第二章 15:講義「魔法理論」
「かの大魔法使い、グリュモール・ルメサは言いました」
大勢の生徒たちの前で、エイシャがその一人ひとりを見るように視線を動かしながら続けた。
「魔法を知ることは、世界の理を知ることである」
広い講堂に、それぞれ自分たちの寮のシンボルカラーの帯をした生徒たちが一同に集められていた。
緑の帯は、慈愛のカリタス。
赤い帯は、行動のフォルティトゥド。
黄色の帯は、学究のプルーデンティア。
そして青い帯は、規律のテンペランティア。
一年生の、四つの寮生が集まる合同授業だ。
魔法理論の授業、講師のエイシャが一言、一言を区切って話しながら、生徒たちを見渡す。
「これはとても大事なことです。必ず、肝に銘じてください」と前置きしてから、彼女は諭すように続けた。
生徒たちのうちの一人を、不意に指差す。
「そこのあなた――」
指を刺された生徒は、突然のことに驚いて目を丸くする。
「――魔法が使えるからといって、自らを誇ってはなりません」
そしてエイシャは、また別の生徒を指差した。
「そこのあなた。魔法が使えないからといって、卑下する必要はありません」
講堂が静まり返る。
ふっとエイシャは息を吐いて、優しく微笑んだ。
「いいですか。魔法が使えるか、使えないかは、幾つもある個人の特性の一つでしかありません。ですが――」
胸の前で、ぽんとひとつ手を叩いた。
「魔法を知ることは、この世界がどういう形をしているのかを知るためです。そして魔法を知れば、魔法から自分の身を守る、自衛の方法も学べます」
あらためて、彼女は生徒たちをゆっくりと見回した。
「さて、魔法理論の授業を始めます」
エイシャが黒板を使いながら、授業を進める。
生徒たちは皆、真剣な眼差しでそれを聞いていた。
「まず、一口に魔法と言っても、大きく二つに分けられます」
エイシャが黒板に、大きな丸を二つ書いた。
「ひとつは、自分自身の生命エネルギーを使った魔法。もうひとつは、自分以外の何かから力を借りて行使する魔法です」
彼女の講義は続く。
エイシャが右手を前に突き出した。その手のひらが、ぽおっと淡く光る。
「これが自分自身のエネルギーを使った魔法です。そして――」
彼女の唇が素早く動いて、詠唱を紡ぐ。
右手を引いて、左手を大きく横に振った。その左手の軌跡を追うように、ゆらゆらと中空に水たまりが現れる。
エイシャが手を振り終えると、水たまりが力を失ったように一気に床に落ちた。
ばしゃんと水が跳ねて、彼女の足元を濡らす。
一瞬の静寂の後、生徒たちから感嘆ともとれるどよめきがあがった。
グレタが胸の前で手を組んで、エイシャの実演を目を輝かせて見つめる。
しかし、ルナだけは目を細めて講師を睨みつけていた。
魔力のコントロールがどれほど難しいか。ルナにはそれがわかる。
現象の具現化ではなく、質量を伴った物質を、しっかりと制御して顕在化させる。それがどれだけの技量と才能が必要なのか。教わったから出来る、などという代物ではない。
「さて、魔法に対する自衛手段ですが」と、エイシャが濡れた自分の足元を見た。
「今日は、長靴を履いてくるべきでしたね」
生徒たちから笑い声が漏れた。
「魔法を知るには、この世界の在りようを知る必要があります。これを体系化したからこそ、グリュモールが大魔法使いと呼ばれる所以となったのです」
一転して、エイシャの表情が引き締まる。
生徒たちも、固唾をのんで彼女の話の続きを待った。
「私たちが居る世界は、幾つもの世界が重なり合って存在しているのです。簡単にそれを目にすることはできませんが、その事実を受け入れること。それこそが、魔法を理解するための最初の入り口です」
ざわつきはじめた生徒たちを、エイシャは時間をとってゆっくりと眺めた。
「…どういうことなのかな」と、グレタが隣のルナに小声で問う。
ルナもわからないといった感じで、首を横に振ってみせた。
だが本当は、ルナは理解していた。
この世界は、複数の世界が重なり合って同時に存在している。
あえてそれに名前を付けるのであれば、今の自分たちがいる人間たちの世界。基本的な魔力の源となる、精霊たちの世界。そして、人間たちの世界とはまったく逆の性質をもった、魔族たちの世界。
それだけではない。その他にも、幾つもの世界が存在する。
「此処とは違う、別の世界から力を借りる。それが魔法の基礎です」
発せられたエイシャの言葉に、再び講堂は静まり返った。
「この世界と、別の世界を繋ぐのが、呪文の詠唱や、場合によっては予備動作だったりします。なので、それを封じること。まずはそれが魔法に対する対策のひとつとなります」
グレタがせっせと走り書きでノートにメモをとる。
ルナは小首を傾げた。
「…グレタさん。魔法が使えるって言ってなかったっけ?」
グレタが顔を上げて、にんまりと笑う。
「少しだけ、ね」
そしてまた向き直ってノートをとり始めた彼女の横顔を、ルナは冷ややかに見つめた。
グレタがどんな魔法を使えるのかは知らないが、世界の在りようを知らずとも、なんらかの魔法を使うことができるとしたら、それは才能の領域だ。
エイシャは、魔法には二種類あると言った。しかし前者の生命エネルギーを使った魔法も、自分の内側にあるもう一つの世界から力を借りているという言い方をすれば、二つはほとんど変わらない。
大事なのは、正しく、真にイメージできるかどうかということだ。
ルナは黙ったまま、ルームメイトの赤い髪の少女を眺め続けた。




