第3話 国民的女優が家にやって来た3
天音さんはスープを一口飲むと、全身をバタバタさせてうんうんと唸ってた。
「んんっ!!おいひぃー!」
見ているだけで、料理が食べてみたくなるような幸せそうな顔だ。
ひまわりのようなまばゆい笑顔で、美味しそうに料理を食べる彼女に俺は思わず見惚れてしまった。
「トマトの酸味が豆乳を入れることでまろやかでクリーミーな味わいになっている。キノコの旨みも効いていて、とっても美味しい。」
天音さんは、テレビの食レポのようにスープの感想をつらつらと言っていく。
さすがは女優だ。
私生活であっても、仕事のために食レポの練習をするのか。
彼女は天才と呼ばれているがこういう地道な努力が、結果に結びついているのであろう。
天音さんはその後も、感想を言いながらあっという間にスープを完食した。
「美味しかった〜!……けどもっと食べたかったなー。」
天音さんは、少し俯いて呟く。呟いた声は心なしかトーンが低い。
よっぽどお腹が空いていたんだな…。
「スープまだ余っているので、よかったらおかわり盛りましょうか?」
「いいの?お願い!」
俺がおかわりを勧めると天音さんの声色が一気に明るくなった。
役の印象やさっきまでの態度で、てっきり大人しい人なのかと思っていたけど、本当の彼女は凄く元気で明るい人みたいだ。
まあ、さっきのは、下着をみてしまった俺が悪いか……。
俺は渡された空の容器にスープをよそい、渡した。
「ご馳走様!ふー!満足満足。」
天音さんは、食べ終えると二ヘラっとした顔を浮かべて、余韻に浸っていた。
すごい食いっぷりだ。
翌日の分もと大鍋いっぱいに作っておいたスープが綺麗さっぱり食べ尽くされてしまった。
天音さんは可愛らしい見た目とは異なり、随分と大食漢のようだ。
けど、こんなに美味しそうに食べてくれるとは、作り甲斐があったな。
「拓人くん!すごくおいしかったよ!」
天音さんは目をキラキラと輝かせながらテーブルから乗り出して、こちらにぐいっと近寄ってきた。
しかし、改めて見ると、目はくりくりでまつげがながい人形見たいなきれいな顔だ。
何よりも笑顔がちょーかわいい。
「こんなに美味しいもの食べたの生まれて初めて!拓人くんはプロの料理人みたいだね!」
近づけばふれあいそうなほどの距離で天音さんと目が合い、自分の頬が紅潮してきているのがわかる。
駄目だ。これ以上は耐えられん。
照れ臭くなった俺は思わず目を背ける。
「……ごめんなさい。急に話しかけてきて気持ち悪かったよね。」
そう言うと天音さんは俺から距離をとり、後ろを向いてしまった。
肩を丸めて、真ん丸としたハムスターのように縮こまってしまった天音さんの瞳が心なしか潤んでいるように見えた。
「いや、そういう訳じゃないんだ。」
俺は、慌てて訂正する。
「自分の作った料理をこんなに褒めてもらえるなんて経験生まれて初めてだから。なんだか照れ臭くてどう反応していいかわからなくて…。」
嘘ではない。
確かに今日のお昼、自分で作ったおかずを初めてクラスメイトに美味しいって言ってもらったが、これ程褒められたのは、初めてのことだった。
まあ、本当は天音さんの顔が近くにあってドキドキして思わず目をそらしたのが、一番の理由だが…。
そんなことはとてもじゃないが本人には言えないのでそっと、心の中にしまっておく。
「えへへ……そうなんだ。」
「だから、天音さんが美味しそうに食べてくれてくれたのは凄く嬉しかった。ありがとう。」
そう言うと、天音さんの表情がふわっと明るくなった。
「そうは言ってもさ。家族の人に褒められたことはあるでしょう?」
「いや、ないよ。」
「本当に?」
「うん。父さんと母さんはそもそも、俺の料理を食べたことがないし、ツカサ姉はいつもあんな感じだから……。」
「そういえばさっきも……。」
天音さんは額に手を置き何か、思案すると、ツカサの耳元に近づいて呟いた。
「ツカサちゃんどうして、拓人くんの作った料理を褒めないの?」
天音さんの突然の質問に、ツカサ姉の肩がびくんと、跳ねた。
「せ、清華には、関係ないだろっ!」
「そうだけど。でも、料理を作ってもらったんだったら、感想くらい言わないと。私たちだって一生懸命演技したら感想が欲しいし褒めてほしいでしょ。」
「確かに…そうだけど。」
「拓人くん。すごい悲しい目をしてたよ。」
そんなところまで見られていたのか。何だか、恥ずかしい。
そういえば、演技をしている人はいつも人の顔色を見ていると以前インタビューである大物俳優が言っていたが……。
女優の観察眼とは恐ろしいものだ。
「……照れ臭いのよ。こう、褒めたりするのって柄じゃないし。」
「けど、感謝はしてるんでしょ。」
「そりゃ…まぁ、ねぇ。」
「だったら、料理の感想くらい言わないと。」
不思議な光景だ。
いつも強気で何事にも動じない唯我独尊、傍若無人を地でいくツカサ姉が天音さんに押し負けている。
俺には狂暴なドーベルマンのように鋭い言葉で噛みついてくるツカサ姉が、天音さんの前では借りてきた飼い犬のように大人しく、んーっと唸っている。
いつもは、見られないツカサ姉の姿に俺は思わず笑ってしまう。
「なに見てんのよ。」
「いや、別に。」
鋭い眼光に、思わず目をそらす。
前言撤回。ドーベルマン、健在じゃねえか。
「あーもう!わかったわよ!いえばいいんでしょ!」
ツカサ姉は、軽く咳払いをして、こちらに視線を向ける。
「その……。拓人、いつも美味しい料理ありがと……。」
いつも通りの素っ気ないぶっきらぼうな声だけど、心なしか、頬が赤く見える。
俺を一度も褒めたことないツカサ姉からおいしいという言葉を聞けて思わず、胸の奥から、熱いもの込み上げた。
「これでいいんでしょ!?」
「ツカサちゃんにしては上出来かな。」
「ツカサ姉。これからも美味しい料理作るから。俺がんばるよ!」
「あっそ。」
「もう、ツカサちゃんは、素直じゃないなぁー。」
ぷいっとそっぽをむくツカサ姉の頬に、天音さんは人差し指でツンツンと触る。
「うるさい。」
ツカサねえは指を跳ね除けて、ソファーの方に逃げ、獰猛な目でこちらを威嚇している。
それを見ている天音さんはイタズラ小僧のようにニヤニヤしていた。
意外だ。
てっきり、ツカサ姉がいじる方で、天音さんの方がいじられキャラだと思っていたけど、どうやら逆らしい。
「ていうか清華、あんた。あんなにスープのおかわりして、大丈夫なの?撮影まであんまり時間ないんじゃ?」
「はっ!!」
「そうだった。拓人くんの料理があまりにも美味しくてついおかわりを…。ツカサちゃんどうしよう…?」
膝から崩れ落ちた天音さんは潤んだ目で、ツカサ姉袖をきゅっと掴み見つめている。
「……わたしは分からないって言ってるでしょ。そういう相談は拓人こっちに聞きなさい。」
えっ? 俺?
「拓人くん……。助けて…。」
いまいち、状況が飲み込めないが……。
上目遣いで手を握ってくる美少女に頼まれて、断れる男がいるのだろうか?
いやいない(断言)。