第5話 翌朝の出来事
さっきは、驚いた。
まさか、あの天音清華が我が家に来るとは思わなかった。
そりゃあ、ツカサ姉がモデルやってるから他の人よりは、会う確率が高いとは思うが…。
その友達が国民的女優だったのだから、そりゃあ、驚くに決まっている。
俺にとっては夢だと言われても驚かないレベルの大事件だったのだ。
そういえばツカサ姉が友達を家に連れてきているのを一度も見たことがない。
もしかして、天音さん以外に友達がいないのか?
あの性格だからなー。可能性は高い。
弟としては少し心配だ。
「はぁ~、そろそろ寝るか。」
そんなことを考えながら、俺は、眠りについた。
「う~ん。」
カーテンの隙間から漏れる日の光でおれは目を覚ます。
ボーッとした眼を擦ながら、棚の上に置いてある時計に目を向ける。
11時45分。
しまった。 完全に寝すぎた。
「不味いぞ。」
俺は、重い体をなんとか叩き起こして、急いで部屋を出る。
階段を降りると、リビングでは、ツカサ姉がヨガマットを広げ、日課のヨガをやっていた。
やはりとでもいうべきだろうか。
ツカサ姉は不機嫌な顔で俺を見つめる。
「ツカサ姉、おはよう。」
「遅い。いつまで寝てるつもり?」
ツカサから鋭い視線が飛んでくる。
その視線は飯を早く作れとでも言いたげである。
「ごめん……。急いで作るから、待ってて。」
あんまり、時間掛けると殺されそうだな。
俺は、キッチンに行ってせっせと作り始める。
冷凍庫から取り出した凍ったアサイーピューレを取り出し容器に割り入れ、半分にしたバナナとヨーグルトと一緒にハンドブレンダーにかけてよく混ぜる。
とろとろになるまで混ざったら、木の器に移す。
そして、フルーツグラノーラと一緒に、半分残ったバナナとイチゴをトッピング用にキレイにカットして盛り付けたら、忙しい朝でも手軽にできるフルーツたくさんのアサイーボウルの完成である。
アサイーボウルと一緒に、急いで入れた温かいミントティーを、テーブルに持っていく。
「ツカサ姉、できたよ!」
俺の言葉に返事をする代わりに、ツカサ姉はヨガをやめて席に着きアサイーボウルを食べ始める。
ツカサ姉は食べながらリモコンを手に取り、テレビの電源をつけると、ちょうどお昼の情報バラエティー番組が流れていた。
ツカサ姉は、その番組を真剣な表情で見始める。
我が家では、食事の時に必ずテレビをつけるのが日常だ。
特に朝と昼の情報番組は、必ず見る。
ツカサ姉いわく、テレビで特集されている流行りの食べ物を、現場に差し入れたりすると、現場の士気が上がり、仕事のクオリティがあがるため、流行りのものの情報を仕入れることは、必須だそうだ。
それゆえ、テレビを見ているときのツカサ姉には決して話しかけてはならない。
以前、テレビを見ている途中に別のチャンネルに変えていいか聞こうと思い、声をかけると、箸が顔めがけて飛んできた。
「話しかけないでくれる!それと、チャンネル変えたら許さないから。」
その時のツカサ姉の目は、冷たく、殺し屋のような目をしていた。
その目で見られた俺は、体がすくんで暫く、動けなくなっていた。
あんたは、ゴルゴか。
なので、それからはツカサ姉がテレビを見ている際には、いっさい話しかけなくなり、食事しながら黙々と二人でテレビを見るのが当たり前になっていった。
食べ終わった俺は、食器を下げて、洗い物を始める。
すると、いつもは話さないツカサ姉が口を開いた。
「……おいしかった。」
「はっ!?」
ツカサ姉から発せられる聞きなれない言葉に、思わず驚きの声が漏れる。
「だ、大丈夫!頭でもぶつけた?救急車呼ぼうか?」
「失礼な!私だっておいしかったくらい言うわよ。」
ツカサ姉は、怒りに顔を赤らませながら机をバンと勢いよく叩く。
