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BLOOD STORY  作者: 初、
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第二章 17:フォルティトゥドの夕餉

 フォルティトゥド寮生専用の食堂はほぼ満席だった。

 三年制の寄宿学校であるアウレリア学院の、フォルティトゥド寮の一年生から三年生までの寮生が一堂に揃っていた。

 三列に並んだ長いテーブルのうち、ルナとグレタは左のテーブルの奥に座る。

 右側のテーブルには三年生が、中央のテーブルには二年生が座って食事の時間を待っていた。

 すでにテーブルには料理が並んでいた。

 各自の席の前に、パンとスープ、そしてカトラリー類。サラダやメインディッシュは大皿にまとめられて、何人か分のものが用意されていた。本日のメインディッシュは、白身魚の酢漬けだ。

 思い思いにざわついていた食堂で、不意に一人の生徒が立ち上がった。

 それに気付いた生徒から順番に、沈黙が広がっていった。

 立ち上がった生徒が、張りのある大きな声を食堂に響かせる。

「食事の前に、聞いてもらいたい」

 大柄な彼の、厚い胸板が膨らんだ。

 ルナも、グレタも、彼に見覚えがあった。寮生代表の、ラインハルトだ。

 一気に、食堂内が静まり返った。

「皆に、新入生を紹介する。さあ、エリー、そしてグレタ、立って」

 名前を呼ばれた二人は、思わず顔を見合わせる。

「さあ、二人とも立って」

 再度、よく通る大きな声で、ラインハルトが二人を促した。

 グレタが立ち上がるのを見て、仕方なくルナも戸惑いながらも立ち上がった。

「グレタは先週から、そしてエリーは今日から、このフォルティトゥドの仲間となった。皆も、是非とも歓迎してほしい」

 ラインハルトは一旦、そこで言葉を切る。そして、寮生たちをゆっくりと見渡した。

「特にエリーのご両親は、彼女の入学にあたって、本学院に多大なる寄付をしていただいている」

「お、おい」と、隣の青い髪の男性、アズリオが止めに入る。

「それは言わなくてもいいんじゃないか」

「何を言う。真実ではないか」

 ラインハルトは止まらない。

「皆もそれをわきまえたうえで、二人と仲良くしてくれ。それでは――」

 ラインハルトが目を閉じて、祈りを捧げた。

「神に感謝して、食事をいただこう」

 夕食の時間が始まった。

 かちゃかちゃと食器を鳴らす音と、生徒たちのささやかな話し声が聞こえてくる。

 グレタがフォークの背で白身魚の身を潰しながら、ぼんやりと呟いた。

「エリーって、お金持ちのお嬢さんだったんだ…」

 寄付金の出所が、ヴァルターなのか、シュタインのへそくりなのかはわからない。

 ――あの男、また余計なことを。

「そんなこと…」と言いかけて、ルナが言葉に詰まる。

 ふと見たグレタの瞳に、深い陰りが見えた。しかしそれは、ほんの一瞬のことだった。

 すぐに元の瞳の色に戻った彼女は、パテ状になった魚の身にソースを絡めて口に入れる。

「うちさ、片親だから貧しくてさ」

 サラダを食べながら、独白するようにぽつりぽつりと続けた。

「この学校に入れたのも、たまたまっていうか、…教会に助けられたからなんだよね」

 ルナは食器を置いて、黙って彼女の言葉に耳を傾けた。

「もう何日もいるのに、こうやって紹介されるなんてこともなかった。エリーのおかげだね。本当に」

 グレタが笑う。その笑みは、決して自虐的なものには見えなかった。

 ルナは思わず、彼女の手を取った。

「大丈夫。私が、絶対守るから」

 その真剣な眼差しが意外だったのか、グレタはきょとんとルナを見た。

 そしてすぐに満面の笑みで応えた。

「ありがとう、エリー」

 ルナの目には、その笑顔は、触れた途端に壊れてしまいそうなほど、儚いものに思えてならなかった。

 育ち盛りの生徒たちばかりだ。テーブルの上の大皿がどんどんと空になっていく。

 自分の食事をほとんど終えたルナは、グレタの止まらないおしゃべりに相槌を打ちながら、ほかの生徒たちの様子を探った。

 一般的な寄宿学校といえば、王侯貴族や裕福な商家の子女ばかりなイメージだが、どうやらここは違うようだ。

 細かい部分、例えば食事の所作などにもそれは表れていた。

 ルナも決して裕福な家ではなかったが、優しくも、厳格な母親のもとで育てられた。

 ヴァンパイアであるという父の顔は知らない。人間である母との間に何があったのか、ルナが聞いても、いつもはぐらかされるだけだった。

 おそらくは、子供に話すべきではないようなことがあったのだろうと、ルナは勝手に推測する。

 そのこと以外については、母は概ね誠実だった。

 やる、やらないは別として、ルナは一通りの所作や作法を、母から教わったつもりだ。

 それだけではない。語学や数理、天文学をはじめとして、剣や魔法の技術など。戦い、生き抜いていくための、ありとあらゆる知識やノウハウを、母はルナに教えた。

 まるで、今のルナの境遇を、予期していたかのように。

 ルナから見て、生徒たちのうちの何割かは、上流階級としての食事の作法を知らない者たちのように思えた。

 特にそれは、自分たちと同じ左の、一年生の列に目立った。

 進級するにつれ、矯正されていくのかも知れない。

 夕食を終えて自室に戻ろうと、ルナとグレタが席を立つ。

 その時、二人の前に、人影が立ち塞がった。

「あなたたちが、季節はずれの新入生ね」

 背の高い金髪の女性が、二人を品定めするように見る。整った顔立ちの、目つきの鋭い美人だ。

 彼女の後ろに、さらに二人の女生徒の姿が見えた。

「私は、エーデル・ローゼンベルク。フォルティトゥドへようこそ、新入生さん」

 グレタは気圧されたように身を引いて、ルナは目を細めて怪訝そうに、エーデルを見る。

 二人からそれ以上の反応が返ってこないことに痺れを切らして、エーデルは不機嫌な表情で眉をしかめた。

「あなたたち、何か言うことはないの」

 はっとして、グレタが慌てて名乗る。

「…グレタ・レヴェナです」

 しかし、エーデルの視線はルナしか見ていない。

 ルナも、グレタに倣って名乗った。

「エリー・カーミラです」

「カーミラ?」と、エーデルはさらに眉間の皺を深くした。

「聞いたことないわね。まあ、いいわ。何か困ったことがあったら遠慮せずに言いなさい」

 そして、あらためて二人を一瞥すると、エーデルは踵を返して去って行った。その後を、お供の二人の女生徒も追う。

 彼女を見送ったグレタが、ぽつりと呟いた。

「…なんか、この学校についていけるかどうか心配になってきちゃった」

「同感よ」

 ルナも息を吐きながら、答えた。

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