第二章 12:王女と従者の旅立ち
腰丈のチュニックの上に、オリーブ色のマントをはらりと羽織る。
革の手袋を嵌めながら、パティアが焦れたように声をかけた。
「ねえ、早く!」
ウィルは革のブーツのひもを固く結び直して、ゆっくりと立ち上がった。
オルヴァンはこの場にはいない。
建前上、二人を見送ることはできないと、何処かに行ってしまった。
日用品と、数日分の携行食料が入ったバックパックを背負って、ウィルが玄関の扉を押し開けた。
眩しい日差しが、彼の顔を打つ。
ウィルは目を細めて、空いている方の手で日差しを遮った。
二人は森を抜けて、街道に出る。
この辺りはまだ王都に近いため、周囲にはまばらだが行き交う人々の姿があった。
その誰もが、旅人の格好をしたこの女性が、まさかマリオール王国第二王女だとは気付きもしないだろう。
「王都には行けないし。まず近くの街で、ベルフェル方面の乗合馬車を探さないとな」
ウィルの言葉に、パティアが意味ありげに笑う。
「大丈夫よ。ちゃんと考えてるから」
ウィルは、腰に吊るした剣の柄に触れた。父親の剣だ。
ひんやりとした冷気を放っている。父親の手入れが行き届いているからなのか、その切れ味は証明済みだ。
「まずは、ペルセイドね」
パティアの言葉に、ウィルはただ頷いた。
港湾都市ペルセイド。
王都パール・シティの衛星都市で、ここからなら半日ほどで着くはずだ。
確かに、ペルセイドなら乗合馬車も見つかるかも知れない。ウィルも何度か、買い出しに行ったことがある。マリオール王国の軍港も兼ねており、気性が荒っぽい住民も多いが、賑やかな港町だ。
二人の横を、馬車が追い越していく。
家族連れだろうか、馬車の窓から幼い子供が体を乗り出して手を振る。それに、パティアが笑顔で手を振り返した。
「ウィルは、子供の頃はどんなだった?」
遠ざかって行く馬車を眺めながら、パティアが聞く。
「子供の頃か…」と、ウィルも遠くを眺めた。
「とんでもない田舎だったからなあ。ほんと、山と湖しかなかったよ」
隣を歩くウィルを、パティアがそっと見上げる。
「へー。王都じゃないんだ?」
「ああ。名前もないような、小さな村さ。住人もほとんどいなくて、子供もおれだけだったから、父親や近所のおじさんに剣を習ったり、おばさんたちに薬草の見分け方だったり、勉強を教わったり。毎日がそんな感じだった」
パティアが小さく首を傾げる。
「退屈じゃなかった?」
「退屈?」と、ウィルは自問するように復唱した後、顎を上げて空を眺めた。
旅をするのにはもってこいなほどの快晴だ。上空ではゆるやかな風が、ゆっくりと雲を押し流している。
「そう退屈だなんて、思ったこともなかったな。それでも毎日、やんなきゃいけないことはあったし、そんなもんだと思ってた」
「んー」と、パティアはどこか納得のいかない表情だ。
彼女は王室で育ち、教養や儀礼をはじめとして、勉学や武術、文芸、馬術など、およそ王家に生まれた者として求められる教育を一通り受けていた。
それでも、毎日が退屈だった。
本で読んだ異国の文化に憧れ、数多の勇者たちの冒険談に胸を躍らせた。
そして自分もいつかは、書物で語られるような冒険がしたいと願っていた。いや、必ずそんな日が来ると、信じていた。
「男の子なんだから、もっと冒険しなくちゃ」
そう言って、ウィルの背中を平手で叩いた。
わずかに前のめりになったウィルだったが、ゲンコツで殴られるよりはマシだと、愛想笑いで返した。




