包んだ。

「…誰?」

 ウィルの間抜けな顔を前に、パティアはため息をついた。

「知らないか」

 窓から吹き込んできた風が、パティアの髪を巻き上げる。

 彼女は指でそっと髪を押さえた。

「類い稀なる聖人よ。マリセア様じゃなく、彼女個人を信仰する人もいるぐらいの」

 パティアが窓の外を眺める。しかし、それはわずかな間だけ。

 すぐに再び、ウィルの方に向き直った。

「そして、彼女がいるのがベルフェルにある、ベルフェル聖堂というわけ。マルセラも、パール・シティに来る前は、ベルフェル聖堂の所属だった」

 パティアが真っすぐに、ウィルを見た。

「これが、私たちがベルフェルに向かっている理由よ。マザー・リオティネに聞けば、何かわかるかも知れない」

 ウィルも、パティアの目を真っすぐに見つめ返す。

「良くわかったよ」と、ウィルは頷いた。

 パティアがゆっくりと瞬きをする。

「今度は、ウィルの番よ」

「でもなあ」と、ウィルは後ろ頭に手を当てた。

「俺が話せることなんて、多分ないと思うんだけどなあ」

「いいから。ウィルの知っていることを話しなさいよ」

 ウィルは思い出そうとする。あの日のこと、あの夜のマルセラとの戦いのことを。

「おれは、手紙を預かって――」

 巻き込まれた事件のことを、ウィルは掻い摘んで話す。

 話を聞いていたパティアの顔が、彼の話が進むに連れ、どんどん険しくなっていった。

 ウィルはそれに気づいていたが、恐る恐る、とりあえずまずは話を続ける。

 そして、彼の話が終わった途端、パティアが叫んだ。

「もお! シリルってば! やっぱり大事なことを隠して!」

 パティアが地団駄を踏む。その音に驚いて、御者が振り返った。

「まず、手紙を持ってきた、その黒髪の男性は誰よ」

 パティアが、ウィルの眼前に指を突き付けた。

 その勢いに思わずウィルは、身を後ろに引いてしまう。

「ち、父の、知り合いじゃないかな…」

「それに!」と、パティアは声を大きくする。

「マルセラが人間じゃない、とは聞いていたけど、魔族だなんて初耳もいいとこよ」

 それは、シリルに言ってくれ。ウィルはそう思ったが、口に出すのはやめた。

「そして何より重要なのは、――黒いフードの女。そいつが黒幕じゃない。あげくに簡単に取り逃がしちゃってるし」

 パティアが重たいため息をついた。

 そして、腰を浮かして椅子に座り直すと、声音を落として言う。

「おそらくマルセラだと思われる、黒焦げの遺体の破片が、地下水路から見つかったの。それもきっと、その黒いフードの女の仕業だとみて間違いなさそうね」

 パティアが頬に手を当てて、考え込む。

 そんな彼女の様子を見て、ウィルは、自分が浅はかな気持ちでパティアに同行していることに気付いた。

 自分に何ができるのか、腕試しぐらいの感覚でいたことを恥じる。

 違う。これは、パティアやシリルが言うように、王国の危機なのだ。

 それに使命感だけで飛び込む、パティアもパティアだが。

 だからしっかりと準備もするし、行く先々での手配も前もって用意する。パティアはただ無謀なだけではない。真剣なのだ。

 まだ考え込んでいるパティアの顔を、ウィルは静かに見つめた。

 多少の剣技の心得はあるが、策略も情報も、ウィルは何も持ち合わせていない。当然、パティアのような権力もない。

 回る車輪が、街道の起伏を踏んで馬車が小刻みに跳ねる。

 窓からひと際、強い風が吹き込んできた。揺れていたパティアの金色の髪を、風が大きくなびかせる。

 しかし彼女はそれに気づかないほど、じっと考え込んでいた。

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