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BLOOD STORY  作者: 初、
11/24

第一章 11:聖堂に潜むもの

 すっかりと日は暮れて、王都に夜のとばりが降りはじめた。

 普段は日付けが変わる頃まで酔っ払いたちで賑やかな繁華街も、今日は人影ひとつ見えない。明かりもすべて消されていた。

 王都全体に、戒厳令が敷かれた。

 真っ暗に閉ざされた街の、北西部。この一帯だけ、異様な物々しさを放っていた。

 無数の松明が並ぶ。教会を兵士たちが取り囲んでいた。猫一匹、通り抜ける隙も無い。

 兵士たちに、重装備の近衛騎士が指示を飛ばす。

 教会の正門の前には、シリルとリュカ、そしてウィルの姿があった。

 シリルが、松明の灯でおぼろげに照らされる教会を見つめながら言う。

「突撃するのは、この三人にします。大人数で突撃しても、こちらの被害が増えるだけでしょうから」

 そして、ウィルの方を振り向く。

「わかっているとは思いますが、決してバラバラにならないよう。まとまって動きます」

 その言葉に、ウィルが頷く。

 動きづらいからと、ウィルは装備の提供を断った。父親から借り受けた剣の柄を、そっと撫でる。

「セラフィヌス、…シリル様は、その」

 ウィルはわずかに言い淀んで、おそるおそる言葉を続けた。

「シリル様は、その格好で行くんですか…?」

「シリル、でいいですよ。ウィル」と、侍女の服装のままのシリルが答える。「私も、この格好の方が動きやすいので」

 にやにやと笑うリュカを、シリルは無視する。

「定刻です。行きますよ」

 シリルが宣言して、鉄製の門を押し開けた。

 ギィ、と錆びた音を響かせて、教会の門が開く。

 教会の中からの反応はない。何人もの修道女が生活しているはずだが、今は誰ひとりの気配も感じられなかった。

 扉を押し開けて、礼拝堂に入る。

 燭台にも明かりが灯されていない。窓から差し込む月明かりで、ようやくおぼろげに様子がうかがい知れる程度だ。

 だが、ウィルは気配を感じた。何かがいる。

 リュカが早口で詠唱する。彼女の手のひらで、ボッと光球が生まれた。

 それをふわりと天井付近に放り投げる。

 教会の内部が、柔らかな光で照らされた。

「――っ」と、不意にくぐもった悲鳴があがる。

 振り向いたウィルの視線の先には、修道女の姿があった。

 眩しそうに目を覆いながら、こちらを恨みのこもった視線で睨みつける。

「どうやら、すでに囲まれているようね」

 ウィルが慌てて周りを見る。

 シリルの言葉どおり、すでに四方を修道女たちに取り囲まれていた。

 修道女たちは獣のように唸りながら、じわりじわりと間合いを詰めてくる。

 シリルが静かに剣を抜いた。

 ウィルが戸惑いながら周囲を見まわしていると、シリルが修道女たちから視線を外さないままで言う。

「彼女らを、人間だと思ってはいけません。アンデッドではなさそうですが、…もう、元の姿には戻れません」

「何者なんですか」

 ウィルもようやく剣を抜きながら、問う。

「手紙には、感染せし者とありました。私たちが、動く死体と呼んでいたものです」

 シリルがウィルの横を駆け抜けて、一人の修道女との間合いを一気に詰める。

 修道女がそれに反応する間を与えず、シリルが振るった剣が一太刀で彼女の首を刎ねた。

 切断された断面から、どろりと粘つくどす黒い体液があふれ出す。

 頭を失った修道女の体が、どさりと膝から崩れ落ちた。

 それが、合図となった。

 獣のような咆哮をあげながら、修道女たちがいっせいに襲い掛かってきた。

 掴みかかってくる腕を、シリルはあっさりと斬り落とす。そのまま距離を詰めると、また一人、修道女の首を刎ねた。

 修道女の突進を、ウィルは身をひねって躱す。

 その背中に肩から体当たりして、勢いのまま弾き飛ばした。

 人の形をしている者に、剣を振るうのに戸惑いがあった。さらに相手は、武器すら持っていない。

 次々と、シリルが修道女たちを仕留める。その剣捌きに迷いはない。

「ためらう必要はありません。葬ってあげるのが――」と、最後の修道女の首を刎ねた。

「彼女らに対する優しさ、…弔いです」

 そう言い切ると、シリルが眉間にしわを寄せて唇をきゅっと固く結んだ。

「本当の敵は、彼女らをこんなふうにした、何者か、です」

 静まり返った礼拝堂の奥を睨みつける。

「さあ、行きましょう」

 祭壇を脇を通り抜けて、三人は裏庭に出た。

 下弦の月明かりが、周囲を冷たく照らす。

 ほどなく、夜目にも慣れてきたのか、建物や、木々の輪郭がはっきりと浮かび上がってきた。

 三人が出てきた教会のほかに、確認できる建物は二つ。修道女たちの宿舎と、シリルたちが昼間に訪れた遺体保管所。

 シリルは迷わず、遺体保管所へと歩を進める。

 ウィルとリュカも、それに付いて行く。

「今更ですが、」と、先を歩くシリルに、ウィルが問いかける。

「あの手紙には、何が書かれてあったのですか?」

 微かに、シリルが振り返る。

「父上から、何も聞いていないのですか」

「…はい」と、ウィルは頷いた。

 シリルは建物の前に立つと、極力音をたてないようにゆっくりと扉を押し開けた。

「国境近くのメルヴェという村で、一夜のうちに住民すべてが忽然と姿を消す、という事件がありました」

 短い通路を進みながら、シリルが小声で続ける。

「その件で、兄が調査に赴いています。手紙は、その兄からのものです」

 シリル――セラフィヌスの兄、レオン・ヴァレンからの手紙。

「調査をはじめた日の夜更けに、兄の一行は何者かの集団に襲われました。これを退け、翌朝、現場を確認すると」

 シリルが、石造りの壁や床を調べる。

 高い天井の上部付近の、明り取りの窓から、光のカーテンのような月明かりが差し込んでいる。

「変容した、村の住民たちだったことがわかりました」

 ウィルは息を呑んだ。

「彼らは、何かに感染していると思われました。狂犬病のような、なんらかの病に。兄たちは、それを、感染せし者と呼んで、現在も引き続き調査中です。そして――」

 シリルが、部屋の隅にあるベッドの下を覗き込んだ。

「もう一通、別の手紙が同封されています。…ウィル、ベッドを動かすのを手伝ってもらえませんか」

 どす黒く汚れたシーツを被ったベッドを、二人で横にずらす。

 ベッドがあった場所にしゃがみ込んで、シリルが指の関節で床をこんこんと叩いた。

 何か所か同じように床を叩いていたシリルは、ふと返ってくる音が軽くなる箇所があることに気付いた。

 シリルの手が止まる。

「もう一通の手紙の差出人は不明です。しかし、その手紙は、兄の手紙を補足するものでした」

 手探りで、シリルが床を調べる。指が床の隙間に引っかかった。

 シリルは上体を起こすと、隙間に指を掛けて重たそうに引き上げた。

 ズズッ、と床板が開いた。地下へと繋がる通路がそこに現れた。

「病ではありません。人為的な、仕業だと。そしてそれは、この王都にまで迫ってきている」

「こんな仕掛けが…」

 ウィルは、背筋に冷たいものが走るのを感じた。

「おそらく敵は、この先にいます」

 シリルの声も、わずかに緊張しているように聞こえた。

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