第7話 天音さんと一緒に料理2
天音さんの作った鯖の味噌煮は、なんとも、強烈な味だった。
内臓を取っていないため、一口噛むと、血生臭さが口全体に広がり、その直後、とてつもない塩辛さが舌を襲い、さらに生クリームをこれでもかと入れたかのような甘ったるさが波のように次々と押し寄せてくる。
しかも、酒の入れすぎでアルコールが完全に飛んでおらず、胸の辺りが不快になってくる。
しかし、吐くほど不味いわけではなく、鯖の味噌煮はかろうじて、奇跡的に、本当にぎりぎりで食べられない味ではなかった。
ただ、味が口のなかにずっと残り、不快感が半端ない。
俺はコップに水をくみ、一気に流し込む。
「やっぱり、まず〜い!美味しくないっ!」
「とてもじゃないけどこれを全部、食べるのは無理だ。」
苦々しい顔で魚を噛みしめる、天音さんとツカサ姉。その顔は、とても女優やモデルとは思えないほどに歪んでいた。
「水、飲みます?」
「「早くちょうだい!」」
声をハモらせた二人に急かされた俺はすぐに水をたっぷりと入れたコップを渡した。
二人はすると、二人は流し込むように水を一気に飲み干した。
「はー!生き返ったー。」
「私、水がこんなに美味しく感じたの生まれてはじめて。」
ようやくダークマターを飲み込んだ俺たちは、ようやくほっと一息をついた。
「それじゃあ、これから、どうすればうまく作れるようになるのか。一緒に考えていきましょう。」
「う~ん。」
三人それぞれ、何かいい方法はないかと思案する。
「さっきの調理工程を見た感じ、これ以上料理上手くなるとは思えないし…清華、諦めたら?」
俺の問いに、ツカサ姉は、あっけらかんとした表情でいい放つ。
「そんな身も蓋もない……。」
「やっぱり私が料理をするなんて、無理だったのかな?」
天音さんはガクッと肩を落とすと思わず、ため息を溢しながらそう呟いた。
「そんなことないですよ!俺だって、最初は卵焼きを真っ黒焦げにしてましたから。」
「本当?」
「はい!初めは下手だった俺も、これくらい出来るようになったんです。だから天音さんも練習すればできますよ。」
「……そっか。」
俺の話を聞いてほっとしたのか、天音さんの表情がほころんだ。
「けどそれってあんたが小6の時でしょ?清華はもう、高2よ。本当に出来るようになるの?」
「シィー!余計なこと言うな!」
「はぅ…。」
ボソッと口に出したツカサ姉の言葉が聞こえてたのだろう。天音さんはしゅんとした悲しい表情で俯いてしまった。
「大丈夫ですよ。俺が思うに天音さんが料理できないのは、知識不足と経験不足が原因です。知らないことは、俺が教えますし。出来ないことは、練習して数をこなせばちゃんと出きるようになります。」
「本当に、出きるようになるかな?」
「はい! 俺が必ず、天音さんを料理が作れるようにしてみせます。だから、諦めないで、頑張ってみませんか?」
「うん。もう一回頑張ってみるよ。」
天音さんは、俺の目を真っ直ぐな瞳で見つめて答えた。
その顔は、もうしゅんとしておらず、やる気に満ちていた。
「それじゃあ、先に見本を見せるので、その通りにやってみてください。」
俺は、頭を落として、腹を開き中から内臓と血合いに包丁を入れて水洗いする。左手で、骨を押さえながら綺麗に鯖を捌き、丁寧に骨を取る。切り分けた鯖を湯引きして臭みをとる。湯引きした鯖と一緒に砂糖、酒、みりんなどの調味料を鍋に加えて火をかけて煮込む。
鯖に火が入ったら味噌を入れて、さらに煮詰めていく。
しばらくすると、甘い味噌の香りが漂ってきた。
ふたを開けると、これぞ鯖の味噌煮というものが出来上がっていた。
俺は、出来立てほやほやを皿に取り分けて二人に渡す。
「これは、身がほろほろで、優しい味噌の味が効いてて、ご飯が食べたくなる味だわ。」
「本当、拓人くん。凄い美味しいよ。」
二人に褒められて、顔がニヤける。
「ありがとうございます。でもこれだって、昨日のトマトと豆乳のスープだってレシピ通りに作っただけなんですよ。だから天音さんもレシピ通りやれば必ずうまくいきます。俺もサポートしますんで、一緒に頑張りましょう。」
「わ、わかった。頑張ってみるよ。」
そう言って、天音さんは、魚に包丁を入れて、頭を取ろうとするが、手付きがどうもぎこちなくて危ない。
いつ指を切っても不思議じゃないその姿にヒヤヒヤしてとてもじゃないが落ち着いて見ていられない。
「それじゃあ駄目ですよ。指を切っちゃいます。指はこう少し丸めないと。」
「……っ!!」
俺がサポートに入ると、天音さんの肩がビクンと跳ねた。
「どうかしましたか?」
「な、何でもないよ!?」
「そうですか。それじゃあ、集中してくださいね。刃物を持っている状態でぼーっとしていたら危ないですから。」
「う、うん」
俺のサポートはありながらも、天音さんは、手早くそして上手に鯖を解体していく。
「内臓は、破れないようにしてください。そう! いいですよ。」
「左手で骨を押さえて、滑らせるようにしてください。」
「魚は一口サイズに切って、骨は、ピンセットで一つ残らず取ってください。」
こうして悪戦苦闘しながらも天音さんはなんとか鯖を捌ききった。
「魚を捌くのは料理初心者には難しいのに天音さん、凄いです!」
「……。」
「天音さん?」
返事がないので、天音さんの視線を向けると、天音さんの頬がリンゴのように赤みが刺していた。
「拓人、いい加減その手、放してあげたら。それ以上触っていたら清華の頭が沸騰して料理どころじゃなくなるよ。」
「手?」
ツカサ姉の指刺す方向に視線を向けると俺の手は天音さんの手をがっちりと握っていた。
「す、すみません‼︎」
俺は握っていた手を瞬時に離す。
いつの間に手を握っていたんだ?
全く憶えていない。
だが、俺の手に残った天音さんの柔らかな手の感触と、自分の顔の熱がそれが現実だと知らせてくる。
「拓人くんは料理に真剣になっていただけってことはわかってるから気にしないで。」
微妙な空気がリビングを覆った。
天音さんは、気にしないでと言ってくれたが、顔をぷいっと背けていてさっきから目線が合わない。
この空気を作ってしまったのは俺だ。
ここは俺から何か話さなくてはと思い、必死に言葉を探したが次に出てくる言葉が見つからなかった。
「お二人さん。料理まだ出来てないよ。まだ終わってないんだし、いつまでもぼーっとしていないで続けたら?」
微妙な空気の流れる空間を切り裂くように、言ったツカサ姉の問いに、俺と天音さんは顔を見合わせて頷いた。
「そうですね。」
「もう少しだし頑張ろうか。」