第二章 9:嘘から始まる寄宿学校
街の外、南門の前に馬車をつける。
人の往来はそれほど多くない。
暇そうにしていた門番の兵士が、馬車から降りてきたルナとシュタインを見てわずかに警戒を見せた。
「おれたちはここまでだ」
クラウスが馬車の乗り口から上半身を覗かせて言う。
「一週間後にまた来る。無事を祈るよ」
二人を残して、馬車は元来た道を引き返して行った。
ルナがフードを深くかぶり直す。口元がかろうじて見える程度で、ほとんどその表情をうかがい知ることができない。
シュタインが首元に手を当てて肩を慣らしながら、おもむろに門兵に歩み寄る。
ルナが眺める視線の先で、シュタインが門兵と幾つか言葉を交わす。
最初は警戒していた様子の門兵だったが、次第にその表情が和らいでいった。そのうちに、シュタインの話しかけに、笑顔をすら見せはじめる。
こういった場面を、ルナは幾度も目の当たりにしたことがあった。
一見、穏やかに見える彼のその物腰のせいか、他人の警戒心を解き、懐に入り込むのが上手い。とてもルナには出来ない芸当だ。
羨ましいとは思わないが、不思議だ。
シュタインの言葉に、門兵が何度も頷く。
そして、シュタインが振り返ると、手招きでルナを呼んだ。
ルナはフードの奥で短く息を吐いて、ゆっくりと門の近くまで歩を進める。
そんな彼女を眺めながら、何故か門兵が意味ありげに微笑んだ。
近くまで来たルナに、門兵が力強く言う。
「いいか。頑張るんだぞ」
不意をつかれて呆気にとられるルナの肩に、ぽんと、シュタインが手を置く。
そして彼は大きく頷くと、文句を言いたげに顔を上げたルナを無視して、さっさと街の南門の方へと向かった。
門を通り抜けて先に進むシュタインを、慌ててルナが追った。
「今のは、何よ」
ようやく追いついたルナが、シュタインを睨む。
「ああ」と、シュタインが答える。「引きこもりの妹を、寄宿学校に入れるために来たって言ったんだ」
悪びれた風もなく、彼は屈託のない笑みを向けた。
「その格好も怪しまれずに済むし。名案だろ?」
ルナの眉が、ぴくりと跳ねる。
そして振り向きざまに、彼女はシュタインの鳩尾に膝を叩き込んだ。
苦悶の表情でうずくまるシュタインを一瞥することなく、ルナは大通りを早足で歩き去った。
鐘楼の街、ベルフェル。東の一区画、整備された樹林に囲まれてその寄宿学校はあった。
正門の大きな鉄製の柵の前で、シュタインが衛兵に手紙を渡す。ヴァルターから預かった紹介状だ。
さすがエルドヴァル市長の紹介状だ。その効果は抜群で、二人はすぐに校舎へ案内された。
通された部屋で待っていたのは、修道服姿の女性だった。
年齢は五十才ほどだろうか。優しげな微笑みで、ルナとシュタインを迎え入れた。
「ようこそ、アウレリア学院へ。私が副校長の、クラリッサです」
ベールの奥で、静かに目を伏せる。
「また修道服か」と、シュタインが小さく呟く。
しかしその顔は、にこやかな笑みを浮かべたままだ。
「私はカイルと申します。アルテンフォルクで、父と一緒に小規模ながら、商売をさせていただいております。そして、――」
傍に立つルナに、視線を送る。
「こちらが妹の、エリーです。甘やかされて育ったせいか、最近は部屋に閉じこもりがちで、人と話すこともない」
ルナは俯いたまま。
シュタインが続ける。
「これではいけないと思いまして、社交を学ばせていただけないかと。父がブロム氏に相談したところ、こちらを紹介していただきました」
爽やかに笑うシュタインに、クラリッサも穏やかに頷いた。
「――ほら、エリーもご挨拶しなさい」
ルナは黒いマントをもぞもぞとさせながら、フードの奥から上目遣いでクラリッサを見る。
一度、口を開きかけて、また結ぶ。しばらくして、ゆっくりと唇を動かした。
「…エリーです」
「まあ、よく自己紹介できました」と、クラリッサが手を叩いて大げさに褒める。
「お任せください。お兄様は、入学の手続きがありますので、お待ちを」
そして、クラリッサは手元のベルを鳴らした。
リン、と澄んだ音が意外と大きく響き渡る。
しばしの間、その場で待っていると、ルナとシュタインが入ってきたドアから、修道服姿の若い女性が現れた。
「お呼びですか、クラリッサ様」
彼女が慇懃に言いながら、ふと側に立つ二人に気付いて頭を下げる。
「エイシャ、彼女をフォルティトゥド寮に案内なさって」
「はい。クラリッサ様」と、エイシャと呼ばれた修道女が目線を伏せて応えた。
視線を上げて、ルナを見て微笑む。
「さあ、行きましょうか」
ルナはおずおずと頷いてみせた。




