第二章 3:シリルの悪夢の朝
侍女の格好をしたシリルが勢いよくドアを開ける。
部屋の中にいた、二人の料理人と目が合った。
驚いた表情の二人を横目に、彼女は開けたときと同様に激しくドアを閉めた。眉間には深いしわが刻まれ、口元が引き結ばれている。焦りが隠せない。
城内の通路を駆け巡りながら、シリルが次々とドアを開けていく。
次のドアを開けたとき、着替え途中の若い侍女と目が合った。
短く悲鳴をあげた侍女が、それがシリルだと気付いて怪訝そうに眉をひそめた。
「…シリル様?」
シリルはそんな侍女をちらりと見ると、すぐに素早く部屋中を見回した。
「――姫様は見なかった?」
「い、いえ…」と、侍女が言い終わる前に、シリルはドアを閉めて再び通路を駆ける。
失態だ。シリルは走りながら、苦々しい顔で天井を仰ぎ見た。
教会を舞台にした、動く死体の事件。あの一件以降、パティアはやけに大人しかった。
勉学や教養に自ら励み、さらには炊事場で料理人たちに交じって料理を教わったりと、まさか第三王女らしからぬ振る舞いまであった。
シリルに剣術の指南を乞うてきたときには、さすがの彼女も驚いた。
王国に迫る危機感を間近に感じて、王家の一員としての責任感が芽生えたのだとしたら、それは何よりだ。
少なくとも、シリルはパティアの変化を快く思っていた。
以前のように、興味本位で諍いごとにすぐに首を突っ込もうとする。城を抜け出して、城下で問題を起こす。それが無いだけで、シリルはお守り役から解放されて、本来の自分の仕事に集中できた。
その油断がいけなかった。
今朝、彼女の部屋で挨拶をしたときは、パティアはいつもとなんら変わりはなかった。
少々、早起きだな、と感じたくらいだった。
それが、ブランチの時間になっても現れない。
勉学に集中しているのかと、彼女の部屋を訪れたが、パティアはいない。それどころか、こうやって城内を探し回っても、どこにも彼女の姿は見当たらなかった。
これがもし、すべてパティアが謀ったものだとしたら。
「あああああ!」
シリルは立ち止まり、青ざめた顔で両手で頭を抱え込んだ。
側を通りかかった兵士が、ぎょっとした顔で半歩、身を引く。
――これはまずい。取り返しがつかなくなる前に、なんとかしなくては。
彼女を見て、驚いて目を丸くしていた兵士を、シリルがキッと鋭く睨む。
「兵士と近衛兵に伝達! すぐに姫様を探しなさい!」
「は、はっ!」
慌てて返答する兵士を置き去りにして、シリルは必死の形相で再び駆け出した。




