第一章 3:森の家に届いた封書
「白亜の城」の異名を持つ王城パール・キャッスル。その威容を中心に、王都パール・シティの街並みが広がる。そんなマリオール王国の首都から離れた場所、街道沿いの森を抜けた先に、ひっそりとその一軒家はあった。
小鳥がさえずる。静かな風が枝葉を揺らし、木漏れ日が木造の屋根を淡く照らす。王城の厳格さとは対照的に、森の中の家は穏やかで、外界の喧騒から隔絶されたような雰囲気を漂わせていた。
荷車を引きながら、ウィルがようやく我が家へと帰り着く。
森の入り口、街道沿いの開けた場所で、数日ぶりに行商隊が馬車を連ねて市を開くという話を聞いて、朝から買い出しに出掛けていた。隊商の名前は忘れたが、かなり大規模な行商隊で、市が開かれていた広場は朝のうちから近隣の住民たちであふれかえっていた。行商隊はこの後、王都に向かう予定だという。
もう間もなく日が傾き始める。ウィルは生活用品や保存食で山積みの荷車を勝手口に付け、建物を回り込んで玄関へと向かう。
ふと違和感に気付いた。人の話し声がする。
玄関の引き戸に手を掛けようとしたその瞬間、ウィルの目の前で勝手に戸が開けられる。
「お、っと」
わざとらしく驚いたような表情の黒髪の男性がそこにいた。目を見開くウィルを見て、口元に優しげな笑みを浮かべながら、室内を振り返った。
「話に聞いた息子さんですね」
黒髪の男性の視線の先には、ウィルの父親、オルヴァンの姿があった。
「それでは、例の件、よろしくお願いします」
怪訝そうに見つめるウィルの横をすり抜けて、黒髪の男性は森の中へと消えていった。
その後姿を見送ってから、ウィルは部屋に入ると、持っていた皮の肩掛け鞄を玄関先に掛けながら父親に問う。
「父さん、今のは?」
「ああ、昔の知り合いだ。ウィル、少しこっちに来なさい」と、オルヴァンは言うと、息子を部屋の中央のテーブルの椅子に座るようにと促す。
ウィルは訝しげな表情のまま、促されるままに椅子に座った。
ふと、オルヴァンの手元に一枚の封書があるのに気づいた。蝋でしっかりと封がされており、見たことのない刻印が押されている。
オルヴァンがその封筒を、そっとウィルの方に差し出す。
「これを王都の、とある人物に届けてはくれないか」
ウィルは封筒を手に取り、刻印を確かめるように視線を落とした。
「はい。構いませんが。誰にですか?」
「近衛騎士のヴァレンという者だ。私の名前を出せば、わかるはずだ」
オルヴァンはゆっくりと立ち上がると、壁に立て掛けられている剣を手に取った。
「危険な任務になるかも知れん。これを持って行きなさい」
その剣は、オルヴァンのものだ。傷だらけの簡易な皮の鞘に納まっているが、その柄には緻密な彫刻が施されてある。ウィルがまだ幼いころに見たときの記憶では、柄頭の、今は暗く落ち込んでいる部分には、黄金の装飾が埋め込んであった。
ウィルは息を呑む。この剣は、父親がとても大事にしているものだ。
「出発は、明日で良い。今日は準備して、しっかりと休みなさい」
ウィルが両手で剣を受け取ったのを満足そうに見届けると、オルヴァンは炊事場へと向かった。
しばらくして、炊事場の方から、包丁や鍋が触れ合う金属音がかすかに響いてくる。
残されたウィルは、あらためて父親から渡された剣を見つめる。この剣に銘があるものなのかどうかも知らない。しかしその剣のずしりとした重みが、自分に課せられた任務がどれだけ重たいものなのかを暗示しているように思えた。




