第一章 13:修道女の末路
人間の姿を取り戻したマルセラが、失った左肩を押さえて地下水路をおぼつかない足取りで逃げていた。
時折、その身を壁に寄り掛からせながら、必死で先へと歩を進める。
フードの女性は別の抜け道から、すでに立ち去った後だろう。
「くっ…、こんなところで…」
ハァハァと荒い呼吸を繰り返す。
マルセラに流れる魔族の血は薄い。彼女は孤児だった。
物心が付いたときには、すでに貧民街で食べ物を求めてごみを漁っていた。幼少期に命を落とすことがなかったのは、その流れる魔族の血ゆえだったのかも知れない。
一度だけ、施設に救われて、里親のもとに保護されたことがあった。
しかしマルセラの異質さ、他の子供とは違うその能力を恐れた里親は、早々に彼女を手放した。
再び、貧民街に戻ったマルセラに、手を差し伸べてくれたのは、とある教会の修道女だった。
彼女はマルセラの異質さや、その他とは違う能力を受け入れてくれた。
母親のように、あるときは教師のように、マルセラを優しく、そして厳しく育ててくれた。
自分に魔族の血が流れているということを教えてくれたのも、彼女だった。
しかし彼女はまったくマルセラを差別することなく、迫害することもなく、魔族の血脈だということを周囲に隠して、他の修道女たちと同じように接してくれた。
マルセラがこの王都に派遣される、だいぶ以前のことだ。
「帰らないと…」
壁に体を預けながら、マルセラが薄闇を進む。
その時、彼女の前を、一人の女性が立ち塞がった。
黒いマントを身にまとった、黒いフードの女性。色白な肌に、銀色の髪が垂れる。端がわずかに吊り上がった大きな目が、マルセラを睨んでいる。
マルセラが驚愕の表情を浮かべた。
「と、当代様ーー」
フードの女性、ーールナが、険しく眉を寄せる。
「誰よ、それ」
ルナの後ろから、黒髪の男性が姿を現した。
彼を見て、マルセラの表情が激しく憤怒する。
「キサマはッ!」
ルナが小さく詠唱して、手のひらをマルセラに向けた。
その手のひらから発せられた青白い光球が、マルセラの胸を貫いた。
続けて放った光球が、マルセラを青白い炎で包み込んで、燃やす。
ァーーー。
声にならない断末魔をあげながら、マルセラの体が黒ずみとなってその場に崩れ落ちた。
「…終わったな。どうやらあの二人がきちんとやってくれたようだ」
シュタインが見上げながら言う。
ルナはしばらく黒ずみを眺めていたが、すぐに興味を失ったようにマントを返して身を翻した。




