第二章 20:誰も知らない
相変わらず、授業中は暇だ。
ルナは机に頬杖をついて、指先でペンをくるくると回す。
隣の席ではグレタが、無言でうなずきを挟みながら、真剣に黒板と講師、そして自分のノートを何度も見比べている。
この授業の何にそんなに興味を惹かれるのかわからないが、きっとおかしいのは自分の方だろうという自覚が、ルナにはあった。そもそも彼女は勉学のために、この学校に入学したわけではない。
休憩時間になるとルナは席を立って、近くの席でおしゃべりをしている二人の女生徒の方へと向かった。寮で何度か見かけたことのある顔だ。
「すみません。少しいいですか?」
ルナが話しかけると、二人は驚いたように顔を上げた。
「は、はいっ…!」と、緊張した表情でルナを見る。
「テオドラ・ブロムって方をご存知ないでしょうか。お世話になった方のご息女で、この学校にいらっしゃると聞きまして、ぜひご挨拶をと」
ルナの問いかけに、二人は顔を見合わせた。
すぐに二人揃って首を捻る。
「…すみません。わからないです」
隠し事をしている様子は見受けられない。少なくともルナにはそう思えた。
「そうですか…」
「お役にたてなくて、ごめんなさい」
「いえ。ありがとう」
ルナは礼を言って、また別の生徒に目星をつける。
視界の端にちらりとエーデルが見えたが、関わり合いになるのが面倒くさそうだったので、彼女に声をかけるのはやめた。
何人かの生徒に同じように質問をしたが、誰もテオドラ・ブロムのことを知っている者はいなかった。
もうすぐ休憩時間が終わる。
作戦を練り直そうと、席に戻ったルナを、グレタが不思議そうな顔で待っていた。
「誰かを探してるの?」
「…うん。ちょっとね」と、ルナは曖昧に答えた後、一応念のために彼女にも聞いてみた。
「テオドラ・ブロムって子、知らない?」
「テオドラ…?」
グレタは一瞬の間、目線を真上に上げたが、すぐに視線を戻して首を横に振った。彼女も入学したばかりだ。知らないのも当然だろう。
グレタが小さく首を傾げる。
「その人がどうかしたの?」
「以前、お世話になった人の娘さんなんだ。この学校にいるって聞いていたから、一度、挨拶をしておこうかなと思ってさ」
「そうなんだ」と、グレタが納得した顔で頷いた。
「わかった。私も探してあげる」
彼女の言葉に、ルナは一瞬、眉を顰めた。
ヴァルターが放った捜索隊は、誰一人として帰ってこなかったと聞いた。
そんな事件に、グレタを巻き込むのは危険だ。
「いや、大丈夫よ。見つかればいいや、ってぐらいだから。一人でのんびりと探すわ」
手を振りながら言うルナを、しかしグレタは真剣な表情で食い入るように見つめた。
「私、エリーの力になりたいの」
グレタは真っすぐな瞳を、ルナに向ける。
ルナは言葉を見失った。
何を、どう話せばいいものか。馬鹿正直に話すわけには勿論できない。かと言って、彼女の熱量を溶かすほどの、適当な誤魔化しも思いつかない。
次の講義の始まりを告げる鐘が鳴った。
ルナはほっと胸を撫で下ろした。鐘に救われた。いや、逆だ。もしかすると追い込まれたのかも知れない。
グレタが笑みを浮かべて、片目を瞑る。
その唇が音を出さずに「任しておいて」と動かせて、にっと笑った。




