第二章 11:井戸端の距離感
カンッ、カンッ。
木材同士が打ち合う音で、ウィルは目が覚めた。
昨夜はよく眠れなかった。
おそらくは危険が待ち受けているだろう、旅の行く末を案じて、畏れと興奮に鼓動の高まりを抑えきれなかった。
――と、いうのもある。
しかし、それと同等に――。いや、それ以上に、従姉とはいえ、同年代の女性が一つ屋根の下で、一夜を過ごすという事実に、妙にそわそわしてなかなか寝つけなかった。
外から、打ち合う乾いた音が連続して響いてくる。
窓から差し込む早朝の陽光に当てられて、ウィルは目を細めながら起き上がった。
寝起きのまだぼやけた視界で、玄関のドアを開ける。
木を打ち鳴らす音が、大きくなった。
目の前で繰り広げられている光景に、ウィルは思わず息を呑んだ。
ウィルの視線の先で、ふわりとスカートが広がった。
片足でターンしながら、パティアが木刀を薙ぐ。
オルヴァンがそれを受け止めると、パティアは軸足を変えて逆向きにターンして再び木刀を薙いだ。
カンッ!
乾いた音を響かせて、木刀を逆手に構えたオルヴァンがそれを受け止めた。
さらにパティアが舞うように、次々と斬撃を繰り出す。
四方八方から降りかかる攻撃を、しかしオルヴァンはひとつ残さず易々と捌ききる。
ハァハァ、と息を切らせて、パティアが木刀を杖のように地面に刺した。
「もう無理…」と、パティアがその場に座り込む。
オルヴァンが肩で木刀を弾ませながら、視線を玄関前のウィルに向けた。
「――ウィル、どう思う?」
問われて、ウィルは素直に答える。
「演舞ですね。型通りだからすべて読まれる」
パティアが不服そうに頬を膨らませた。
オルヴァンが朝食の準備をするために、家へと戻る。
ウィルは井戸へと向かった。その後を、当然のことのようにパティアも付いてくる。
井戸から汲み上げた水を、ウィルが柄杓で掬って口に含んだ。
冷たい水が喉を滑り落ちて、ようやく目が覚めた気持ちになる。
その様子を見ていたパティアが、さっとウィルの手から柄杓を奪う。
「お、おいっ」と、声を上げた彼を無視して、パティアは桶から柄杓で水を掬い、ごくごくと一気に飲み乾した。
「ぷはー。あー、美味しい」
朝の光を浴びて、額から珠のような汗を散らせながら、パティアが満足そうに笑った。
その笑顔に、ウィルは思わず見惚れてしまう。
先ほどの、父親とパティアの地稽古。型に嵌った動きだったとはいえ、彼女の舞うような剣捌きはとても美しかった。
すらりと伸びた手足から紡がれる、しなやかで淀みのない動き。
素早く、そして繊細に描かれる太刀筋。
剣の技量はともかく、その一つひとつがあまりに華麗で、気付けば見入ってしまっていた。
ウィルの視線に気が付いて、パティアが柄杓を突き返すような仕草で差し出す。
反射的に、ウィルはそれを受け取った。
柄杓にはまだ、パティアの飲みかけの水が半分ほど残っていた。
心臓がどくんと大きく脈打つのが、自分でもわかった。
時が止まる。実際には、それはほんの一瞬だったが、ウィルにはとても長い時間のように感じられた。
悩んだ挙句、ウィルは柄杓の水を捨てて、桶から掬い直した。
「…あっ」と、パティアが小さく声を上げる。
そして柄杓に口をつけるウィルの背中を、いきなりゲンコツで殴りつけた。
「――っ!?」
水を口に含んでいたウィルは、思わずゲホゲホとむせ込んだ。
腕組みをしたパティアがむくれた顔で、そっぽを向く。
遠くから、オルヴァンの声がかかる。
「二人とも、朝食の準備が――」
言いかけたオルヴァンが、眉をひそめる。
むせて咳き込んでいる息子と、その側でむくれているパティアを怪訝そうに見比べた。
「さあ、行きましょう。叔父様。おなか空いちゃった」
パティアが甘えたような声音で、オルヴァンの背中を押しながら家へと押し戻す。
その場に残されたウィルは、呆然とそれを見送ることしかできなかった。




