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BLOOD STORY  作者: 初、
32/48

第二章 18:船上の三人

 日が落ちて、だいぶ経つ。辺りはすっかりと暗くなった。

 多少、風が強く、波がやや高いが、二人が乗っているのは王家直属の軍船だ。手練れの船員たちによって、夜の海を安定して航行していた。

 ペルセイドの街の灯はすでに遠い。

 ウィルは甲板に立って、今にも降ってきそうな星空を眺めていた。

 湖で小舟に乗ったことはあったが、大海でこのような大型船に乗るのは初めてだった。

 聞こえてくるのは、船首が波を割る音だけ。陸で感じるよりも、風が冷たい気がした。

「うー。寒い」

 後ろからの声に、ウィルは振り向いた。

 昼間の服装の上に毛皮のコートを羽織ったパティアが、体を震わせながら甲板に上がってきた。

 その後ろから、フィーノも姿を現す。

「何が見えるの?」

 ウィルの隣でパティアが、先ほどまで彼が見ていた方向を見た。

 そこは、ただ夜の海の暗闇が広がるだけ。

「なんにも」と、ウィルが答えたが、それが聞こえないかのように、彼女は暗闇を眺める。

 少し身を乗り出したパティアの二の腕が、ウィルの腕に触れた。

 柔らかな肌の弾力が伝わってくる。コート越しではあるが、ほんのりと彼女の暖かさを感じた。

 ウィルが動けずにいると、不意にパティアの方からさっと離れた。

 パティアが早口で詠唱を紡ぎ出す。

 胸の前で差し出した彼女の両方の手のひらの上に、ぽおっと淡い光の球が浮かび上がった。

「――あっ」

 思わずウィルは声を上げた。

 宮廷魔術師のリュカが使っていた魔法だ。

 パティアが不満げに半開きの目で、ウィルを睨む。

「これぐらい、私だってできるわよ」

「いや、そういうわけじゃ…」

 弁解しようとしたウィルを無視して、パティアは光の球をそっと真上に投げる。

 周囲が柔らかな光で包まれた。

「…姫様。あまり目立つようなことはやめてほしいんだが」

 フィーノが後ろ頭を掻きながら、困ったような顔つきで言う。

「大丈夫よ」と、パティアは自信たっぷりの笑顔で返した。

「まさか、マリオールの海軍に喧嘩を売ってくるような奴なんかいないだろうし。もし、いても――」

 突然、パティアが跳び付いて、ウィルの腕を抱きしめる。

「ウィルが守ってくれるわ。ね、ウィル?」

 パティアの柔らかい体が押し付けられて、ウィルは固まった。

 ピューと、フィーノが口笛を吹く。

「あまり見せつけるなよ、お二人さん」

 意味ありげに、にやりと笑う。

「そういや、聞いたぞ。坊主。あのシリルに一泡吹かせたんだってな」

 シリル、――セラフィヌス・ヴァレン。

 紫色の髪をアップにまとめた、侍女の格好が似合う近衛騎士の姿を思い出す。

「泡吹かせたとか、そういう…」

 言いかけたウィルの耳元で、パティアが囁いた。

「海軍と、陸の近衛騎士は仲が悪いのよ」

 その言葉は、当然、フィーノにも聞こえている。

「奴ら、俺たちのことを移動手段ぐらいにしか思ってないからな」

 言葉とは裏腹に、彼はまだにやにやと笑みを張り付かせたままだ。

「姫様から急使が届いたときは驚いたぜ。今頃、城内は蜂の巣をひっくり返したように大慌てだろうよ。傑作だ」

 豪快に笑うフィーノを眺めるパティアの横顔を、ウィルは頬を赤くして見下ろした。

 産毛すら見えそうなほどの至近距離。魔法によって生み出された光で照らされた彼女の横顔は、とても綺麗だった。思わず視線が奪われる。

「――坊主」

 フィーノに呼ばれて、ウィルは現実に引き戻された。恥ずかしさが残る。

「シリルをやり込めたっていうその剣の腕前を、ちと俺たちにご教示願えないもんかな」

 そう言って、フィーノがにやりと笑みを浮かべる。

「おれ、そんな、人に教えるなんて…」

 うろたえるウィルを、パティアがじっと見上げる。

「そんな堅苦しいもんでもないさ。明日、手合わせよろしく頼むな」

 フィーノが振り返って、後ろ姿で手を上げる。そして、甲板を降りて行った。

「私たちも戻りましょうか。風邪ひいちゃう」

 ウィルの腕を放すと、パティアが自身の体を抱えるように抱きしめて寒さに震える。

 彼女の温もりを失ったウィルは、ひとつくしゃみをした。

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