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第9話 天音さんと一緒に料理4

 食器を洗い終えた俺は、余った鯖の味噌煮を器によそい、腐らないように冷蔵庫に入れる。


「そういえば、買い物に最近行ってなかったからな。あまりものがない。」


 冷蔵庫には、醤油や味噌などの調味料と、牛乳や お茶などの飲み物しか、入っておらず、野菜室も確認するがキュウリが数本しかなかった。


「晩飯は残った鯖の味噌煮を食べるにしても、それだけじゃ、栄養が片寄るし、仕方ない。買い物いくか。」


 俺はエプロンを脱ぎ、外に出るための身支度を整える。


「ツカサ姉。近くのワオンに買い物に行くけど何か必要なものある?」

「歯みがき粉が失くなりそうだからいつものお願い。」

「歯みがき粉ね。了解。」

 

 忘れないようにスマホのメモ帳に記入しておく。


「あっ、そうだ!天音さんも必要なものがあったら言ってください。買ってきますから。」


 

 玄関の前まで行って、天音さんのことに気がつき、振り返って、リビングの方を向いて伝える。

 すると返事の代わりに、リビングの方からペタペタと、足音が近づいてきた。


「私もついて行ってもいいかな?」

 

 その声に振り返ると、淡い青色のコートにサングラス、帽子をかぶり、変装ばっちりな天音さんが真後ろに立っていた。


「ちょうど家に、着替えを取りにいこうと思ってたところなの。買うものも自分で選びたいし、いいかな?」

「いいですけど。着替えなら、言えばツカサ姉が貸してくれると思いますよ。」


 俺の質問に、答えづらそうに指と指を何度もくっつけながら、体をもじもじとさせている。

 

「ツカサちゃんのは、その…。ブラのサイズが合わないから…。」


 天音さんは、言いながら、恥ずかしがるように顔を背ける。

 その顔は、火が出そうなほど、真っ赤である。

 俺の視線は自然と、引き寄せられるように天音さんの謙虚な胸元に向いた。

 俺は、つい反射的にツカサ姉と天音さんのを比べてしまった。

 

 

「なんか、スミマセンでした。」

「なにがっ!?」

 

 俺は深々と謝罪をする。

 不味いよ。胸元を見ただけでも、ギルティなのに、他の人と胸を比べるなんて、地獄の断頭台行きだ。

 天音さんも顔を赤らめて恥ずかしそうにしてたし、顔を背けて、心なしか表情も暗く見えたし、小さいのが、コンプレックスなのは間違いない。

 なんとか励まさないと。

 俺は、頭をフル回転させて励ます言葉を必死に探した。

 


「その、天音さんは、可愛いですし、小さいのが好きな人もいると思うので大丈夫ですよ。だから、その元気だしてください。」

「…かわいい。」


 ボソッと何か言った後で、にへらっと照れながら笑った。

 頬の赤みがより色濃くなったように見える。

 しかし、ひとしきり笑うと突然何かを思い出したかのように「小さい、小さい」と念仏のように唱え始めた。

 そしてハッと、何かに気付いたのか勢いよく顔をあげると、頬を膨らませて鋭い目付きで、こちらを睨んできた。

 あまりの目つきの鋭さに咄嗟に天音さんから視線を外し天井を見つめる。

 

 「あれは、本当に天音さんか?」


 いつもの天真爛漫な姿はなく、怒りで顔を真っ赤にして髪は逆立っている。体からは蒸気を発していて背中には炎の背景が見える。

 その姿はまさに不動明王だ。

 怒りの形相が怖すぎるあまり、目を閉じて瞑想しながら、思わず「怒りを鎮まりたまえ」と、念仏を唱えてしまった。



「確かにツカサちゃんよりは小さいけど……。ちゃんと谷間はあるしっ……。絶対、平均くらいは、あ、あるはずだもん。」

 

 天音さんはぶつぶつと何かを言っている。

 声が小さすぎて何を言っているのかは分からない。

 だが、視線を落として、自分の胸元をじっくりと眺めていたところから、何を言っているのかなんとなく想像できた。

 

 励ますどころか、余計なことを言ってしまった。

 なんとか挽回したいところだが、これ以上は、何を言っても悪手。かえって、火に油を注ぐ行為になるだけで意味がない。

 ここは、触れないのが吉だな。うん。

 ひとまず天音さんを置いておき、靴を履いて出かける準備を整える。

 少し時間を置いて冷静になったのか、天音さんは、いつの間にか靴紐を結んでいる俺の隣に座っていた。


「いたっ!!」


 突然、痛みが走る。

 デコピンだった。

 力をためるため、押さえつけられていた親指から放たれた右手の人差し指は見事、俺の額にクリーンヒット。

 玄関にある姿見を見ると額には真っ赤な指の跡がくっきりと写っていた。


「なんで?」

「知らないっ。」

 

そう言いながら天音さんは、そっぽを向いてしまった。

 俺の疑問に答えなかったが、こちらを睨んでいた目は、わかるでしょと言いたげだった。

 

「重ね重ねすみませんでした。」

「もう……。買い物行くんでしょう。ほら、早く、行こっ。」

「あ、ちょっと。」


 俺が謝罪すると天音さんは、呆れたような顔で、苦笑いすると靴紐を結んでいた俺の手を取って、玄関を飛び出した。

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