「いやいや!昨日、天音さんに言われるまで、一度も言ったことなかったじゃんか。てっきり、もう二度と言われないかと。はっ!もしかして、やっと俺のありがたみに気づいてくれたのか。ツカサ姉が気づいてくれて…拓人嬉しい!」
「何言ってんの、別にそんなんじゃないから!ただ清華に言われて、毎日料理を作って貰っているのに何も言わないのは失礼だと思っただけ。」
素直じゃないし、相変わらず俺への当たりは強いけど、いままで、もらえなかった食事の感想が貰えるようになっただけでもかなり進歩しただろう。俺は嬉しく感じた。
ツカサ姉に褒められて気分が良くなった俺は、鼻歌交じりで、食洗機のスイッチを押すと、同時に、玄関のインターホンが鳴った。
「天音さん!?」
「えへへ、また、来ちゃった。」
確認すると、インターホンの向こうには天音さんがいた。俺は、2日連続で、天音清華が我が家にきたことに困惑しつつもひとまず、天音さんを出迎えて、リビングに通した。
「今日はどうしたんですか?ツカサ姉に会いに来たですか?」
「ううん、拓人くんに会いに来たんだ。」
「俺にですか?」
天音さんのラブコールに俺の胸はドクンと高鳴る。
「拓人くん。私に、料理を教えてくれない?実は、今日の朝、昨日もらったレシピを見ながら、朝ごはんを作って見たんだけど。なんかうまく行かなくて。」
そう言って天音さんは、無言でスマホをつき出した。
スマホの画面にはさらに盛り付けられた料理らしきものの写真が写っていた。
近づいて写った写真をよく見ると、そこには真っ黒い固まりがそこにあった。
「何ですか、これ?炭ですか?」
「……鯖の味噌煮。」
天音さんは顔を真っ赤にしながら伏し目がちで、そう告げた。
これが味噌煮。
いったいどんな作り方をすればこんな石炭のようなものになるんだ?
俺が、天音さんの料理に戦々恐々としているとツカサ姉が何かを思い出したかのように呟く。
「そういえば、清華が料理作るの苦手だったのすっかり忘れてた。」
そういうことは、早く言って欲しい。
「私、一人でも作れるようになりたいの。拓人くんお願い。料理を教えてください。」
「もちろん。俺で良ければいつでも頼ってくたさい。」
「ありがとう。」
「それじゃあ、早速、練習をしましょう。」
「待って!」
俺たちがキッチンに向かおうとした瞬間、ツカサ姉に、呼び止められる。
「ツカサ姉?」
「清華、確か撮影まであと3週間だって言ってたよね。」
「え、…うん。そうだけど。」
「なら、撮影が始まるまでの間うちに泊まりなさい。」
「「えっ?」」
驚いた二人の声が偶然、シンクロする。
「うちに泊まれば拓人が食事の管理も料理も教えてくれるし、一石二鳥よ。」
「迷惑じゃない?」
「気にしなくていいわ。寝室なら余っている両親の部屋を、使えばいいし。拓人のことなら、大丈夫。無理やりでもやらせるから。」
口を出す暇もなく、あっという間に話が進んでいく。
ただ、一言言わなければならないことがある。
「しかし、いくらツカサ姉がいるとはいえ、さすがに家族じゃない男女が同じ家で暮らすのは、どうかと思うんだけど。」
会話が途切れたタイミングで、すかさず、問題点を指摘する。
すると、問題点を指摘する俺に、ツカサ姉は堂々といい放つ。
「心配しなくても、あんたが清華に手を出そうとした瞬間にきっちり締めるから。」
その目は獲物を狙うハンターの目付きだった。あの目はマジだ。俺が少しでも怪しい行動をしたらいつでも、タマを取る気だ。
タマと言っても下半身の方じゃなく、魂の方だろう。
まだ死にたくないからな。
俺は、疑われないように行動しようと心に決めた。
「こっちは問題ないけど。清華はどうする?」
「よろしくお願いします。」
天音さんは、力強く拳を握り、一礼する。
前髪で隠れて、表情は見えないが、その拳が表情を物語っている。
こうして、天音さんとの同居生活が始まった。